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雪の陰翳  作者: 苳子
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第4章 6

お読みになるとご気分が悪くなるかもしれないような表現がございます。ご了承のほどをよろしくお願いいたします。

 日差しは暖かいが、吹く風は冷たく、高く髪を結い上げた首筋をひと撫でされると首をすくめてしまうほどだった。

 荒れ果てたかつての大路を、馬の足元に気をつけながら進んでいた。往時には一国の王都だっただけあり、翠華は現王都に引けを取らないほどの規模を誇っていたようだった。だが、今やそれは遥かな記憶に過ぎず、はじめて訪れた朱華しゅかの目に映るのは一面の廃墟である。

 隊長は馬をゆっくり進めながら説明を続けた。


「私が翠華の惨禍を目の当たりにしたのは二度です。最初は西葉王子によるもの、二度目は翼波による落城後です」


 翠華すいかを襲った最初の惨禍は、二十五年前の西葉王女と東葉王子の結婚式が行われる予定だった日に起きた。式の当事者だった二人は今では朱華の両親である。その花嫁に付き添って来ていた彼女の兄が、式の最中に武装蜂起し東葉国王を殺害したのだ。幸い花婿となるはずだった王太子は難を逃れたが。

 当時はまだ一兵卒に過ぎなかった隊長も翠華におり、城下で警備に当たっていた。そのため、城内で何があったのかを知ったのは、後になってからのことだったという。

 朱華の父である、当時の東葉王太子だった碧柊は真っ先に王都から逃れた。彼の従兄である明柊めいしゅう王子も遅れて辛くも逃れ、城外にいた隊長もそれに紛れて翠華から脱出することができたという。指揮系統の混乱もあり、彼も明柊に従い翠華の南に位置する苓南れいなんの砦まで落ち延びた。そこで明柊は王太子を裏切り者として糾弾し害しようとしたが、辛くも王太子はその場を逃れることができた。

 その時、彼と共に逃げ延びたのが、どういう次第でか翠華から逃れていた朱華の母である、当時西葉王女だった青蘭せいらん姫だったという。碧柊へいきしゅう王子と青蘭姫はその後も南下をつづけ、山の背を超えて西葉へ逃れ、そこで西葉の王統家や貴族たちの支持を集めることとなる。

 碧柊を逃してしまった明柊は、しかし裏切者である王太子を処刑したと発表し、その勢いで翠華に戻ると西葉軍を破り、王都を奪還した――ということに、当時はなっていた。隊長もまた、流れのままに明柊の軍に加わっていた。

 明柊に従い翠華に戻った彼は、西葉軍が去った後の翠華を目の当たりにすることになった。

 王都の城門には、東葉国王の遺体が晒されていた。首のない遺体と、その隣に切り落とされた首が、共に半ば腐乱した状態でぶら下がっていた。その遺体には鳥がたかっていたという。

 隊長は少し言い辛そうに、しかし彼女の希望に従い、記憶にある光景を淡々と語った。


「――それが私の祖父……」


 朱華は小さくつぶやき、思わず背後の城門のあった方角を振り返った。

 両親から祖父母のことを聞かされた記憶は殆どない。祖父である東葉国王は英邁な人物であり、もう一人の祖父はそれほどでなかったという評判は耳にしているが。それも過去の人物であり、祖父というには遠い存在だった。 

 街路にも死体が点在していた。抵抗する者は悉く殺されたという。横たわる死体は老若男女問わず、それも腐敗が進んでいるものも多く、大路にも死臭が充満していた。

 廃墟と化した城下に動くものと言えば、軍人を除けば死体にたかる鳥と虫だけだった。

 食事を中断された鳥たちが頭上を飛び交い、恨めしげに鳴く声が響いていた。

 王城内に入ると、あちこちに黒く乾いた跡があった。それらはすぐに誰かが殺害された痕跡だと判明した。大量の出血が乾き、黒い跡として残っていたのだ。

 だが、当の死体は見当たらなかった。誰もが不思議に思ったが、その理由はじきに判明した。

 場内の温室には、死体が山と積み上げられていたのである。腐敗がいっそう進んだ温室内では、すでに白骨化しかけたものも少なくなく、凄まじい匂いと光景だったという。


「……あなたも目にしたのですか?」

「……温室の遺体はいずれも貴族の方々でしたので、埋葬のためには……」


 すでに容貌で個人を特定することは難しかったため、身につけているものを手掛かりにするより他なく、それには多くの手を必要とした。彼もまたそれに加わらざるを得なかった。


「中には霜罧殿の祖父君のご遺体もありました。刃こぼれしたのこで、生きながら鋸引きされるという酷いことだったようで……」


 朱華は蒼ざめた顔で息を飲んだ。王統家や貴族のなかで犠牲者のなかった家はないと聞くが、その凄惨な実例までは知らなかった。

 霜罧の父は、朱華の父の身代わりとなり、その身には歩行障害が残った。さらにその祖父に至っては残酷極まりない方法で殺害されたのだ。

 どこか他人事だった過去が、突然身に迫るような感覚に、朱華は戸惑いながらも受け止めきれずにいた。


 裏切り者である碧柊王子を処刑し、西葉を追い払った筈の明柊であったが……

 しかし実際の黒幕は東葉王子明柊であり、彼は西葉王子と結託していた。西葉王子による翠華での武装蜂起も、東葉国王殺害も、その後の明柊による“裏切者である碧柊王子の処刑”も翠華奪還も、事前に計画されていた通りの展開だったのである。計画通りにいけば、最終的に明柊が青蘭姫を妻に迎えて東葉国王として即位し、西葉王子もまた西葉国王として即位するはずだった。

 だが、西葉へ逃れた碧柊王子と青蘭姫が、西葉の王統家や貴族の支持を集めた上で「青蘭女王」として即位し、二人の王子の結託と裏切りを公にしたため、その野望は挫かれた。戦いに敗れた西葉王子は処刑され、明柊は敵国であった翼波へと逃れた。その後もあろうことか、明柊は翼波の侵入に手を貸し、東葉も西葉も深い傷を負うこととなった。明柊は2度も国を裏切ったのである。

 隊長は事の次第が明らかになるまで、明柊の指揮下にいた。明柊の指示のもと、東葉奥深くまで侵入してきた翼波と対峙した矢先、味方の一部が歯をむいた。翼波と通じていた明柊と、彼の乳母子めのとごが指揮するれい家の軍が同じ東葉軍にやいばを向けたのである。


「当時は何が起こったのかを理解する余裕はありませんでした」


 隊長は器用に馬に障害物を避けさせながら、淡々と当時を語る。

 予想外の出来事に、苓家所属以外の東葉軍は一気に崩れた。大混乱のなか、彼もまた闇雲に戦場から逃げ出したという。どちらの方角へ向かっているのかも分らぬまま脱出し、気が付くと西に向かっていた。命からがら西葉へ逃れ、西葉軍に捕らえられたという。



 

申し訳ありませんが、次話も引き続き残酷な描写がつづきます。ご了承のほどをよろしくお願いいたします。

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