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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第一部 同志編
11/93

エリートってマジエリート②

 吹田(すいた)さんが考えこんでると、ドアがノックされる。

「失礼いたします。

 ご注文の品をお持ちしました」

「入ってくれ」

 吹田さんが答えると、さっきの渋いオジサマがサービスワゴンを押して入ってきた。

 丁寧な手つきでお皿を並べていく。

 直径十センチぐらいの丸いケーキに、削ったホワイトチョコがふんわり大量にのせられてて、まんなかにミルクチョコのクマがちょこんと座ってた。

「わあ、カワイー!

 あの、これ写真撮ってSNSにアップしていいですか?」

 SNSお断りの店もあるから一応聞くと、オジサマは笑顔でうなずいてくれる。

「店名を入れて紹介してくださるならば、かまいません」

「ありがとうございますっ」

 ついでに、オジサマがポットを高く掲げてカップに紅茶をそそいでるシーンも撮らせてもらった。

 バディもの刑事ドラマで、主人公がよくやってるやつ。

 実際に見ると、すごい技術だってよくわかるなあ。

 オジサマが吹田さんの紅茶を淹れてる間に、ケーキの写真を何枚も撮る。

「あ、吹田さんのも撮らせてください」

「……ああ」

 立ちあがって吹田さんの横にいって、写真を撮らせてもらう。

 ビターチョコのケーキに、ホワイトチョコのクマが座ってた。 

 こっちも美味しそう。

「ではごゆっくりどうぞ」

「はいっ、ありがとうございますっ」

 にっこり笑うと、ドアを開けたオジサマも微笑んでくれて、きれいなお辞儀をして出ていった。

 イケオジ最っ高。



 自分の席に戻って、紅茶の写真も撮りまくる。

「写真は後にして、先に食べろ。

 これは出された直後が一番美味いんだ」

「え、あ、はい」

 そういえば、この店のコンセプトは【最高の状態で提供する】だったっけ。

 スマホを横に置いて、じっとケーキを見つめる。

 やっぱり美味しそう。

「じゃあ、いただきます」

 つい習慣で小さく手を合わせてから、添えられてたフォークとナイフを取る。

 一口分切りとって、上のホワイトチョコを落とさないようそっと口に運ぶ。

「わあ……」

 上の甘いホワイトチョコはふんわり溶けていって、下のビターチョコ風味のスポンジがどっしりそれを受けとめる。

 噛みしめると、ほんの少しだけブランデーの味がした。

 美味しすぎてうっとりしちゃうって、初めての感覚かも。

 これは、味わいながら食べないともったいない。

 一口ずつをゆっくりゆっくり食べる。

 口の中がちょっと甘ったるくなってきたら、紅茶を一口飲む。

 吹田さんセレクトの紅茶が、口の中をさっぱりさせてくれた。

 うーん、完璧な組みあわせ。

 


 半分ぐらい食べて、クマ型チョコのあたりまでたどりつく。

 私はこういう飾りって最後に食べる派なんだけど、吹田さんはどうだろ。

 ちらっと見ると、吹田さんは残り四分の一ぐらいになってたけど、クマ型チョコは皿の端によけてあった。

 あ、私とおんなじだ。

 そう思うと、なんだか嬉しくなる。

 あっちは上がビターチョコ味だから、下のスポンジは違う味のはずだけど、どうなんだろ。

 友達だったら、一口ちょーだいって言えるんだけどな。

「なんだ」

 視線に気づかれたのか、吹田さんが私を見る。

「あ、いえ、なんでもないです」

 愛想笑いでごまかすと、吹田さんは手を止めてじろっと私をにらんだ。

「さっき俺が言ったことをもう忘れたのか」

「え?」

「おまえの嘘はすぐわかる。

 隠されると尋問したくなるから、正直に言え」

 だから、なんで『尋問』なの。

 でもまあ、隠すより言っちゃったほうが楽か。

「ケーキ一口味見させてほしいなって、思っただけです」

 正直に言うと、吹田さんは軽く目を見開いた。

 その後なぜか優しいカオになる。

 なんで?

「交換ならいいぞ」

「え、ほんとですか。

 じゃあ一口交換でお願いします」

 わー、言ってみるもんだね。

 吹田さんも、ホワイトチョコバージョン食べてみたかったのかな。



 立ちあがって、お皿を両手で持って、吹田さんに近づく。

「じゃあ、お先にどうぞ」

「……ああ」

 皿を手元に置いて言うと、吹田さんは私が食べてたのは反対側の端から一口分切りとって食べた。

「こっちのほうが甘いな」

「そうなんですか?」

 吹田さんのお皿をのぞきこむと、見た目は普通のスポンジ生地っぽかった。

「俺のほうがブランデーが効いている」

「へえ……」

 吹田さんがお皿を私のほうに寄せてくれたから、自分の皿に載せてたフォークで、端っこを一口分取った。

「いただきます」

 落とさないよう手を添えて、口に運ぶ。

 噛んだとたん、はっきりブランデーの香りがした。

 ううーん、微妙。

 美味しいんだけど、お酒の味のほうが気になっちゃう。

「おまえのほうは、おそらくホワイトチョコの甘さを活かすために酒を少なめにしてあるんだろう。

 俺のほうは逆に、ビターチョコを引き立てるために酒が多めになっている」

「なるほど、大人の味なんですね」

 うなずきながら言うと、私を見た吹田さんはからかうようなカオになる。



「これが『大人の味』に思えるということは、酒は弱いのか」

 うーん、頭がいい人って、そんな一言からでもわかっちゃうものなんだ。

「そうですね、弱いほうみたいです。

 今までの最高は、乾杯のビール一杯とレモンサワー三杯で、気がついたら寝てました」

「飲み屋の薄められた味でそれなら、相当弱いな。

 外で飲む時は気をつけろ。

 特に一人の時は要注意だ。

 持ち帰りされるぞ」

「飲んで騒ぐのは好きですけど、お酒の味自体はそんなに好きじゃないので、一人で飲みにいったことはないし、男性がいる飲み会では、乾杯のビールしか飲まないようにしてます」

 お母さんにも、一緒に飲んだことがある友達全員にも、今吹田さんに言われたようなことをしつこく言われてる。

「それが賢明だな。

 相手が知り合いでも油断するなよ」

「はい。

 これが平気なら、吹田さんはお酒強そうですね」

 私がこれ全部食べたら、酔っぱらったかも。

 ホワイトチョコバージョンにしといて正解だった。

「酒でつぶれたことは、今まで一度もないな」

「すごいですね。

 じゃあ飲み会でも最後まで楽しめそうですね」

 途中で寝ちゃうと、起きた時はほぼ素面に戻ってるから、他の人達のできあがってる酔っぱらいテンションにびっくりするんだよね。

「そうでもない。

 つぶれないと周囲に知られていると、金の精算やつぶれた奴の介抱を押しつけられるからな」

「なるほど。

 シロさんもお酒強いんですか?」

「普通だな。

 だが自分の限界はわかっているから、飲みつぶれたところは見たことがない」

「へえー。

 じゃあ、そのうち飲みに誘ってみようかな。

 あ、ごちそうさまでした」

「……ああ」



 お皿を持って自分の席に戻る。

 残りをまたゆっくり味わいながら食べて、最後のクマ型チョコを指先でつまむ。

「こういうの食べる時、吹田さんはどっからいきます?

 私はだいたい頭から丸かじりですけど」

 ワイルドねって、友達にはよく言われる。

 でも足からかじって最後に頭のほうが、かわいそうに思えるんだよね。

「俺も頭からだな」

 お皿を見ると、吹田さんはいつの間にか食べ終わってた。

 バリボリ噛み砕くのは、さすがにちょっと恥ずかしいかな。

 かといって、持って帰ると途中で溶けちゃいそうだし。

 うーん、いっか、食べちゃえ。

 まず頭をガブっと噛みちぎってから、口の中で小さく噛み砕いて食べる。

 ミルクチョコだと思ってたけど、これビターチョコだ。

 口に残ったホワイトチョコの甘さを消してくれて、いい感じ。

 体部分もカリコリ食べた。

「豪快だな」

 笑い含みの声で言われて、苦笑する。

「よく言われます。

 ごちそうさまでした」

 小さく手を合わせて言って、ため息つく。

 あー、美味しかった。

 横にあったおしぼりで手を拭いて、紅茶のカップを持つ。

 私には見分けつかないけど、たぶんどこかのブランド物っぽい。

 落とさないよう気をつけなきゃ。

 ちょっと緊張するけど、紅茶は文句なしに美味しかった。

 飲み干したところで、吹田さんが言う。

「このセットは紅茶のおかわりがついている。

 頼んでいいか」

「あ、はい」

「わかった」

 吹田さんが呼び出しベルを押すと、すぐにさっきと同じオジサマが来て、紅茶のおかわりを淹れてくれて、ケーキのお皿を下げていった。


-----------------


 まだ熱い紅茶が冷めるのを待ちながら、味の余韻にひたってると、小さな咳払いが聞こえた。

 視線を上げて吹田さんを見ると、なんだか渋いカオをしてた。

「食べる前になんの話をしていたか、おぼえているか」

「え? えーっと」

 あー、ケーキが美味しかったから、すっかり忘れてた。

 とは言えない。

「おぼえてます。

 私がシロさんの友達としてふさわしいかの確認、ですよね」

 背筋を伸ばして座りなおして言うと、吹田さんは小さくうなずく。

「そうだ。

 あの懇親会の時、おまえから真白(ましろ)に友達になろうと声をかけたそうだな」

「はい」

「それは、なぜだ」

「シロさんと友達になりたいと思ったからです」

 正直に答えると、吹田さんの眉間にシワが寄った。

「なぜ、真白と友達になりたいと思った」

「そう思ったからです」

 吹田さんの眉間のシワが増えた。

 なんで?



「えっと、なかよくなりたいって思ったら、友達になろうよって、言いますよね?

 あ、セレブな方って、友達も全部親が選んだ相手なんですか?」

 ご学友ってやつかな。

「……全てではないが、自分から声をかけて友人を作ったおぼえはないな」

「なるほど、私とは考え方が全然違うんですね」

 それじゃあ、理解されなくてもしかたないね。

「友達になるには、まず親の身元調査から、とかなんですか?」

「相手による。

 警戒が必要な相手なら、徹底的に調べる場合もある」

「えー……セレブって大変なんですねえ」

 同情したのに、なぜかにらまれた。

 なんでだろ。



 紅茶を一口飲んで、吹田さんは静かに言う。

「おまえは、不審な点が多すぎる」

「え、どこがですか」

 オタクだからって、不審者扱いはされたくないなあ。

「真白は俺の補佐として教育されているから、警戒心が強い。

 普段は声をかけてきた相手がいても、当たりさわりなく流しておいて、相手の目的を調べて対処する。

 なのになぜかおまえのことはろくに調べもせず信頼して、『友達になった』と嬉しそうに言っていた。

 どうやって真白を手懐けたんだ」

「どうやってって言われても、そもそも私、シロさんが警戒心強いなんて、知りませんでしたよ。

 ただおしゃべりして、なかよくなりたいなって思って、だから友達になりませんかって言っただけなんです」

 たぶん、宝塚さんとの仲を応援したからなんだろうけど。

 あ、そういえば、根本的なこと確認してなかった。



「あの、吹田さん」

「なんだ」

「吹田さんは、シロさんがつきあってる相手が誰か、知ってますか?」

 助けてくれた時、宝塚さんの地雷の一つがシロさんだと知ってたみたいだけど、はっきり確認したわけじゃない。

 なんでも報告してるらしいけど、さすがにカレシのことまでは、言ってないかもしれないし。

 もしシロさんが言ってないなら、私も言わないよう気をつけなきゃ。

「相手が宝塚だということは、知っている」

「そうですか」

 よかった。

 ほっとしたけど、吹田さんの視線は鋭くなった。  

「俺は、二人から直接聞いたから知っている。

 だがおまえは、なぜ知っていたんだ」

「えっと、友達から聞きました」

「庁内で個人的な接触は控えろと言ってあるし、真白の性格では人前でいちゃつくことなど出来るはずがない。

 なのになぜおまえの友人は知っていたんだ」

 あれ、ちょっと尋問になってきてる?

 あ、『友達』ってごまかしたからかな。

 でも、【同盟】ネットワークのことは秘密だし。



「……私の友達は、宝塚さんちの近くに住んでるんです。

 宝塚さんは、背が高いしイケメンで目立つから、時々近所のスーパーとかで見かけてたそうです。

 それで、宝塚さんとシロさんが一緒にスーパーで買い物してるのを見たって、教えてくれたんです」

 これはほんとの話。

 見たのは、私の直接の友達じゃないけど。

 その人が【同盟】ネットワークに緊急速報で流したから、みんながチェックするようになって、『会議中に一瞬見つめあってた』とか、『廊下ですれ違った時に笑顔になった』とか、『二人で宝塚さんのマンションに入っていくのを見かけた』とか、いろんな情報が集まってきて、二人がつきあってるって断定されたんだよね。

「それに、宝塚さん、捜査一課に来てからずっとチャラいけどピリピリしてたのに、夏ぐらいから急に雰囲気やわらかくなったんです。

 それが、シロさんと買い物してたって聞いた時期と一致してたから、ああつきあってるんだなって、思いました」

 これは私自身が感じたことだから、嘘じゃない。

 じっと私を見てた吹田さんは、小さくため息をつく。

 あ、信じてもらえたみたい、よかった。



「最初は真白から声をかけたということも、聞いている。

 だが、真白と宝塚がつきあっていると知っていたとはいえ、初対面の相手から、恋人にサプリを密かに飲ませてほしいなどという怪しい頼みごとを引き受けるのは、おかしいだろう」

「おかしいって言われても……」

 カノジョとして何かしてあげたいんだな、かわいいなーって、ほっこりしたから、引き受けただけなんだけどな。

 うーん。

「吹田さんは、結局私の何を警戒してるんですか?

 シロさんをオタク趣味にひきずりこむんじゃないかってことですか?

 普通の友達には布教しないようにしてるので、そういう心配はいりませんよ」

「…………」

 じっと私を見てた吹田さんは、またため息をついた。

 なんなの、もー。 

「俺が警戒しているのは、ハニートラップだ」

「はぁ…………んはぁっ!?」

 曖昧にうなずいて、しばらくして意味がわかって、思わず変な声が出た。

「な、んで私がそんなこと、吹田さんにしなきゃいけないんですか!?」

 ハニトラってあれだよね、きれいなお姉さんが色仕掛けするやつだよね。

 二次元には恋人いっぱいいるけど、リアルでは好きな人すらいないのに、そんなことできるわけないじゃない!

 というか、吹田さんは、私がそういうことできると思ってるの!?

 自分で言うと悲しいけど、私見た目も体形もオコサマだよ!?

「おちつけ。

 おまえにそんなことができるとは、思っていない」

 なだめるみたいに言われて、ちょっとだけ気持ちがおちつく。

 深呼吸して、紅茶を何口か飲んだ。

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