99.まとまりあるからまとまらない
「雲雀先輩のクラスのカーストか」
情報と来たらこの男、サル。
先輩と関わらせるには信頼性に難があるから、情報だけ貰う。
直接の問題解決はしないタイプだから、実際の行動は俺らがしなければならんし。
「柏木先生のせいで、おかしなことになってると聞いたが」
「そうだな……一言で言うと容姿カーストだな。ただし男女で基準が逆。
男子はイケメン程上位で、女子はブス程上位。ま、オバハンの嫉妬よ。
そこからの決め付けしまくりで、ものの1、2ヶ月で固定されたっぽい。
自分とこの生徒の私物化をしてるって感じだ」
「で、古川先輩の位置は」
「下の下。ルックスがA+のスタイルSだろ? どえらい嫉妬されてる。
男子人気はあるけど、女子と柏木先生の嫉妬がねぇ……
最近はいじめの話も聞いてるし、キツいだろうな」
少し見ただけでは分からなかったが、どうやら大分こじれてると考えていいらしい。
この場合、あまり大きな行動を取ると状況が更に悪化する可能性がある。
(感づかれないように少しずつ事を進めるか、バレること前提で進めて、
悪化させる隙も与えずのスピード解決を図るか……どっちかだな。
何をどうすればいいかは、まだ全然浮かばんが)
どうにかしようとなったら、クラスの雰囲気ごと変える必要がありそう。
その場合、相当に大掛かりなアクションが必要になる。
まぁ、その為に今回は仲間がいるんだけどね。
「先輩方の考えとかはどうなんだ?
あまりいい雰囲気じゃないだろうし、どうにかしようっていう先輩はいねぇのか?」
「実は結構いるんだよ。今の状態が柏木の独裁みたいな感じだから、レジスタンスも多い。
カースト下の先輩方は勿論、中・上位陣も居心地の悪さを感じたのか二人ぐらい。
ただ、頭は全然だ。優遇措置を手放したくないんだろ。
噂じゃテストの点数や通信簿の改竄まであるらしい」
「……マジかよ」
ここまで酷いとは思っていなかった。
だが、これは考えようによってはチャンスだ。ここまでの悪行が明るみに出れば、
何も起こらない訳がない。無論、それが噂ではなく事実であることが前提だが。
「裏取れたら思いっきり流していいと思ってる。柏木の弊害はクラス越えそうだし」
「が、我が校の教師陣の多数派は、波風立たないことをよしとする典型的日本人。
生徒の俺らが思いっきり突き上げない限り、動こうとしない残念集団だ」
ここまで黙っていた陽司が、皮肉めいた調子で。
悲しいことに、それは事実だということは俺も知っている。
うちの担任も同じだ。透の先輩に対する蛮行を報告しても、注意すらしなかった。
「まぁまぁ、気づかれてないなら大丈夫だろ」とかほざきやがった時には、
俺は自分の怒りを抑えるのに苦労したが、それよりも陽司の怒りが凄まじかった。
先生は気付いていなかったみたいだが、温泉掘削みたいな勢いで地面を蹴る蹴る。
古川先輩に何かしたって訳じゃないから、その場は一旦引いたが、
先日に先生の車のボンネットへ、クモとゴキブリの模型を置いといた。
『非常に鈍感な』先生への、俺と陽司からのプレゼントだ。ありがたく思え。
「ヤバいやらかしを現行犯で、なおかつ未遂で取り押さえる、ってなるのが理想だな。
言い逃れの出来ない形で仕留めたい」
「陽司が狙われてること考えると、一番動きやすいのは俺か?
顔が割れてるのは同じとしても、地味さにだったら自信はあるぜ」
「どうだろうな。……いっそのことさ、俺が囮になるか?
何かしら誘発させて、そこをとっ捕まえるって感じで」
「考えてはおくけど、間違いなく危険だ。誰一人ケガせずに……とは行かずとも、
なるべくは被害が出ない形で済ませたい」
「それはそうだけど、俺は既に覚悟してるぜ? 首突っ込んだ以上、最後までやり切る。
その為には少々のダメージぐらい、名誉の戦傷になるってもんだ」
今回の件に関する情報をサルに聞くに当たって、水橋の名前は出さないことにしてある。
これは水橋本人から、俺と陽司に頼まれたことだ。
説明するまでもなく、陽司が「変な印象かぶりたくないってとこ?」と、察してくれた。
水橋が未だ浮き気味であるということを、こいつは理解してくれている。
これが解決したら、俺以外の男友達として陽司が加わるかもな。
……恋愛方面に発展したら、勝てる見込みが全くないけど。
(水橋の望みの方が優先だし、俺もタダで終わるつもりはねぇ)
何にせよ、まずは直近の問題だ。
具体的な策を、3人で練っていこう。
『私が嫌われてるなら、囮捜査が有効だと思う』
俺と陽司と水橋による、古川先輩救出部隊のグループルームでのメッセ。
その作戦会議の開口一番、水橋がとんでもないことを言い出した。
『それだったら俺がやるっての。俺も目をつけられてるのは同じだ』
『茅原君は好かれてるって意味でだから、私の方が誘発しやすい』
『それはそうかもしれないが、危険過ぎるだろ』
『それくらいの覚悟はしてる。私は、今すぐにでも先輩を助けたい』
陽司と水橋が、お互いの主張を繰り広げる。
俺はどうするべきかを考えるかに精一杯で、何と言っていいか分からない。
(俺の脇役スキルも、ずいぶん錆ついたもんだな……)
自虐の気持ちを押し流し、何が問題かを考える。
囮捜査の手法を用いて、柏木先生を現行犯で捕まえると考えるなら、
事を起こしやすいのは水橋の方だろう。その点は分がある。
(問題なのは、『危険』であるということ)
逆を言えば、水橋の安全を確保することができるというのなら、
この方法は現実的な策として選択できる。
仮に俺と柏木先生が殴り合ったとして、負ける気は全くない。
何か武道を習っているという話は聞かないから、体力的にはただのおばさんだ。
余程のことがない限りは、問題ないだろう。
もっとも、このままだと実際に対峙することになるのは水橋である上、
他の生徒と同時に敵対したりとか、人数的に不利な状況に追い込まれると厳しい。
暴力に訴えるにしても、正当防衛の名を借りられる形にしなければならんし。
(想定されるケースは何だ?)
現状で考えられる『危険』。
それについては、体育祭の時のことから導くことができる。
『最悪の場合、殴り合いに発展する可能性もある。
性格からして、簡単にヒステリー起こしかねない』
『それは俺も思ってた。水橋、体力はある方だけど、喧嘩の経験は無いだろ?
柏木がトチ狂ったら何しでかすか分かったもんじゃねぇし」
『私としては、むしろ望む所。そうなってくれればボロも出やすい』
……悪行どころか、凶行にまで走る可能性があると知っても、か。
水橋の積極性は、どこか箍が外れている、危険な思考だ。
何とかしてしまうくらいの才はあるけど、看過できるものじゃねぇ。
『仮にやるとしても、最終手段だ。あらゆる意味で無傷で済むとは思えないし、
多少の事故はあるとしても、今はまだ選べない』
『水橋のやる気は褒められるけど、急いては事を仕損じる。
だから、分かってくれないか?』
『……うん。だけど、私は本気だから。それに、簡単に傷つく程ヤワじゃないよ』
今日はここまで。寝る挨拶を送って、スマホの電源を切る。
俺も急ぐべきだという気持ちはあるが、その為にはあと一つ、情報がいる。
サルに頼んで、どこのどいつで、どんな奴かを調べてもらうことにした。
古川先輩の容姿を貶したのが誰かを聞いた時、柏木先生と共に上げたもう一人。
『宇野』。
こいつの正体が分かってからでも、遅くはないだろ。




