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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第一部 同志編
12/93

エリートってマジエリート③

「俺の立場上、近づいてくる者全員に警戒が必要だ。

 今までにも、真白(ましろ)を足掛かりにして俺に近づこうとした者がいたからな」

「キャリアって、そんな警戒も必要なんですね。

 あー、そういうバディものあったかも……」

 キャリア官僚の主人公がハニトラ仕掛けられて、相棒が助けにいくっていうやつ。

「おまえは警戒心がなさすぎる。

 キャリアでなくとも、警察関係者なら狙われる危険が常にある。

 初期講習で習っただろう」

 説教口調で言われて、記憶をたどる。

 そういえば、個人情報管理とかネットリテラシーとかの話と一緒に、そんなことも言われたっけ。

「習ったのはおぼえてますけど、自分がそんな疑い持たれてるなんて思いませんよ。

 そもそも私、吹田(すいた)さんにハニトラを疑われるようなことしたおぼえ、全然ないんですけど。

 まだシロさんへのハニトラって言われたほうが、納得できますよ」

 罠にハメるとか情報抜き取りとかしたかったわけじゃないけど、なかよくなりたかったのは本心だし、宝塚さんとのコイバナ聞きたかったし。 

「……そうだな」

 なぜかかすかに笑って、吹田さんは紅茶を一口飲んだ。



「おまえが工作員でないことは、懇親会の時点でわかっていた。

 体の動かし方が完全に素人だし、感情がすぐ顔に出ていたからな。

 だが、休日に出先で遭遇して、買い物に誘われて、疑念を持った。

 工作員が、ターゲットの近くにいる素人に接触し、金を渡すなり便宜をはかるなりして、後から協力者に仕立て上げる手法もあるからだ」

「えぇー……」

 買い物に誘っただけで、疑われるんだ。

「だがおまえは、俺に媚びを売るわけでもなく、普通の女なら恐がって泣く状況で興奮して喜び、個人的な連絡先を聞きもせずに別れたから、疑念は薄まった」

「えー、だって、ナマで回し蹴り見たの初めてだったんですもん。

 興奮するの当然じゃないですか」

「何が当然なのか俺にはわからないが、おまえの感性が一般的でないことは自覚しておけ」

「それは、まあ、わかってます」

 オタバレしない程度に擬態するために、一般人との違いには気をつけてる、つもり。



「あれ、じゃあ、その後電車で出会ったのは、偶然じゃなかったんですか?」

「出会ったのは偶然だが、声をかけたのはわざとだ。

 おまえの反応を確かめたかった」

「あの時は眠かったんで、どんな反応したかおぼえてないんですけど」

 シロさんについて話をしたことと、頬に縫い目のアトがついてたことぐらいしか、おぼえてないなあ。 

「あ、肩を貸してもらったおかげで、よく眠れたことは、おぼえてます」

 にっこり笑って言うと、吹田さんはため息をつく。

「……寝たふりならすぐにわかるが、おまえは本当に熟睡していた。

 間抜けな寝顔を見ていたら、疑うのがばからしくなった」

「間抜けはヒドイですよ」

 あー、そういえば、スッピンの寝顔見られたんだっけ。

 それは忘れていたかった。



「それでも、完全に疑いが消えたわけではなかった。

 だから二回目の買い物に合わせて、俺の個人的な連絡先を伝えて様子を見たが、おまえは今回の買い物の時まで連絡をしてこなかった。

 だが真白とは、二日に一度のペースで連絡を取りあっていると報告を受けていた。

 俺の連絡先を教えたにも関わらず、直接連絡してこないなら、狙いは俺ではなく真白なのかと疑ったが、やりとりする内容は他愛もないことばかりだという。

 真白は、おまえは潔白だと主張したが、警戒心が強い真白がおまえをかばうことが、俺にはかえって怪しく思えた。

 はっきりさせるために、今日ここに呼んで話をすることにしたんだ」

 クマのケーキのためじゃなかったんだ。

 食べられたからよかったけど、話だけだったらガッカリだね。



「店のサイトを見れば、二人きりの個室だとわかっていたはずだ。

 おまえがどういう態度を取るかで、見極めるつもりだった」

「はあ。

 それで、どういう見極めになったんですか?」

 そこまで疑われるって、なんだか悲しいな。

 もうなんだか投げやりな気分で聞くと、吹田さんは苦笑する。

「露出の少ない服装、男の目を意識しない食べ方、俺を無視して店員に熱視線を送り、俺に近づいてきてもケーキしか見ていない、どんな話題を振っても真白の話になる、嘘は通じないと教えても感情が顔に出る。

 総合的に見て、俺に対してハニートラップを仕掛ける気はないと判断した」

 『俺に対して』が強調されてる気がするのは、さっき『シロさんへのハニトラ』って言ったからかな。

「よかったです」

 でも、疑いが晴れたなら、よかった。


 

 紅茶を一口飲んだ吹田さんは、まっすぐに私を見た。

 雰囲気が変わって、鋭い視線にびくっとする。

 え、なんで?

 疑い晴れたんじゃなかったの?

「おまえ個人への疑いは晴れた。

 だが、それは新たな疑念を生む。

 おまえが握っている情報だ」

「え……」

「最初の買い物の後、おまえが送ってきた治安悪化情報を宝塚に裏取りさせた。

 発生地域も状況も原因も、全ておまえの情報通りだった。

 所轄署の署長でさえ、そこまで把握していなかった。

 しかも都内各地の情報だ。

 事務員同士につながりがあったとしても、広範囲かつ的確すぎる。

 とても個人で集められる情報とは思えない」

 静かな声が、じわじわと追いつめてくる。

 ヤバい。

 何がヤバいかわからないけど、とにかくヤバい気がする。



「さらに、宝塚が『気になることがある』と言ってきた。

 捜査が難航している時、おまえが持ってきた情報で捜査が進展し解決に至ったことが何度かある。

 だが、複数の捜査員が調べてもわからなかった情報を、事務員でしかないおまえがどこから入手したのかわからない、と」

 捜査が行き詰まると残業が増えて、オタ活の時間が削られるから、あんまり長引きそうな時は、【同盟】ネットワークで調べて、役立ちそうな情報をこっそり流してた。

 所轄署の刑事さんが調べて、事件には関係ないとみなして捜査会議で報告しなかったことの中に、手がかりがあったりするんだよね。

 それを所轄署の【同志】(なかま)が別件の情報としてネットワークに登録してくれてたりするから、そういう中からピックアップしてた。

 まさか、それを宝塚さんがおぼえてたなんて。

「しかも、神奈川県警にいた頃にも、そういうことがあったと言う。

 当時の事務担当の者も、おまえと同じようにどこからか情報を出してきた。

 それも管轄内だけでなく、都内や近隣の県の情報もあったそうだ。

 宝塚に直近五年分の一課の捜査資料を確認させたら、同様に難航していた捜査が急に進展したものが複数見つかった。

 事務担当はすべて同一人物で、おまえの指導役の女性だった。

 神奈川県警の者も含めると、複数の人物が長期間にわたって同様の行為をしていると推測できる」

 ひくっと、喉が鳴る。

 私に捜査が長引いた時の情報提供のしかたを教えてくれたのはマイさんで、当然マイさんも前からそうやってたって、聞いてたけど。

 そんなの、後から調べてわかるものなんだ。

 


「おまえがごまかしながら話している時に口にする『仲間』や『友達』という言葉には、言外の含みが感じられる。

 宝塚にプロファイリングをさせたら、言葉通りの意味ではなく、固有の存在あるいは団体を示唆しているが、それが仕事上のつながりなのか趣味のつながりなのかは特定できないと分析した。

 そして、おまえ達が提供する情報は、同一の形式に従って精査され管理されている、とも言っていた」

 最近宝塚さんがなんか親しげに話しかけてくるなーと思ったら、そんなことされてたんだ。

 捜査資料から怪しいのをピックアップとか、雑談からプロファイリングとか、宝塚さんハイスペすぎない?

 特定できないのは、仕事つながりの人と趣味つながりの人が重なってるから、当然なんだけど。

 同一形式って、データベースに登録する時のフォーマットのことかな。

 あー、ツッこみがおいつかない。

 って、現実逃避してちゃダメだよね。

 これ、まさか、【同盟】ネットワークのこと、バレてる……?



「オタクのつながりがどんなものか、調べてみた。

 主にSNSでつながっているから、居住地や立場や年齢に関係なく全国、まれには世界規模の独自ネットワークを構成しているようだな。

 おまえ達の情報網もそういうものかと思ったが、それにしては組織立っている。

 情報を管理し、組織を統括する者が、警視庁内にいるはずだ。

 それを念頭に置いておまえの経歴を調べ直したら、不審な点があった。

 本来は関わるはずのない人物が、おまえの採用試験の最終面接を担当していた」

「……っ」

 あげそうになった悲鳴を、両手で口を押えて飲みこむ。

 まさか、そこまでバレてるなんて。

 だって、それは。

 私の憧れの人で。

 【同盟】ネットワークのトップの。

「警務部人事第一課、主計(かずえ) 敬子(たかこ)課長代理」



 ケイコ先生……!



「……やはり、そうか」

 声も出せずにいる私を見て、吹田さんは静かに言う。

「本来は存在しない【課長代理】という役職に二十年以上就き、警視庁内の人事を掌握し、警視総監でさえ頭が上がらないと言われている女傑。

 入庁当時から、副業届を出したうえで創作活動を行っていることも知られている。

 同様に副業届を出して活動している複数の者達が、主計課長代理と共謀して独自のネットワークを築いている。

 おまえはその一員として、情報を利用している。

 そうだな?」

 問いかけじゃなく、確認の言葉。

 もう完全にバレてる。

 どうしよう。

 どうしたらいいんだろ。

 あわあわしてると、吹田さんのまなざしがふわっとやわらかくなる。



「時期と内容から判断して、おまえはネットワーク構築にも管理運営にも関わっておらず、末端の一員でしかないことは、わかっている。

 おまえを責めているわけではない」

 優しい声に、少しだけ気持ちがおちつく。

「おまえが俺に協力する姿勢を示すなら、情状酌量の余地がある。

 だから、おまえが知ることをすべて話してくれ」

「…………」

 バレてるけど、今の言い方だと、いわば状況証拠だけで、物証はないのかな。

 【同盟】ネットワークは、警視庁のサーバ内に絶対見つけられないように作ってあるって、執行部から説明されてる。

 でも、能力と権力両方持ってる吹田さんが本気で調べたら、きっとバレる。

 さらにハイスペな宝塚さんが協力してるんだから、かなうはずがない。

 ヘタに逆らわずに、言う通りにすれば、たぶん本当に助けてくれる。

 だけど。

 私は。

 うつむいて、ゆっくり深呼吸する。

 顔を上げて、まっすぐ吹田さんを見た。



「言えません」



 きっぱりと言うと、吹田さんのまなざしが険しくなった。

「協力を拒むのは、俺と敵対するということだ。

 その意味を、わかっているか」

 冷酷な声とまなざしに、体がふるえた。

 逃げたくなるのを、膝の上で手をぎゅっと握り合わせて、なんとかこらえる。

「わかって、ます。

 それでも、言えません。

 主計課長代理は、ケイコ先生は、私の憧れの人なんです。

 ケイコ先生に会いたくて、私は警視庁に入ったんです。

 たとえ、逮捕されたとしても」

 声もふるえちゃったけど、拳を握って気合を入れる。



「ケイコ先生を裏切ることは、できません」

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