神は存在自体が神②
定時で仕事を終えた後、マイさん達に問答無用でカラオケボックスに連行された。
かわるがわる質問されて、吹田さんとの出会いから、ケイコ先生が褒めてくれたことまで、全部白状させられた。
ある意味、吹田さんの尋問より恐かった。
ぐったりして家に帰って、お風呂に入る。
ベッドでごろごろしながらフォロワー巡りをしてると、シロさんからメッセージがきた。
≪こんばんは
突然すみませんが、今から電話してもいいでしょうか≫
「えっ!?」
びっくりして、ベッドに体を起こす。
あー、そっか。
たぶん昨日のことだよね。
まじめだから、改めて謝りたいとか、そんな感じかな。
ベッドの端に座って、返信する。
≪いいですよー≫
≪ありがとうございます≫
律義にお礼のメッセージがきてから、着信画面になった。
「はーい、ミケです。こんばんはー」
〔シロです。こんばんは。
突然すみません、しばらくお時間いただいても大丈夫でしょうか〕
メッセージはずっとやりとりしてたけど、直接話をするのは懇親会の時以来だ。
「だいじょぶですよー。なんですか?」
〔ありがとうございます。
……昨日、大丈夫だとメッセージをくださいましたが、改めて謝罪させてください。
ミケさんの疑念を晴らすことができず、申し訳ありませんでした〕
予想通りの謝罪は悲しそうな声で、見えないとわかっててもぱたぱた手を振る。
「そんな、謝らないでくださいよ。
シロさんや吹田さん達キャリアが、そういう警戒が必要な立場だってこと、知らなかった私が悪いんですから。
それに、シロさんは初めて吹田さんに逆らって、私をかばってくれてたって、聞きました。
ありがとうございます。
だから、謝らないでください」
〔……ありがとうございます〕
くり返し言っても、声は悲しそうなままだった。
うーん、私はもうほんとに気にしてないんだけどなー。
恐かったけど、ケーキおごってくれたし。
頼みごとのおかげで、ケイコ先生とお話できたし。
社交辞令だとしても、ケイコ先生に私の小説を褒めてもらえて、嬉しかったし。
でも、私がケイコ先生の信者だって知らないシロさんにそう言っても、納得できないだろうし。
なんか、納得してもらえそうなこと。
あ、そーだ。
「これは、昨日吹田さんにも言ったんですけど」
〔はい〕
「吹田さんにハニトラしたおぼえはないけど、シロさんへのハニトラなら、疑われてもしかたないなって、思ったんです。
罠にハメたいって意味じゃなくて、なかよくなりたかったから。
シロさんの立場とかじゃなくて、シロさん自身を、もっと知りたかったから。
吹田さんもそれをわかってくれて、『これからもシロとなかよくしてやってくれ』って、言ってくれました。
疑われたのは悲しかったけど、吹田さんに、私をシロさんの友達だと認めてもらえたことは、嬉しかったんです。
だから、もう気にしないでください」
〔…………私自身に、友達になりたいと思っていただけるような価値などありません〕
あれ、さっきより声が暗くなっちゃった。
なんで?
うーん、ネガティブモードにハマっちゃってるのかな。
おちこんでる時って、何考えても悪いほうに解釈しちゃうもんね。
「私、誰かと友達になりたいなって思った時に、価値とか考えたことないですよ?
あ、そういえば、吹田さんが、『自分から友達を作ったことない』って言ってましたけど、シロさんもそういう感じなんですか?」
〔……はい〕
友達っていう存在への考え方が全然違うんだなって、思ったんだった。
シロさんもそうなら、伝わらなくてもしかたないか。
うーん、じゃあ、もっとぶっちゃけたほうがいいのかな。
「えっとね、私の友達になりたいっていう感覚は、理屈じゃないんです。
友達になりたいって思ったら、友達になってって言うんです。
美味しそうなものを見て、美味しそうって言うのと同じぐらい、条件反射っていうか、勢いだけっていうか。
好きだから好きで、理屈なんて関係ないっていう感じなんです。
だから、難しく考えずに、受け入れてくれたら嬉しいです」
まじめなシロさんは、まず理屈を考えちゃうんだろうから、難しいかもしれないけど。
〔…………そういう考え方も、あるんですね〕
しばらくして聞こえた声は、さっきまでの暗さはなかった。
〔私は、考え方が一辺倒なようで、よく吹田さんにも叱られるんです。
すみません〕
「いいえー、シロさんや吹田さんから見たら、私ってかなり変な存在らしいのは、わかってますから」
〔変、だとは、思ってませんよ〕
気遣うような言い方が、かえって怪しい。
「無理してフォローしなくてもだいじょぶですよ。
吹田さんにも珍獣扱いされてますし」
〔ふ……っ〕
かすかに笑ったような声が聞こえた。
あれ、ウケた?
うーん、シロさんの笑いのツボは、まだよくわかんないなあ。
〔すみません。
ミケさんは、とても素直で、かわいらしい人だと思います〕
笑いの残る声で言われて、くすくす笑う。
「ありがとうございます。
あ、そういえば、吹田さんに『警戒心の強い真白をどうやって手懐けたんだ』って言われたんですよ。
シロさんは、どうして私と友達になってくれたんですか?」
勢いだけの私と違って、シロさんはちゃんと考えた、はず。
〔……ミケさんが、宝塚さんと同じようなことを言ってくれたからです〕
「同じようなこと? なんですか?」
〔宝塚さんに『つきあってほしい』と言われた時、私は、いったん断りました。
私は、吹田さんにお仕えするためだけに生きてきたからです。
それに、自分が宝塚さんにふさわしいとは思えませんでした。
ですが、宝塚さんは、『それでもいい』と、言ってくださいました。
『おまえの生き方を否定する気はないよ。
必要ならいくらでも手助けする。
ただ、おまえが自分のために使う時間のうちの、ほんの一部だけでいいから、俺に分けてほしいんだ。
毎日連絡できなくても、たまにしか会えなくてもかまわない。
それでも、好きなんだ。
だから、俺をおまえの恋人にしてほしい』、と〕
「わー、情熱的ですねえ」
ハイスペな宝塚さんはものすごくモテるから、自分のすべてを捧げてくるタイプの女性もいたはず。
なのに、吹田さんに人生捧げてるシロさんを好きになったってことは、それだけ本気だってことなんだ。
しかも恋人に『なってくれ』じゃなく『してほしい』ってあたりが、スパダリだよね。
でも、そっか。
確か私、『しょっちゅう会える私じゃなくて、たまにしか会えないシロさんを選んだってことは、それだけシロさんを好きってことですよ』とか、言ったっけ。
宝塚さんと同じような内容だったから、信じてくれたんだね。
「それで信じてくれたなら、宝塚さんに感謝ですね」
その後で、にらまれたのは恐かったけど。
〔そうですね〕
それからさらに十分ぐらい話してから、通話を終える。
だいたいは雑談だったけど、ケイコ先生との折衝の結果も教えてもらった。
明日の夜、個室がある小料理屋で食事するらしい。
うまく話がまとまるといいな。
「……ん?」
何かがひっかかる。
なんだろ。
「…………『個室がある小料理屋』?」
そのフレーズを、どっかで……。
あ!
【徹&祐一シリーズ】の十八話目、徹さんが祐一さんを飲みに誘うシーン!
『個室がある小料理屋だから安心しろ』ってセリフは、捜査に関する内緒話をするためだと思ってたけど。
もしかして、キャリアの祐一さんの立場を考えてのことでもあったのかな。
ケイコ先生は、私と同じ事務員枠だけど、長年警視庁にいらっしゃるから、キャリアの人達がそういうこと気にしてるの、知ってるだろうし。
「う、わー!」
ぞわっと鳥肌がたって、両腕をごしごしこする。
あんななにげない一言に、徹さんの気遣いが込められてたなんて!
何回も読み返したのに、気づかなかった自分が悔しい!
ああー、もう、誰かに言いたい話したい!
だけどこれは、キャリアの人達の考え方から説明しないと伝わらない!
「……よし!」
だったら、吹田さんに教えてもらったこと込みで、小説にしよう!
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ほぼ徹夜で書きあげた小話を、そのままの勢いで投稿申請する。
仕事中ずっとだるかったけど、まだアドレナリン残ってるのか、眠くはなかった。
家に帰って確認すると、申請チェックが通って投稿されてた。
すぐにいろんな人からコメントがついた。
『作品への解像度がまた一段上がりました。ありがとうございました』っていうコメントが、一番嬉しかった。
数日後の夜、自分の部屋でゲームのデイリーイベントをこなしてると、執行部のハマチさんからメッセージがきた。
≪お疲れ様です
先日の依頼の件ですが、ケイコ先生と吹田さんが会食して面談の結果、友好的な関係を築いていくことになりました
ただし、【同盟】ネットワークの利用に関しては、【同志】ではないという理由で、今回は見送られました
そのため、吹田さんからミケさんに協力依頼があるかもしれませんが、応じてかまわないとケイコ先生の許可が出ています
その場合は、私にご一報いただけると助かります
別件ですが、新作【キャリアの苦労】拝読しました
作品への解像度がまた一段上がりました
ありがとうございます
実は私は、以前からミケさんの小説のファンなんです
だからミケさんとの連絡係に立候補しました
ケイコ先生に、ミケさんの作品を紹介したのも私です
今回の新作もお読みになり、『気づいてもらえて嬉しいわ』とおっしゃっていました
(吹田さんと会食した小料理屋がモデルだったそうです)
今後も期待しています
よろしくお願いいたします≫
「えっ、あっ、えっ」
待って、頭が追いつかない。
今後なかよくしていくってことになって、よかった。
私が吹田さんを手伝ってもいいの?
あのコメントくれたの、ハマチさんだったの?
ケイコ先生が、読んでくれたうえに、コメントくれるなんて。
あの時は絶対間違いないって思ってたけど、今日になって頭が冷えてきて解釈違いだったかもって反省してたのに、まさかのケイコ先生公認!
ああ~~もう、今が夜じゃなかったら、叫びたい!
この内容を人目がある仕事中じゃなくて、自宅にいる時間に送ってきてくれたハマチさん、マジ有能!
ベッドに倒れて、手足をバタバタ動かして、なんとか衝動をやりすごす。
大きく深呼吸して、なんとか気持ちを鎮めた。
メッセージを何度も読み返す。
これってつまり、吹田さんが直接【同盟】ネットワークを利用することはできないけど、私が間に入ればオッケーって、ことだよね。
だとしたら、吹田さんからの頼みは、一応どっちもクリアできたことになるのかな。
よかった。
これからもカワイイもの好きの同志として、買い物を続ける予定だし。
また何かネタになりそうなこと教えてもらえないか、期待しとこう。




