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雪の陰翳  作者: 苳子
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第3章 4

 朱華が自分に何かあれば苴葉家が再び絶える事を認めると、銀華はそれをどう受け取ったのか、眉を開いた。


「それなら、あなたも早く夫を迎えなくてはね」

「ええ……けれど何かあっても、姉上が王子をお産みになられるなら……」


 朱華は最後までは口にせず、姉の顔を見た。


「……その前にあなたが男の子を産みなさい」


 何かを察してか、銀華はそれ以上は踏み込んでこなかった。

 その後、三人はかつてのように他愛もないおしゃべりに暫し興じた。そうしながらも朱華は自分のわずかな変化に気づいていた。もう姉に気圧されてばかりの四の姫ではないことに。




 陽だまりの温もりが薄らぎはじめた頃、銀華はようやく辞すと言いだした。二人の妹は西宮の玄関まで姉を見送りに出た。


「大切なお身体ですから、お気をつけくださいね、姉上」


 茜華が姉を心配してその手を取り、顔を覗き込むようにする。銀華は妹の頭を数度撫で、礼を言う。

 何も変わらないように見えるけれど、そうではないことを朱華は自覚していた。お互いに姉妹よりも守りたいものがあり、しがらみや利害関係もある。もう立場が異なるのだ。それは誰が悪いという問題ではない。


「朱華、私を送ってくれないかしら」


 当然だが、銀華は一人で西宮まで来たわけではない。護衛の近衛も、側仕えの女官もいる。

 朱華は逡巡した。あまり積極的に銀華と関わらないよう、霜罧からは忠告されている。それには朱華も同意見だった。


「二人でゆっくり話せる最後の機会かもしれないのだし」


 これまでにも「二人でゆっくり話した」記憶は殆どない。どういう意図があるのか読めない。ただ、複数の人目はある。直接害されるような危険性はないだろう。


「それなら私も」


 茜華が拗ねたような口振りで助け舟を出してくれた。


「ねぇ、四の姉上も」

 

 三の姫の手を取りながら、朱華の同意を取り付けるように振り返る。その表情には戸惑いも見られた。彼女とて、二人の姉の間の緊迫感の理由を理解しているわけではなかった。

 ただ何事かを感じて仲裁しようとする、幼い頃からの習い性のようなものだった。


「……茜華、これが本当に最後の機会かもしれないのよ、分かって頂戴」

「最後だなんて不吉なこと……」


 茜華が顔を強張らせる。銀華は早とちりに微苦笑する。


「縁起でもないことを言わないで。朱華が苴葉そよう公となれば、なかなか会えなくなるかもしれないでしょう。遠く州へ行ってしまうのだもの」


 他の姉妹は王都にり続けるが、 朱華だけはそうではない。

 銀華の言葉に、茜華は不承不承という容子で頷いた。ちらりと朱華を振り返った顔は、三の姫に抗いきれなかったことを詫びるようだった。


「姉上の仰る通りよ。苴州へ行く以上、その時その時が今生の別れとなるかもしれないという覚悟は必要でしょう」

「姉上……」


 銀華と二人きりなっても良いのかと確認するような顔で、茜華は朱華の袖を掴んだ。朱華は妹に銀華にまつわることは話していない。それでも彼女がこのような気遣いを見せるということは、なんらかの噂が広まっているのかもしれない。

 そこまで考えて、朱華は内心はっとする。もしも噂を流した者がいるとすれば、それは恐らく霜罧そうりんだろう。噂が流布すれば、彼等は動きづらくなる。

 母が、朱華が霜罧を嫌っていると知りながら、彼を補佐につけた意味がわかったような気がした。

 朱華自身はどちらかと言えば脇の甘い間抜けな人間だ。政治的な駆け引きや保身の術を知らず、器用にできる人間ではない。けれど、それでは苴葉公としてはやっていけない。いっかいの王女のままであればそれでも良かったが。彼は朱華にとって必要な人材なのだ。


「姉上とゆっくり話をさせてちょうだいな」


 朱華はもう一度妹に言い聞かせる。茜華はまじまじと四の姫の顔を見て、それから拗ねたような顔で三の姫を振り返った。


「私だけ除け者になさるのね……でも今日だけは許して差し上げます」


 納得したわけではないといいたげに、つんとすましてみせる。そんな妹の頭を朱華は思わず撫でてしまう。

 三の姫も微苦笑を浮かべて末の妹をみつめていた。


「子供扱いはいい加減になさって下さい」


 茜華に手をはたき落とされて、朱華は笑いだしてしまった。銀華はそんな二人の妹の容子に曖昧な笑みを浮かべていた。




 結婚した三の姫の宮は王城の外にある。

 内奥には女王夫妻と王太女一家、未婚の王女が住まい、王太女以外の王女は結婚と同時に王城の外に宮を構えている。

 二の姫の宮もまた外にあった。姉を補佐するため、二の姫自身は王城にいる時間が長くはあるが。

 朱華は、姉が内奥の外の宮まで送れと言っているのか分からなかった。

 ちらりと振り返れば夕瑛が渋い顔をしていた。内奥と外をつなぐ門まではともかく、その先までとなればとんでもないということだろう。

 流石に朱華にもそこまでする気持ちはない。


「では送っていただきましょうか、朱華。茜華はまたお会いしましょう」


 銀華は四の姫に微笑みかけ、それから朱華を促した。

 二人が並んで歩き出すと、少し遅れて女官や近衛も続く。その中には夕瑛も混じっていた。夕瑛の視線を受けて、西宮付きの近衛も護衛につく。

 それをちらりと一瞥して確認し、銀華は妹に口の端を上げてみせる。


「随分と警戒されていることね」

「そうでしょうか?」


 朱華はとぼけた顔で首をかしげてみせた。


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