40、顔文字やネットスラングは使っていいの?
はー、久々に店を開いたはいいのですが、なんか暇ですねえ。
どうしたもんか……。
そんなときには現代文明の利器、パソコンですね。よし、ぽちっとな。おやおや、メールが来ているぞ。あ、そうなんですよ。実はこのバー、公式のサイトを持っていてですね、お客さんからのメールを頂けるようにしているんです。まあ、ほとんどは迷惑メールですけどね、ちくしょう!
おや、メールが来ているぞ。
ふむふむ。東京都にお住いのモトハシさんですね、「こんにちは」、はいこんにちはー。「小説を書いている者です。最近、ネットスラングを小説の中で使ってみたんですが、読者さんから一斉に怒られてしまいました。ネットスラングって小説の中で使ってはいけないんですか?」
うーむ、なかなか難しい問題ですねえ。
じゃあ、わたしの見解を申し上げましょう。
では、その前に。今日のカクテル、ハイライフです。あ、でもPCの向こうにいるモトハシさんにお渡しできない! じゃあわたしが飲んじゃいます。――ぷはー、この一杯のために働いていると言っても過言ではありませんよアッハッハ!
ネットスラング。
インターネットの発達によって出来上がった、ネットの中で醸造された言葉や記号です。たとえば「草不可避」とか「バロス」とか「(笑)」とか、「希ガス」とか「くぁwせdrftgyるぱんlp」とか、ある意味で、「いいね!(フェイスブックなんかについているボタン)」なんかもそうですね。
また、ネットスラングと似た形で存在するのが絵文字顔文字です。わたしはあんまり使わないのでよく知らないんですが、笑顔のマークとか、あるいは「ノシ」みたいに体の一部を現したものもありますね。
こういったものを、小説の中で用いていいのか?
結論を申し上げれば、「OK」というのが筆者の立場です。
ただし、これらの言葉の持つ「閉鎖性」を十分に理解してから、という前提が付きますが。
ネットスラングにせよ顔文字にせよ、これらの言葉は「インターネット」という場にしか存在できないものなのです。
どういうことか。
たとえば、「(笑)」という言葉があります。が、これは話し言葉としては存在しえません。最近では話し言葉でも「かっこ笑い」と無理矢理組み入れている人もいますが……。あと、「ノシ」なんかだと分かりやすいですね。あれは、書き言葉でないと真の意味を発揮しません。「ノシ」が手を振る動作に見えるためにこの絵文字が存在するわけで、「のし」と言われても、書き言葉での「ノシ」をイメージできないと意味不明な言葉になってしまいます。
また、ネットスラングにせよ顔文字・絵文字にせよ、インターネットに通じている人にしか通じない、一種の暗号のようなものだということを押さえておきましょう。
こんなことを書き連ねると、「じゃあネットスラングは小説の中で使えないじゃんか!」というご意見が出てきそうですが、そういうわけでもありません。
いや、実は、一般文芸の世界でも、既にネットスラングを使った小説があります。
綿谷りささんの「蹴りたい背中」がそれです。
冒頭部分の主人公の一人称の字の文に、「(笑)」が入っています。しかし、この「(笑)」には違和感がありません。
詳しくは当該作品をお読みいただけるといいんですが、あの話における主人公は、メールやインターネットに親しんだ現代的な少女です。そして(これはネットの世界にいらっしゃる方には首肯して頂けると思うのですが)、「(笑)」という言葉には、なんとなくニュアンスがありますよね。このニュアンスは、「(笑)」でしか表現できないもので、当該作品で作者が示したいニュアンスも、まさに「(笑)」しか持ちえないニュアンスだったのです。それが故に、あの作品の中で「(笑)」が許されているのです。
また、最近流行の「ネットゲームの中に召還された」系の小説では、むしろネットスラングや絵文字顔文字は歓迎されていくものでしょう。
現実に存在するネットゲームでは、それこそネットスラングが誕生する苗床と化しています。「ですしおすし」とかが代表ですかね。そういう場に召還された場合、召還された世界でもネットスラングが飛び交っていると考えるのが考証の立場から見て自然です。また、この種の小説を読むのはそういう文化に近い人たちであることは容易に想像できるので、ネットスラングを使っていった方が自然でしょう。
現代社会の中で、ネットの世界だって一つの現実です。なので、ネットの世界が現実に拡張してきたり、あるいは現実に侵食していることもあります。そのあたりを見極めた上で使うかどうかを決めるのが、ネットスラングや絵文字顔文字といった言葉たちなのです。
というわけですよ、モトハシさん。
こんな拙い(爆)ご返事で申し訳ないんですけど(笑)、必死ぶっこいて書いたんで許してね★
というわけで、よろしくお願いしますーノシ
……
ふう。メールを書き終えたぞ。さて、返信、っと。
はい、現代人もメールを書きますからね。で、その中で絵文字やスラングを使うのはありえない話じゃあありません。というわけで、現代人の現実を描くにあたって、絵文字やネットスラングが登場するのも、場合によってはありえることです。
ネットスラングを使わない! と決めてしまうと、逆に損をする場合もありますよ。
気をつけなはれや!




