エリートってマジエリート①
前回の買い物の後、いろいろ検索してたら、あの店の店長のツ〇ッターを見つけた。
それから毎日チェックしてたら、年が明けて一週間ほどして、クマのぬいぐるみの新作情報がアップされた。
「今回のもカワイイなあ……」
全部が映ってる写真と、数個ずつの写真を細かくチェックする。
なるべく早く買いにいきたいけど、今は木曜の夜だ。
明日仕事行ってからメール送って土日に誘うのは、さすがに急すぎるかな。
吹田さん、キャリアだし、おぼっちゃまだし、プライベートも忙しそうだもんね。
でも私は買いにいきたい。
でも一人で行ったら、後で文句言われそう。
うーん。
あ、そういえば、プライベートの連絡先も教えてもらってたんだった。
一度も連絡してないから、忘れてた。
今は夜九時すぎだから、まだぎりぎり連絡しても大丈夫かな。
スマホを握ったまま、五分ぐらい悩む。
ええい、いいや、送っちゃえ。
≪こんばんは。お疲れ様です
例のクマのぬいぐるみ、また新作入荷しました
急ですけど、私は明後日の土曜に買いにいく予定です
吹田さんの都合がつくようなら、一緒にどうですか
無理そうなら、代理購入しますよ≫
自分で選びたいって言ってたけど、都合つかなきゃしかたないよね。
絵文字とかは使わずに、なるべくシンプルな文章にして、送信する。
それだけでなんだか疲れちゃって、ベッドに倒れこんだ。
会ってしゃべってる時より、メッセージやりとりするほうが緊張するって、なんでだろ。
ごろごろしながらスマホいじってると、吹田さんから返信がきた。
≪日曜の午後なら都合がつく
詳しくは明日の夜連絡する≫
「えー……」
これって、何か予定入ってるけど、時間あけるから、合わせろってことだよね。
そこまでして自分で買いたいんだ。
変なこだわりだなあ。
くすくす笑いながら返信した。
≪わかりました。連絡お待ちしてます≫
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金曜の夜、吹田さんから連絡がきた。
≪表通りの店に予約を入れた
日曜の十四時に来てくれ≫
「店……?」
添付されてたURLを開くと、とあるお店の公式サイトだった。
あ、ここ知ってる。
フランスで修行した有名パティシエのお店だ。
テレビで紹介されたのを見たことあるけど、クマのチョコケーキがすごく美味しそうだった。
最高の状態で食べてもらうためにって理由でテイクアウトはしてなくて、店内で食べる方式。
それも、一般的なカフェみたいなテーブル席じゃなくてすべて個室で、内装までパティシエが手がけたこだわりっぷり。
そのぶん、すごくお高い。
ケーキと紅茶のセットで五千円だったから、さすがに無理って諦めた。
メニューのページを見ると、やっぱりクマのチョコケーキがあった。
しかも今は、冬季限定ホワイトチョコバージョンがある。
写真で見ると、すごくカワイイのにすごく美味しそうだった。
うわー、食べてみたい。
けど、うーん、これっておごりなのかなー。
吹田さんが予約入れたってことは、たぶん一人では行きにくいから、私を誘ってくれたんだろうけど。
個室だったら一人でも平気だろうし、一人がいやでもシロさんを誘えばいいはず。
あ、でも、シロさん甘いもの苦手だって、こないだ言ってたっけ。
特にチョコはにおいだけでもダメって言ってたから、無理か。
シロさんは背が高いせいか、女の子らしさにすごく憧れがあるみたいで、甘いもの苦手っていうのも女の子らしくないってコンプレックスになってるっぽい。
背が低めでカワイイものと甘いものが大好きな私は、シロさんから見て【理想の女の子】らしいから、私が『そんなの気にする必要ないよ』って言ったって効果ないだろうな。
私、見た目はともかく中身は女の子っぽくないねって、友達にはよく言われるのに。
シロさんも、そのうちわかってくれると思うけど。
慰めるのは、カレシの宝塚さんに任せたほうがいいかな。
「あ、違う違う」
シロさんのこと考えるのも大事だけど、今はこれに返事しなきゃ。
スマホの画面に視線を戻して、また悩む。
『女に払わせるほどおちぶれてない』って言ってたから、おごりだと思うけど。
もしおごりじゃなかったとしても、いいか。
今までの二回のショッピングでは、吹田さんが払ってくれたんだから、そのぶん浮いたお金があるし。
年末忙しくてけっこう残業したから、残業代多いめに入るし。
うん、よし、決めた。
気合を入れて返信する。
≪わかりました。楽しみにしてます≫
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服装にだいぶ悩んだけど、こげ茶のベルベット生地の長袖膝丈ワンピースにした。
形はかっちりしてるんだけど、襟や袖口や裾に小さめなレースがあしらわれてて、控えめなかわいさ。
コートはアイボリーの毛足短めのフェイクファーで、バッグはクラッチバッグ風デザインのショルダーバッグ。
足下は黒いレギンスと、かかと低めの黒いパンプス。
中身は私だから、どんなにがんばってもアレだけど、お嬢様風に見える、と思いたい。
これで、お店でも買い物の時も大丈夫なはず。
約束の時間の十分前に指定された店に行くと、受付の背後の大きい窓から、冬なのに緑がきれいな庭が見えてた。
本格的なギャルソンスタイルの渋いオジサマが出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。
あ、あの、私、待ち合わせで、えっと」
あ、そういば、予約は吹田さんの名前なのか、確認しとくの忘れちゃった。
あわあわしてると、オジサマは優しく微笑む。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「あ、私、御所っていいます。
あの、吹田さんと、待ち合わせで」
「承っております。ご案内いたします。どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
よかった、ちゃんと言ってくれてあったんだ。
そういうとこは、さすがエリート、抜かりないね。
オジサマの後をついていくと、廊下にはドアがいくつか並んでた。
さっき見えてた庭を囲む形で、部屋が配置されてるっぽい。
その一番奥のドアの前で、オジサマが止まる。
軽くドアをノックして声をかけた。
「失礼いたします。お連れ様がお見えになりました」
「通してくれ」
「はい」
中から吹田さんの声がして、オジサマが丁寧なしぐさでドアを開けてくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます……わぁー」
おそるおそる中に入って、思わず声があがる。
十畳ぐらいの部屋のまんなかに四人掛けぐらいの楕円形のテーブルがあって、白いレースのテーブルクロスが掛けられてる。
奥は大きな窓になってて、きちんと整えられた庭が見えてた。
壁紙は淡いピンク色で、白い細かい花が散らされてる。
床の毛足の短いじゅうたんは、濃いめのピンク色。
テーブルの真上のシャンデリアと、壁につけられたランプは、花がモチーフなのか、やわらかい曲線で作られてる。
全体的に、すごくカワイイ雰囲気だった。
ドアに近い位置に座ってた吹田さんは、いつものおぼっちゃま大学生スタイルなのに、カワイイ部屋に意外となじんでた。
「コートをお預かりいたします。
バッグはこちらにどうぞ」
「あ、はい」
オジサマに促されて、ドア脇の小さいテーブルにバッグを置く。
ボタンをはずすと、オジサマが後ろからコートを脱がせてくれて、ハンガーに掛けて壁際に吊るしてくれる。
「お席にご案内いたします。バッグをお持ちください」
「はい」
オジサマに先導されて奥へいくと、吹田さんの向かいの椅子を引いてくれる。
「お荷物はそちらにどうぞ」
「はい」
椅子の横手に、上下二段になってるキャスター付きバスケットがあったから、上の段にバッグを置いて、少し奥にやる。
「冷水と湯冷ましとどちらがよろしいでしょうか」
「あ、えっと、冷水をお願いします」
外は寒かったけど、室内はけっこうあったかいから、お水のほうがいい。
「かしこまりました」
オジサマはテーブルの端にあったポットから、足が長めのお高そうなグラスにお水にそそいで、私の手元に丁寧なしぐさで置く。
さらに、メニューが目の前に置かれた。
「ご注文がお決まりになりましたら、ベルでお呼びください」
「あ、はい」
「では、失礼いたします」
丁寧にお辞儀をして出ていったオジサマを見送って、ほおっとため息つく。
うわーもー、初めてづくしでどれに感心したらいいのかわからない。
さすが有名店は違うなあ。
ほんとのお嬢様って、こんな接客いつもされてるんだ。
私には無理、いちいちキョドっちゃう。
でも、執事喫茶にハマってるマサコさんの気持ちがちょっとわかっちゃった。
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大きく深呼吸して気を取り直して、向かいの吹田さんを見る。
「こんにちは。
お待たせしてすみません」
吹田さんは十分前行動だから、それに合わせて来たのに、吹田さんはもっと早く来てたっぽい。
「いや、俺が早めに着いただけだ。
まずはメニューを決めろ。
俺のおごりだから、遠慮なく頼め」
最後はなんだかからかうような口調で言われて、ほっとする。
「ありがとうございます……」
値段気にしてたのバレバレだった。
「ここって、クマのチョコケーキが有名ですよね。
吹田さんは、それを頼んだんですか?」
「ああ」
「やっぱり。
じゃあ私は冬季限定のホワイトチョコのほうにします。
飲み物は、えっと……」
ミルクティーが好きだけど、茶葉にはあんまり詳しくないんだよね。
ずらっと並んだ名前は、知らないものがほとんどだし、味の違いなんてわからない。
うーん、一緒にいるのが友達なら、スマホで検索するんだけど、吹田さんの前だとちょっとためらっちゃう。
かといって、知ったかぶりで決めるのも、もったいないし。
知ってそうな人に聞いたほうが早いかな。
「吹田さん、チョコに合う紅茶ってどれか御存じですか?」
メニューをひっくり返して見せながら聞くと、吹田さんはちらっと見てすぐ答える。
「アールグレイかアッサムだな」
さすがおぼっちゃま。
「じゃあアールグレイにします。
ベルってこれですか?」
「ああ」
テーブルの隅にあった呼び出しベルを押す。
こういうのはファミレスと同じなんだ。
すぐにやってきたオジサマに注文を伝えた。
オジサマが出ていって、改めて吹田さんを見る。
「あの、どうして今日ここに私を誘ってくれたんですか?」
クマのケーキを食べたかっただけかもしれないけど、一応確認しておきたい。
吹田さんは私を見て、ゆっくり言う。
「おまえと、一度ゆっくり話をしてみたかったんだ」
なんで?
……あ。
「もしかして、シロさんの友達としてふさわしいか見極めたいとか、そういうのですか?」
「……そうだ。
真白は俺の部下だが、幼なじみで大切な友人でもあるからな」
やっぱり。
うーん、カレシの宝塚さん公認でも、上司っていうかご主人様はまた別かあ。
今朝シロさんから変なメッセージがきてたの、このせいかな。
「無駄を省くために先に言っておくが、おまえの嘘は俺には通じない」
「え」
びくっとして見つめると、吹田さんは静かなカオで私を見てた。
え、私、吹田さんに嘘ついたことあったっけ。
「正直に答えている時と、ごまかそうとしながら答えている時では、表情が違いすぎてすぐわかる。
何度も尋問するのは面倒だから、最初から正直に答えろ。
どうしても答えたくないことは、そう言ってかまわない」
あー、嘘って、【同志】関係でごまかしたあたりかな。
あれも厳密には嘘になっちゃうのか。
『尋問』て、仕事中じゃないんだから。
だけど先にそう言ってくれるのは、たぶん吹田さんなりの優しさなんだろう。
答えたくないならそれでもいいって、言ってくれてるし。
嘘は苦手だから、そのほうが私も助かる。
「……わかりました」
こくんとうなずくと、吹田さんのまなざしがちょっとやわらかくなった気がした。
「まず、おまえが警察に入った理由はなんだ」
「えっと……」
気持ちをおちつけるために、冷水を一口飲む。
あ、これレモン入ってる。
さっぱりしてておいしい。
うーん、正直に言うとしても、オタトークはさすがにやめといたほうがいいよね。
一般人に伝わる範囲って、どれぐらいだろ。
「……吹田さんは、【バディもの】っていう言葉を知ってますか?」
根本的な確認をすると、吹田さんはちょっと眉をひそめた。
「バディという言葉は、仲間や相棒という意味のはずだが、違う意味があるのか」
さすが、語学堪能。
「言葉の意味はそれで合ってます。
ドラマとかで、強い友情に結ばれた男性二人組が活躍するようなのを【バディもの】っていうんですけど、私、それが大好きなんです。
高校生の時にバディもの小説を初めて読んでハマって以来、バディもののドラマとか映画とか見まくったんですけど、刑事ものが特に好きで、警視庁の見学ツアーに参加したり大学で法学学んだりして、それでも物足りなくて警察事務になったんです」
しまった、抑えたつもりが結局早口トークになっちゃった。
吹田さんがぽかんとしてる。
「つまり、ざっくり言うと、オタクだからです」
言いなおしたら、なぜかため息をつかれた。
「ざっくりしすぎだ」
えー、わかりやすいと思うんだけど。
「……つまり、趣味を活かせる仕事を選んだということか」
「あ、そういう感じです」
「…………」
吹田さんは、またため息ついた。




