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中編と後編の間

まことに申し訳ありませんが、計算できない作者がどうしても後編を全て書ききれず、今話は『中編と後編の間』とさせていただいております。

完結編を期待していた方には、大変申し訳ありませんでした!!(土下座)



※サマンサ視点です。

今にもこぼれ落ちそうな曇天の日の空気は、少し重い。

からりと晴れた日は、湿度もそんなに高くないせいか、日差しの強い夏の日中でもそこまで過ごしにくいと感じることはない。

だけど、灰色の雲が垂れ込めたこんな日に外を歩くと、じっとりと汗をかいて、軽やかなレースの袖が肌にまとわりつく。

こんな日を喜んでいるのは、外の植物くらいではないかしら。

玄関先に咲いているスターチスと薔薇が、空から溢れる甘水を、首を伸ばして今か今かと待っているもの。


私と夫のデブ様いえ、デブは、正面玄関の外でお父様とお母様を待っている。


あ、私が夫をデブと呼んでいるのは、籍を入れて正式に夫婦になったその日に、「伴侶となったのだから、様などつけず、デブと呼んで欲しい」と言われたからなの。愛しい方を『デブ』と愛称を呼び捨てるなんて、なんだか恥ずかしくてまだ慣れないけど、とても嬉しく誇らしい気持ちなのよ。


それにしても、そんなに長く外にいるわけではないが、少し蒸し暑いわね。

そこへやっとマグナクト家の馬車が着いた。

タラップを下りてくるお父様とお母様は、お変わりないようだった。むしろ、デブの変わり様に驚いているわね。本当にお痩せになったもの。でも、むしろ今までよりも逞しくて、益々素敵になった。

これじゃあ、もててしまうわ。少し心配よ。


「それでは、どうぞ中へ」


デブがそう声をかけている。私達は両親を伴って氷の魔道具がよく効いている屋内に入った。





「それで、こんな急に籍を入れて結婚式なんて、慎重な君らしくもない。何か問題でも起こったのかい?」


人払いが完了した客間で、紅茶に口をつけてからカップを置いたお父様が、デブにそう切り出した。

デブは懐の胸ポケットから、一枚の紙を取り出し、机に広げた。


「マグナクト卿、夫人、これを見てほしい」


お父様はその紙を手に取り、お母様が見やすいよう紙をややお母様の方に向けた。お母様は紙を覗きこみ、お父様もお母様に頭を寄せるようにして紙に書かれた文字を目で追っている。

その紙は、少し前にここで私が行ったステータス鑑定の結果用紙だ。

読み終わったお父様は、愕然とした顔でデブと私を交互に見た。


お母様は……、


ゴンッ


あ、テーブルに突っ伏したはずみで、おでこを強打しているわ。震えているけど、あれはショックでかしら?それとも、痛みで?


お父様が感情を抑えながら、デブに尋ねる。


「これは、どういうことだい?以前サマンサが鑑定を受けた時は、こんな特殊スキルなどなかったが」


お母様はガバリと顔を上げて、デブに迫った。


「そ、そうよっ。サマンサにこんな恥ずかしいスキル!『ほじり』って!ほじらないと発現しないスキルって何なの?!こんなスキルがついてたら、サマンサが一生淑女になれないじゃないっ」


な、なんですと!!?


「ええっ!私、一生淑女になれないの!?ほじるスキルのせいで?!」


思わず立ち上がった私と興奮しているお母様へ、お父様はなだめるように言った。


「落ち着いて、エリーゼ、サマンサ。確かにこれがバレたら一生淑女にはなれないかもしれないが、そこが問題じゃないんだよ」

「いや、問題でしょうよ……って、何?サマンサの淑女絶望視よりも問題なことが?」

「ああ、結局、私、淑女は絶望的なのね……」


私は力なくソファに座った。

そんな私の背を優しく撫でてから、デブが説明を始めた。


「夫人、サマンサが淑女になれずとも、私は彼女を手放すつもりはないので、それはよいのです。元々うちは、社交をしませんし。それより問題は、『ほじり』ではなく『聖女』の方です。聖女について、夫人はどこまで知っておられますか?」

「え……。未婚の聖女は魔力を使わず無尽蔵に癒せる貴重な人材だから、教会で保護されるということしか……。あ、まさかそれで、結婚を急いで?」


デブは頷いた。


「その通りです。彼女は既に私と婚姻を結んでいる。それに聖女は貴重な存在だが、教会は処女を神聖視して堕落を嫌う。教会が未婚の聖女のみを祀り上げるのは、そのためです」

「まあ、処女厨なのね?逆に、汚らわしいわっ」

「「「?」」」

「ごめんなさい、気にしないで。でも、今代の聖女はいないけど、これまでの聖女って確か未婚でも既婚でも、従軍したり町を回って各地で癒しの奇跡を起こしたりしてたはずですよね?まさか、サマンサも?」


デブは渋面を見せて頷き、お父様がデブの代わりにお母様の質問に答えた。


「そうだよ、エリーゼ。サマンサが傷ついた多くの国民を癒すことになるんだ。初対面の老若男女、赤の他人の鼻に指を突っ込んでね……」

「サマンサ……不特定多数の人間に、そんな破廉恥なことをさせられるなんて!」


その言い回しはやめて、お母様……。でも大丈夫よ。デブが私を守ってくれるんだから。

デブは、「そのことなのです」と話を進めた。


「私も妻が他人の鼻に指を突っ込むなんて嫌ですよ。それに、それだけじゃない。問題は、サマンサのスキルに副作用があるということなんだ」


お父様とお母様は、鑑定結果をもう一度読み、青ざめた顔で呟いた。


「もし、サマンサが傷ついた多くの国民を癒せば、彼らは皆、鼻ほじりの癖がつくのか……?」

「それに、皆が魅了状態で、サマンサにほじられに殺到するってこと?何その、ほじられゾンビ状態……。ヤバいじゃない!サマンサ、あなたまさか誰かほじりってはいないでしょうね!?」

「え……、ルイス殿下なら、ほじったけど」


お母様が頭を抱えて叫ぶ。


「マイガッ!感染者一名ーー!!!」


お、お母様?お言葉が乱れてますわ?

お父様も呻いている。


「まさか、あの時殿下がサマンサにプロポーズしたのは……」

「そうだ、マグナクト卿。恐らく、殿下は鼻ほじりの副作用で魅了状態にあるのだろう」

「まずい、まずいぞ、ハーディルト卿!これがバレたら、王族に精神干渉したとしてサマンサが投獄されてしまう!」


「そう。だから、バレなければよいのだ」


デブがニヒルに口元を歪めている。やだ、悪どそうでカッコいいわ。

いつも優しくて紳士だから、たまにはこういうのもいいわね。


「つまり、秘匿する、ということか?」


お父様の問いかけにデブが頷いた。


「そうだ。どうせ十歳の時は問題なかったんだ。黙っていれば、問題ない。そうすれば、殿下の鼻ほじりも妙な性癖が発現しただけとなるし、サマンサへの思いもただの片恋だ。そもそもサマンサが聖女として周知され各地で癒しを行い始めたら、どれほどほじる人間が増えるか。国の常識が変わるぞ?」

「「……」」


お父様とお母様はデブを見て、頷いた。

……すごくシリアスよ。鼻ほじりにこんなシリアスを生み出すポテンシャルがあるなんて、私、知らなかった……。


確かめるように、すっ、と自分の鼻の穴に指をやろうとして、視線を感じた。

顔を上げて見回すと、真顔でみんなが見てた。

私は、鼻の穴直前で指を止めて、そろそろと指を下ろした。

よくやった、というようにデブが私の頭を撫でてくれた。

私、やればできる子なのよ?


デブは私をそのまま引き寄せて、肩を抱きながら、話を進めた。


「実は、サマンサの『ほじりの聖女』について、国家機密に関わる懸念がある」

「国家機密?ハーディルト卿、君は国の裏事情に詳しいから知り得たのだろうが、それは私達が知っていてもいいことなのか?」

「よくはない。だが、家族は知っておかねばならないと思う。これは、墓まで持っていってくれ」


お父様とお母様は、顔を見合わせてから頷いた。


「実は、聖女の中には、サマンサのように、稀に魅了の力を持つ者が現れることがある」

「ただでさえ希な聖女の中でも稀ですのね?」

「そうです、夫人。その特別な聖女は、現れる度に多くの高位貴族の子息を魅了し、侍らせ、たくさんの婚約破棄を生み出すとされているのです。ある者は王太子に見初められて王妃になり、ある者は他国の王子に見初められ、ある時は聖女を取り合って子息同士が殺し合った。彼女を取り合って戦争に発展したことすらある。何にせよ、その特別な聖女が現れると、王家と貴族に混乱をきたすので、密かにその存在を王家では語り継いでいるという」


え、まさか、私がその特別な聖女だとでもいうの?

お母様が小さな声で呟いた。


「なんだか、どっかで聞いたような話ね。確か、そういう役柄のことを……」


デブも話を続けている。


「王家ではその特別な聖女のことを、『広く混乱を招く淫婦』と呼んでいたが、いつしか略されて……」


お母様とデブの声が重なった。


「「『ヒロイン』」」

「というのよね」

「と呼ぶようになった」


お母様とデブが目を見開いてお互いを見た。


「何故あなたが、王家の機密を知っているのですか?!」

「え?マジで?!マジでヒロインなの!?」

「ハーディルト卿、私のエリーゼと見つめ合うなど許されんぞ!」

「お母様!お言葉が崩れてますわ!」


カオスになってしまったわ。

この混乱は、お父様がお母様の腰にがっちり手を回して密着させながら席につき、私もデブに肩をぎっちりと抱かれて、密着状態で席についてからなんとか収束した。

デブの上腕三頭筋と大胸筋に挟まれると、息苦しくて、ドキドキして、それでいて安心するの。

私のお気に入りの場所よ。


「それで、何故あなたが『ヒロイン』について知っているのかお尋ねしても?」


そうデブに聞かれ、お母様は目を泳がせた。

デブはため息を吐いて言った。


「あなたが機密を知り得たとなれば、国の暗部が動きかねません。下手すれば、拘束され拷問されるでしょう」

「うう……、どうせ言っても信じないでしょうし、聞かなかったことにしてもらえませんか?」

「エリーゼ、私は君の全てを信じるよ。私にだけは話してくれるよね?君の夫として、君に関わる全てを余すところなく知っておきたいんだ」

「マグナクト卿、君、ちょっと黙っていてくれ。君だけが知っていても意味がないだろう。王家のあらゆる情報に携わる者として、私が聞いているんだから」

「お母様、私も知りたいわ!」


「仕方ないわね」とお母様は、ポツリポツリと話し始めた。

それによると、お母様はある日前世を思い出したのだという。

その前世はここではない世界で、美味しいものと物語と労役で出来ている世界だったんだそう。

労役については、お母様は遠い目をして多くを語らなかった。

「あのハゲ課長殺す……サビ残……過労死……」などと怖い顔で呟いていたから、私達もそれ以上聞かなかった。

でも、『ヒロイン』については教えてくれたわ。よく物語に出てくる役柄のことらしい。

片っ端から素敵な男性を魅了していき、一人の男性と幸せになるパターンと、全員とお付き合いするパターンとに分かれるのだとか。

全員と?

どどどどうやって??体は一つよ?

男性達はそれでいいの?他の人と分け合える程度の愛情しかなかったの?それっぽっちの愛情で、ヒロインは満足できるのかしら?


「基本的にヒロインを好きになる男には、婚約者が既にいるのよ。で、ヒロインを好きになった男は婚約破棄してヒロインを選ぶの」

「なるほど、『ヒロイン』騒動で起こったことのある出来事と一致している。あなたのいた世界の物語との類似性は確かにあるな。もしかしたら、なにがしかの繋がりがあるのかもしれないが、今はサマンサのことだ」


お母様と話していたデブが私を心配そうに見た。


「サマンサが『ヒロイン』だと知られれば、王家か教会に保護という形で捕らわれ、監禁される可能性がある。騒動を起こしかねないからだ。だから、絶対、彼女が『聖女』であることと、『ヒロイン』の条件である魅了の力については秘匿せねばならない」

「そ、そうね。知られてはいけないわ。サマンサ、あなた決して誰かの鼻に指を突っ込んではダメよ?」

「わかったわ!」


私は力強く頷いた。

お母様はそれでも心配が晴れないようで、重ねて言ってきた。


「決して王子や、宰相の息子、騎士団長の息子や魔導士団長の息子、それから教主の息子に、謎の暗殺者、ああ、王弟殿下や学園の教師なんかには近づいてはダメよ。変なフラグが立ったらいけないからね」

「暗殺者?学園の教師?よくわからないけど、王子ならもう手遅れよ、お母様?」

「ああ、ルイス殿下!あの人、何ほじられてんの、バカじゃないの?!!」


お母様、不敬よ?

デブとお父様が目を逸らして聞かなかったことにしているわ。

デブ様は、私を心配するお母様と、お母様を心配するお父様に向かって言った。


「まずは結婚式を行う。これは、私の職務上の事情で、そちらの親族や寄り子の貴族はほぼ呼べないが、こちらの関係者は呼ぶから、そこでまずサマンサが私の妻であることを内外に認知させる。そして、王家主宰の舞踏会で、王族や他の貴族達に広く認知させる。舞踏会には、教会の教主猊下が国賓として参加されるから、私の妻であることを認めてもらうのに良い機会だと思う。その後は、サマンサには基本的に外に出ず、屋敷で過ごしてもらうことになる。もちろん社交は無しだ」


お父様が「それでいいだろう」みたいな偉そうな顔をしているけど、私、知っているのよ?お父様は、私のことより、私のことでお母様が悲しむことを避けたいのだと。

お母様が私に聞く。


「あなたはそれでいいの?ほとんどお屋敷内で過ごすことになるのよ?」

「もちろん構わないわ」


私は即答した。


「そもそも社交には興味もないし、ハーディルト邸の皆さんは優しいし、私を女主人として認めてくれている。何不自由のない生活をさせてもらえているもの。それに……」


私は、デブを見た。デブもまた私を優しい目で見ている。


「私には、デブさえいてくれればいいの」




「とうとう、デブって呼んでおるーーー!!?」


お母様が悶絶してしまった。

「もはや悪口……もはや悪口……」と呻きながら、ピクピクしている。

どうしたというのかしら。

これも、前世を思い出した影響なの?

前世の記憶って、こわいのね。





その後、私達は色々相談を重ねた。

お父様は、マグナクトのお屋敷とハーディルト邸を行ったり来たりして忙しそう。

私は、お母様とゆっくり過ごしたわ。

お母様はハーディルト家の使用人達にとても満足してくれたみたい。

「ここなら、あなたを安心してお嫁に出せるわね」と言ってくれたの。

お母様、少し泣いていらしたわ。

私もなんだか涙が止まらなかった。

その日の夜は、お母様とお父様と三人でいっしょに寝たの。小さな頃みたいにね。


何故か私とお母様の間にお父様が入った並びだったけれど。

解せないわ。

自重してくださらない?お父様。






そんなこんなであっという間に時は過ぎ、とうとう結婚式の日がやってきたの。

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