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後日談



それから次の日。

本来ならテオドールは仕事だったのだが、何故か休みを取っていた。

セバス曰く、「昨日のことはシーラ様に負担になったでしょうから、旦那様は心配のあまり仕事を休んだようです」とのことだ。

適当な従者の証言の真偽はどうあれ、テオドールも昨日は気をすり減らして疲れたのは事実だろう。

珍しく朝寝坊もしていた。かくいうシーラも昼時までぐったり寝ていた。


起こされてテオドールと共に昼食を摂ったシーラは、そのままテオドールの部屋を訪ねていた。

少しだるい体を動かして、シーラは緩慢な動きで定位置でテオドールの部屋のソファの左側に座った。


何もせずぼんやりするのも良いと思ったが、思い出したことがあったのでそれを実行することにする。

ブルーナー家に来たシーラに良くしてくれている従者たちへの、ささやかな贈り物を一つずつ包装することだ。

贈り物は、何日もかけて彫り上げたシーラお手製の小さな木彫りの根付だ。

熊やイノシシを彫ったが、テオドールには「モンスターにしか見えんな」と言われた。リアルに作りすぎただろうか。躍動感があってよいとシーラは思うのだが。


テオドールはいつもと同じようにシーラの隣で本を読んでいる。今日はシーラが薦めた本を読んでいるようだ。

分厚くて文字ばかりだが、テオドールはサラサラサラサラとページを捲っている。

ちょっと異常に読むのが早い気もするが、気にしない。



特に何かを話すでもなく黙々と作業を続け、シーラはあっという間に小さな贈り物を全て袋に入れ終わった。


横を見る。

テオドールの黒い瞳はまだ本に落とされている。

ふ、とシーラの視線に気付いたその瞳が上げられる。


「終わったか?」


はい、と頷いたシーラは、包み終わった根付たちをテオドールに披露するように手を広げた。

本を抱えたままのテオドールは身を乗りだし、「まあ、セバス辺りはこういうのが好きそうだ。じじいだからな」などと言いながら、木彫りの根付が入った小さな袋を一つ取って眺めていた。




「そういえば、昨日私は頑張ったと思うのですが、褒めてはいただけないのでしょうか」


「……ちょっと活躍したからと言って調子に乗るな」


「半分くらいやっつけたんですよ」


「俺の援護あってこそだろ。それに変なものに気を取られて、危うく腹に風穴を開けていたかもしれないのを忘れたか」


「それは……すみませんでしたけど」


「だがまあ、今回は褒めてやらんこともない」


「はい」


それならば撫でろとばかりにシーラが調子に乗って頭を突き出すと、テオドールは嫌々手を差し出してきた。

野生の動物ではないから恐る恐るしなくてもいいのに、とシーラがもどかしい顔をしていると、テオドールの手がやっとシーラの頭に触れた。

触れただけで、ヨシヨシではなくヨシ…と頭を滑るように撫でただけだった。


「もっと褒めてください」


「人使いが荒いな。それよりお前を褒めてやった俺を褒めて欲しいくらいだ」


ヨシヨシ。

溜息と共に、テオドールの手はシーラの頭をしっかり撫でた。


「褒められるのは気分が良いです」


ずっしりした温かい手の感触に、シーラは思わず目を細くする。


「フン。単純な奴は、くだらないことでも満足できて得だな」


「でも、どちらかが怪我でもしていたら、こういうくだらないことだってできなかったかもしれないのですよ」


シーラの正論に、テオドールは大人しく「まあそうか」と同意した。

そして正論のご褒美だとでも言うように、追加でポンポンとシーラの頭を撫でた。


こういう平和な毎日の為にも二人一緒に帰ってこられてよかった、とシーラは改めて思った。

何事もなかったように従者達にも贈り物を渡せるし、何事もなかったようにお茶が飲めるし、誰かが温かさを失って冷たくなってしまうなんてこともなくてよかった。


……テオドール様の手も温かいし、私も生きているし、めでたしめでたしですね……


シーラは無意識のうちに頭の後ろを触って、そこに黒い髪留めがあることを確認していた。


昨日、騎士団が魔物を全て討伐し終わった後、遅れて到着した処理班の人たちに頼んで髪飾りの上で死んだ魔物を一番に片付けてもらった。

落とした髪飾りは雪に埋まっていて、魔物の巨体が上に載っていたが壊れてしまってはいなかった。

だから、シーラは今日も相変わらずその髪留めを使っているのだ。


ふふふっと頬を緩めて、シーラは笑った。


テオドールの部屋の窓から、昼の雪を見ることはあまりない。いつもは大体夜だからだ。

今は丁度雪が止んでいて、積もった雪に慎ましい日の光が反射している。

白い庭のずっと向こうまでが見渡せる。



「良い日ですね、テオドール様」


「普通だろ」


「そうですかね……そうだ。テオドール様、好きです」


「……は?」


穏やかな空気の中テオドールの素っ頓狂な声が響いて、何かが突き刺さったかのようにテオドールの顔がぼんっと桃色になった。


「お、お前は晴れた日が好きだということか。脅かすな。主語と述語をきちんと使え」


「テオドール様が、ですよ」


「い、今明らかに天候の話をしていただろう、脈絡もなくそういう事を言うな!心構えが……」


赤くなっているテオドールをゆったり見つめているシーラだが、実はシーラの心臓もバクバクしている。

好きな人に好きだというのはどうしてこうも緊張するのだろうか。


「良い日だ、幸せだなと思ったので言ってみました。だから、脈絡はあるのです」


「無いぞ。どういう理屈だ」


「つまり、幸せだなと思った理由がテオドール様だということのようです」


流石に気恥ずかしいことを言ってしまったと気が付いて、誤魔化す為にシーラが小さく笑うと、テオドールが困ったような顔をしていた。


「あのな……それは……ちょっと来い……」





来いと言いながらも、近付いてきたテオドールから掠れた声がして、シーラは腕を優しく掴まれた。


ぐいっと引き寄せられたと思ったら、ふわっといい匂いがした。

近すぎて、堪らなくなったシーラが思わず目を瞑ったら、シーラの唇に柔らかいものが当たった。

それはすぐに離れて、煙のようにどこかに消えた。


腕をつかんでいた手も離れて消えたので、シーラは恐々目を開ける。

さっき、とても短い時間だけテオドールの顔が物凄く近くにあった。

肌が綺麗だった。切れ長の目も綺麗だった。

唇が触れたのは優しく拭うような一瞬だけだったのに、シーラの心臓はさっきとは比べ物にならないくらいバクバクしている。


テオドールを冷やかす言葉の一つも思い浮かばず、シーラは出来るだけ音を立てずに彼に背中を向けた。


シーラがそっと自分の頬に手を当てると、焼けるように熱かった。

湯が沸かせるかもしれない。





「フ、フン……お前が軽々しく好きだなんだと言う所為だ」


背中から聞こえた低い声には、言い訳のような含みがあった。

シーラが背を向けたまま黙っていると、後ろでテオドールがモゾモゾ動く気配がした。

きっと、愛用のブランケットを頭から被ったりしているのだろう。


「怒るなよ……自業自得だからな」








「ふむ……ではこれからはキスしてほしければ好きだと言えばいいのですね……」


なるほど、と自分だけに聞こえるようにそう呟いて。

頬の火照りも大分収まってきたシーラは後ろを振り向いた。

ブランケットに隠れているテオドールを見て、シーラは羽が鼻をかすめるようにふわりと笑う。



……面倒で厄介でポンコツですけど。

でも、そんなところも結構気に入っているのですよねえ。

他の誰かと結婚していたら、こんな気持ちとはずっと縁がなかったかもしれません。


なんて。

こんな変な人を愛おしいと思うシーラも、救えないほどおかしな人なのかもしれない、とシーラは苦笑いした。



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