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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第一部 同志編
14/93

神は存在自体が神①

 休み明け、あの写真と吹田(すいた)さんからのリストを添付して、執行部にメールを送った。

 大騒ぎになるかと思ったけど、静かなまま、昼休みになった。

 食堂でマイさん達と食べて、一緒に課室に戻る途中で、背後から声をかけられた。

御所(ごせ)さん」

「はい……!?」

 ふりむいてそこにいた人を見て、ぴきっと固まる。

 ケ、ケイコ先生!?

 なんで!?

 固まった私を見て、ケイコ先生は優しく笑う。

「昼休みにごめんなさいね。

 少し時間をもらえるかしら」

「は、はいっ」

「ありがとう。じゃあ一緒にきてちょうだい」

「はい……」

 黙ってるけど目線ですごく問いかけてくるマイさんに『後で』とだけ言って、ケイコ先生についていく。

 先導してるのは、執行部の人かな。

 普段行かないフロアの、小さな会議室に案内される。

 十人ぐらいで囲めそうな大きな机を挟んで、ケイコ先生と向かいあって座ると、先導してた人がケイコ先生の横に座った。

「御所さん、いえ、ミケさん。

 あなたが【桜下(おうか)(うたげ)】に投稿している【徹&祐一シリーズ】の日常小話、私もファンなのよ」

「えっ!?」

 微笑んで言われたことに、顔どころか全身熱くなる。

 【桜下の宴】の投稿作品は、原作に失礼な内容じゃないか、投稿前に運営側がチェックするのは知ってたけど、まさか、ケイコ先生が読んでくれてるなんて……!

 嬉しー!

 あーもー、今死んでもいい!



「……んんっ」

 ケイコ先生の隣の人が大きく咳払いして、はっと我に返る。

 ヤバい、意識トんでた。

「あ、ありがとうございますっ。

 あの、私、【徹&祐一シリーズ】がほんとに好きで、あの作品の雰囲気をもっと理解したくて警視庁に入ったようなもので、だから、嬉しいですっ」

 声がひっくり返ったし、意味不明になっちゃったけど、なんとかお礼を伝える。

 ケイコ先生は、ファンのそういう反応に慣れてるのか、優しくうなずいてくれた。

「こちらこそ、ありがとう。

 ミケさんは、オンラインイベントで私が就職先として警視庁を紹介した時に、『行きます』と真っ先に言ってくれたわよね。

 言葉通りに採用試験を受けてくれて、とても嬉しかったの。

 だからつい最終面接に参加したのだけど、そのせいで私とのつながりが吹田くんに知られてしまったそうね。

 ごめんなさいね」

「いえ、私のほうこそ、【同盟】ネットワークの情報を吹田さんに伝えたことで、いろいろバレちゃって、申し訳ありませんでした」

 立ちあがって、姿勢を正して深く頭を下げると、ケイコ先生は優しく微笑む。

「それは気にしないでちょうだい」

 しぐさで促されて、椅子に座りなおす。

「でも、ケイコ先生に迷惑かけちゃって……」

 あの時は迷惑かけずにすんだって思ってたけど、頼みごとの内容って、結局迷惑かけちゃうことになるんだよね。

 見逃してくれる交換条件みたいに思ってたけど、『手が出せない』って言ってたんだから、拒否してもよかったのかな。

「ミケさんは、吹田くんから私をかばおうとしてくれたんでしょう?

 恐かったでしょうに、ありがとう」

 いたわるような声に、涙が出そうになった。

 がんばったのが、全部報われた気分。

 あの時の私、よくやった!



「執行部宛てのメールを私も見たけれど、もう少し詳しいことをあなたの口から説明してほしいの」

「あ、はい」

 しまった、浮かれてる場合じゃなかった。

 そうだよね、ケイコ先生が直接来るのは予想外だったけど、執行部から問い合わせはくるだろうと思ってたんだ。

 なるべくわかりやすくまとめたつもりだけど、『偶然出会って買い物に誘ったらハニトラを疑われて、【同盟】ネットワークがバレた』とか、意味不明だもんね。

「え、っと……」

 浮つく気持ちをなんとか抑えて、ぽつぽつ話す。

 シロさんに、宝塚さんへサプリを飲ませる手伝いを頼まれたこと。

 それを宝塚さんに気づかれて、サプリを没収されたこと。

 一課の懇親会で、シロさんとなかよくなって、宝塚さんににらまれて、吹田さんに助けてもらったこと。

 休みの日に吹田さんと偶然出会って、カワイイもの好き同志として買い物に誘ったこと。

 ハニトラを疑われてたこと。

 ケーキを食べにいったら、尋問されたこと。

 疑いは晴れたけど、提供した情報についてツッこまれたこと。

 知ってることを話してくれって言われて、断ったこと。

 私にもケイコ先生にも手を出せないって説明されたこと。

 最後に、頼みごとをされたこと。

 話し終えると、ケイコ先生はゆっくりうなずく。

「……そう。

 吹田くんと宝塚くんは有望株だと思っていたけど、そこまで優秀だったの」

「はい……。

 本当に、申し訳ありませんでした」

 もう一度、深々と頭を下げる。

 あの時、私が吹田さんに声をかけなかったら、ケイコ先生に迷惑かけずにすんだ。

 昨日の私は褒めてやりたいけど、最初の買い物の時の私は殴ってやりたい。



「謝らなくていいのよ。

 実はね、私達の活動は、正式に認められているの」

「え……?」

 そっと顔を上げると、ケイコ先生はいたずらっぽいカオで説明してくれる。

「警視庁内には、スポーツや娯楽の趣味サークルがいくつもあるでしょう?

 それらと同様に、【同好の士で助けあうサークル】として申請して、活動許可をもらっているの。

 ミケさんを含め、【同志】(なかま)全員がサークル会員として登録されているわ。

 【同盟】ネットワークもその活動の一環だから、吹田くんに何を言われたとしても、心配いらないわ。

 それに、今の警視総監は私達の活動を御存じで、職務に支障が出ない範囲であれば問題ないと、()()してくださってるのよ」

「そう、なんですか……」

 吹田さんが『警視総監も頭が上がらない』って言ってたの、本当だったんだ。

 そういえば、入庁した時に執行部からメールで指示がきて、いくつか書類書いて提出したり、Web申請したりしたっけ。

 数が多すぎておぼえてなかったけど、あの中にサークル関連のもあったんだね。

「よかったです」

「ええ。

 でも、吹田くんにどう接するかは、迷っているの。

 ミケさんから見て、吹田くんはどういう人物かしら」

 優しい問いかけに、しばらく考える。

「吹田さんは、すごく偉そうだけど、態度に見合う実力がある人だと思います。

 敵対したら、容赦なくたたきつぶされそうな、恐い人です。

 でも、自分に関わることで私が危険になるかもしれないから、周囲を警戒しろ、何かあったらすぐ連絡しろって、心配してくれる、優しい人です。

 それと、カワイイもの好きの、同志です」

 最後はよけいかもしれないけど、吹田さんを語るうえでは大事なことだし。

 私をじっと見つめてたケイコ先生は、ゆっくりうなずいた。

「ミケさんがそう言うなら、悪い人ではなさそうね。

 まずは面談してみるわね」

「お願いします」

 よかった、頼みごとの一つめはクリアできそう。



「ミケさんは、今後も吹田くんと会うつもりなのかしら」

「あ、はい、カワイイもの好き同志として、また買い物にいく予定です」

「そう、じゃあできれば、吹田くんと会う時は、事前に執行部に連絡をもらえるかしら。

 もし誰かが街中であなた達を見かけたら、大騒ぎになると思うの。

 宝塚くんと紫野さんの時は、サーバメンテ担当者が悲鳴をあげるほどの量のメッセージが飛びかって、ネットワークに負荷がかかって大変だったわ。

 事前にわかっていたら、対処もできるから」

「あー、そうですね、わかりました」

 あの時は、ネットワークがつながりにくくなって、情報検索もしにくくなってた。

 あれの再現は、ちょっとイヤだよね。



「ありがとう。

 じゃあ、連絡はこのコにお願いするわね」

 ケイコ先生に視線を向けられて、隣に座ってた人が私に会釈する。

「執行部のハマチです。

 本名は白浜(しらはま) 千恵子(ちえこ)、ケイコ先生と同じく警務部人事第一課所属です。

 休日でも連絡がつくように、プライベート用の番号をお伝えしますので、登録していただけますか」

「あ、はい」

 急いでスマホを出して、言われた番号を登録し、ワン切りする。

 自分のスマホを見たハマチさんは、小さくうなずいた。

「ありがとうございます。

 吹田さん関連の連絡は、その番号宛てにメッセージでお願いします。

 緊急の場合は、電話でもかまいません」

「わかりました。よろしくお願いします」

 ぺこんと頭を下げると、ハマチさんは同じように頭を下げてくれた。

「話はこれで終わりよ。

 昼休みに貴重な時間を割いてくれてありがとう」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

 ケイコ先生が立ちあがったから、私も立ちあがる。

 ドアの前で合流すると、ケイコ先生は私を見て、ふんわり笑った。

「ミケさん、これからも【同志】(なかま)としてよろしくね」

 うわー、笑顔いただきました!

 バディものオリジナル小説の第一人者として、三十年以上活躍なさってるから、五十歳はすぎてるはずなのに、こんなにお綺麗なんて、すごいよね。

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

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