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ひときわ寒い晩には




濃い紺色の夜の庭を切り取る窓に、銀色の雪が横切っている。

月も星も空には浮かんでいなくて、ただの二色の色しかない夜だった。

そんな今晩は急激に冷え込んだので、いつもより多めの燃料を暖炉にくべていた。



「ここに来い」



テオドールの部屋のソファの左端、シーラの定位置で母と幼馴染に手紙を書いていたシーラに向けて、彼はおもむろに言った。


テオドールはソファの右寄りの中心部をポンポンと叩いて、シーラにここに座れと促してくる。

シーラは便箋数枚と羽ペンを抱えてそこに腰掛けた。


「来ました」


愛用の茶色い大きなブランケットを被った、テオドールの隣。

いつも定位置である左端と右端に座っている二人だが、今日はそれよりもうんと近いところにいる。

4人くらい座れるソファの右半分に二人座って、左半分が二人分空いているような構図になった。


「フン。真ん中も使わないとソファの無駄遣いだからな」


そう言ってテオドールはそのままシーラの隣で、足を組み替えた。

そして頬杖をついたまま、けだるげに読んでいた本を開き始めた。


いつもこれでもかというくらい狼狽えているテオドールだが、今日は静かだ。頬がほんのり紅潮している以外はとても冷静に見える。


テオドールもシーラに慣れてきたのかなと考えて、シーラもソファの上で手紙を書く作業に戻ることにした。


膝に乗せた便箋と向き合う。

しかし、母への手紙に近状でも書こうとペンを持っても、書きたい内容が思い浮かんでこない。

やっと書くことが決まっても集中できず、同じ言葉を繰り返して書いてしまったり、字を間違えたりして、こっそり書き直す羽目にもなった。



……なんだか、妙に気が散りますね……


今日はどうも、シーラの方がソワソワして落ち着かない。


微妙に空いた隙間が、やけに気になってしまう。

腕が当たったりしないように気を付けなければとか、肘を当てられたらどうしようとか。

少し手を伸ばせば触れてしまうではないか、とか。


色々もどかしく考えてしまうのならば、むしろくっついてしまった方が潔いのではないかとか。



「あの、もう引っ付いてもいいですか」


「痴女かお前は」


意を決して提案したがシーラの提案は単刀直入すぎて、被せ気味に拒否された。


「痴女とは心外です」


「フン」


「こんなの痴女のうちには入りません」


「いや、それも痴女のうちだ」


「そうですか。私を痴女だと訴えて勝てると思っているのなら、勝って見せてもらいたいものです」


「……」


「ほら、法的には大丈夫ですよね。なら」


「法律は変えるべきだな……」


ソファの上に正座をしてテオドールの方を向くと、詰め寄られた彼はハアとため息をついた。






「だが、まあ、どうしてもと言うなら……湯たんぽの代わりくらいにはなるか。今晩は冷えるしな……」


シーラが掲げていた両手を膝の上に戻して前を見ると、テオドールはボソボソ言いながら頬を染めていた。


本当は引っ付かれるのもまんざらではなかったのか、それともシーラが上手く言いくるめたので折れるしかなかったからなのかは分からないが、許可は得た。


返事を聞いたシーラは、座っているテオドールの体の側面に背中を預けるようにして、素早くもたれ掛かった。

この方が温かいしホッとするし、引っ付いているのは背中だけだから緊張もしないし、手紙が上手く書けそうである。

ついでにテオドールが折れてくれたので、少しだけ勝った気分にも浸れて満足だ。


一方のテオドールは分かっていても驚いたのか、シーラが身を寄せた瞬間に、膝に載せていた本を絨毯の上に取り落としていた。


「大丈夫ですか?」


「あ、ああ」


「拾わないのですか?」


「あ、ああ。もう読み終わったからあとで拾う」


「そういうものですか」


「あ、ああ。そういうものだ」



そう言ったきりテオドールは微動だにしないので、大層安定して手紙が書きやすかった。


モコモコの室内着やブランケットが2人の間にあるが、シーラの背中から温かさが伝わってくる。

いい匂いがする。フワフワするしヌクヌクするし、安心する。

テオドールはシーラが湯たんぽの代わりだと言ったが、テオドールがシーラの湯たんぽみたいだ。

こんな寒い晩には、おのずと欲しくなる。





「終わりました」


手紙を書き終わって一息ついたシーラは、吐息を漏らすように小さく笑った。

それからテオドールに、もう少しだけもたれてみた。



「あったかいですね」


数か月前のことをふと思い出す。

シーラがブルーナー家に来たばかりの時の二人は、大きなソファの左端と右端に座っていた。

あの時は、間に空いた大きな距離のことなど気にも留めなかったし、その距離が広すぎるなんてこれっぽっちも思わなかった。

だけど今は。



「もう喋るな」


テオドールの震えた声は、ブランケットに埋まった顔から聞こえてきた。

彼は、愛用の茶色で大きなブランケットで顔を覆ってしまっているようだ。ブランケットで隠し切れていない耳が真っ赤だ。

触ったら温かいどころではなくて熱そうだな、とシーラは目を細めた。



「それより、テオドール様はどうでしょうか」


「どうとは何だ」


「ドキドキしてますか」


「……随分と直接的な物言いをする。お前それでも淑女の端くれか」


後ろのブランケットの塊から、モゴモゴと怒った声が聞こえてきた。


「直接答えが欲しい時は、直接聞くしかないのです」


「お前、少しは遠慮することを覚えろ」


「遠慮したら、質問に答えてくれますか」


「遠慮ができるやつはそもそも質問しない」


やはりブランケットを被って丸まっているテオドールは、質問に答えてくれる気は無いらしい。


……絶対言ってくれたりはしないと分かっているんですけれど、はいそうですか、なんて言ったら勿体ないじゃないですか。


今なら、気になる子にちょっかいをかけてしまう男の子の気持ちが、少し分かる気がする。



「質問に答えてくれないのなら、部屋に戻ります」


どこかへ行こうとしたわけでもなく、ただ姿勢を変えようとしただけだったが、シーラは小さな力で引き留められた。

腕に穏やかな力がかかっている。


「……そういうことじゃないだろ」


手を放してくれないままのテオドールの低い声がくすぐったい。

引き留められたことを嬉しいと思ってしまったので、癪だなと思ったシーラはぎゅうっと自身の腕を引いた。


そして引いた腕を今度は伸ばして、先ほどテオドールが落とした読みかけの本を拾い上げた。

それをテオドールの手の中に押し込んで、もう質問はしないからゆっくり本を読んでくれと意思表示をした。


「ふむ。仕方ないので、まだここにいてあげます」


シーラは再び便箋と向き合うことにした。

書きたいことを書き終わった母への手紙に、更に追伸を加えることにする。




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