36、「演じる」という視点
いやあ、お客さんを泣かせてしまいました。いけませんねえ。バーテンダーっていうのは、恋に破れたお客様に何も言わずにマティーニを出してにっこりと笑うのが商売みたいなものなのに。あ、そういえば、この前、初めてほかのお店に行ってみたんですよ。しかもそこ、いわゆる元文壇バーらしくて。「かつては○○先生とか××先生とかがお越しでしたよー」って言ってました。へー、あるんだ文壇バーって! なんかすごいなー。
うん、このバーを文壇バーみたいにしたいなあ。そのためにも今日も頑張らなくては。
おやおや、一人で飲んでるお客さんが管を巻いてる!
どうしたんですかお客様。なになに、公募の評価シートで、「キャラクターが死んでいる」って評価されたですって? うーむ、そりゃあ困った話ですね。それにしても、評価シートってやつも随分と不案内ですよね。ぶっちゃけた話、「キャラクターが死んでる」なんて素人でも言えますわなー。
それはさておいて。
キャラクター、ですか。ふむふむ、もしかすると……。あ、お客様、はいこれ、ブルーマンデーです。
わたし、ちょっと演劇関係の方とも縁を持っています。演劇って実は結構小説と似通っている部分もあって勉強になりますし、小説の界隈と比べても関わっている人数が多い(アクターさんのほかにも脚本家さん、裏方さん、演出家さんなども含めれば、ひとつのお芝居で数十人が関わっていることもざらです)ので、なかなか刺激になるんですよね。
さて、そんな中で、こんな話を聞いたことがあります。
「脚本に描かれている以上のことは決めないほうが役作りがうまく行く」
ほう、と思いまして、ちょっと突っ込んで聞いてみたんですよ。そうしたら、こんな回答でした。
「たとえば、こいつはきっとAB型で理屈っぽいに違いない。んで、理屈っぽいってことはきっとこういうことを口走ったりこういう仕草を取ったりこういうことを思っているに違いない、みたいに理詰めで考えてしまうと、カチカチでロボットみたいな人物が出来上がってしまうんだよね」
ふむ? きっと物わかりの悪いわたしは首をかしげてしまったのでしょう。その人はさらに注釈を重ねてくれました。
「つまりさ、『俺がこのキャラクターを演じてる』っていうのが大事なんだよね。裏を返すと、どの脚本のどのキャラクターを演じようとも、演じてるのは俺。で、俺らしさがにじむことで、キャラクターにリアリティが出るんだよね」
ふむう。
その話を聞いて以来、わたしはキャラクターを細かく練り込むのを止めてしまいました。
きっと、この役者さんのおっしゃっていたことは、正しいと思うのです。
人間っていうのは、決して割り切ることのできないものです。たとえば、「真面目な人」と評価されている人だって誰もいないところでは仕事をさぼっているかもしれません。「怒りっぽい」と言われている人だって、家に帰れば子供にやさしいパパかもしれません。はたまた、「気の長い人」だと言われている人だって、旦那さんの出発の準備が遅いと怒り出すような面があるかもしれません。そう、百パーセント○○な人、なんていうのはこの世の中のどこにもいないのです。
なので、創作物の中に、百パーセント○○な人を出してしまうと、何やらリアリティのない人物が出来上がるのです。もちろん、例外もありますよ。天才、と言われる人を書くときとか。そういうときには、むしろその違和感を逆手にとって浮いた人物造形にしちゃうのも方法論の一つです。浮世離れした感じが逆に『天才』のリアリティを担保する、っていう場合もあるわけです。でも、そんな人ばっかりが出てくる小説はやっぱり作り物感が強く出てしまうわけです。
というわけで、わたしがおすすめするのは「演じる」ことです。
漫画「ONE PIECE」で知られる漫画家の尾田栄一郎さんは、自作品の中で、その時書いているキャラクターと同じ表情をしながら書いている、と(冗談めかして)おっしゃっています。きっと尾田さんは、主人公(あえて名前は伏せます)が敵海賊の発言に切れた時には主人公と一緒に怒り、仲間と酒盛りしているときには一緒になって心の中でどんちゃんしながら描いていらっしゃるのでしょう。きっと、心の中で、演じていらっしゃるんです。
そう、キャラクターを演じるんです。
こういう設定の人がいて、こういうシチュエーションのとき、どんなことを思うんだろう--? そういうシミュレーションをしながらも、最後は自分の感覚を前面に出す、と言いますか。
血の通う人間を作り出すためには、あなたの血をキャラクターの中に流してやるのが一番簡単なのです。
でもこれって、みなさん無意識にやっていることだと思うのですよね。
プロの小説家さんの作品を読んでいると、どのキャラクターにも通底する何かがあるように思えることがあります。きっとそれは、一人の小説家さんの手による作品のキャラクターたちは、作者さんの血を分けた兄弟だからなのでしょう。でも、その「まとまり感」こそが、小説に求められているものの正体なのかもしれませんね。
と、いうわけです。キャラクターはあなたが演じたものなんです。ですので、うまいアクターになってください。
え、どうしたらうまくなる、って?
そうですねえ。簡単に言えば、あなたという人間をあなた自身が否定しないでください。そうすれば、おのずからキャラクターに魅力が出てくるはずですよ。
え、今から小説を書いてくる?
ええ、いってらっしゃいませ。
いやあよかった。また一人お客様を救ったぞ。
……でも、解決するなり出て行かれちゃったら、ここのアガリがなくなっちゃうんだよなあ。




