表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/47

24、この「説教くさい小説」からの卒業

 ふっふっふ、ようやく頼んでいたブツが入ってきたぞ。苦節ウン年、ようやくです。きっしっし、これはお客さんには出せませんなあ。はいこれ、ロマネ・コンティです。え、ご存じない? ワインの中でも一番の格式と伝統を持つワインの一つでそれこそボトル一つで車が買えちゃう奴ですよ。

 え、客に出さない癖にどうして? って。いえね、うちのオーナーが飲むんですって。でもオーナーさんはそんなに量を飲める人じゃないので結果的にわたしにもおこぼれがやってくるという次第です。嬉しいなあ! アワビとかふぐなんかよりよっぽど珍しい味ですからね!

 おっと、お客さんだ。ロマネ・コンティは隠さなければ。いそいそ。

 おや、御無沙汰してます。文学志望のサクライ君ではないですか。

 え、「小説が説教くさい」って言われた? へえ、かなり辛辣なお言葉ですねえ。あ、母上様に言われたんですか。

 「説教くさい小説の何が悪い」? ああ、まあいいんですけどね。

 そうですねー。あ、お酒出すの遅れてました。はい、ワインベースのカクテル・アディントンです。では、ちょっとお話ししましょうか。


 ときおり、やけに説教くさい小説を見かけます。

 これは何もアマチュアの世界だけではありません。プロの作品でも「説教くさいなあ」と思わず言ってしまいたくなるような作品に出会うことがあります。

 わたしは、あまり説教くさい小説は好きじゃありません。現実世界で怒られて、小説を読んでいても怒られるなんてあまりに割に合わない気がしませんか! 金返せって言いたくなりますよ、ええ。もちろん、その説教が卓越して美しい文章だったり、こちらの常識の間隙を突くようなものだったら話は別ですが、ごくごく一般的なことを説教された日にはたまったもんじゃありませんね。

 思うに、説教くさい小説というのは、

①言葉で言える範囲の物事を材にとって、

②ごくごく当たり前のこととか倫理的観点から見た「正解に近い」ことを

③思い切り言葉で表現してしまう

 小説なんじゃないかなあとニラんでいます。

 どういうことか。

 例えば、「CO2を排出するのを止めようぜ!」と言いたくて小説を書こうとします。その中で、キャラクターにそのまま「CO2の排出を止めろ!」と言わせちゃうような。

 説明が難しいですねえ。

 少し話は変わっちゃうんですが、「小説」の『小』って何のことだかご存じですか? ええ、実は、「小説」という言葉には対応した言葉がありまして。ええ、最近では某小説家さんが使っておられますが、「大説」という言葉が存在します。これは中国の言葉でして、例えば「孔子」とか「荀子」とかといった、思想書や国家を論じた書物のことを指します。それに対して小説というのは、大説から見れば取るに足らない、市井の人々の悲喜こもごもを書いた書物のこととされています。

 要は、本来なら大説で行なうとスマートにいくことを小説でやると説教くさくなっちゃうんじゃないかなー、と思うのですよ。

 例えばですね、「戦争反対!」ということを書きたくてそのまんま小説を書くと、途端につまらない作品になるんじゃないかなと。え、「そういう小説で名作があるぞ!」ですって? ええ、もちろんそういう小説は存在します。例えば「火垂るの墓」なんかもそうですね。でもですね、例に出た「火垂るの墓」は、戦争反対が表に出ていません。むしろ描かれているのは、戦争という時代と、その時代の中で生きざるを得なかった幼い兄妹の姿です。そして妹を栄養失調で失って弔ってから、戦災孤児として主人公が野垂れ死ぬところまで描いてやったことによって、戦争というものがもたらしてしまったものを浮き彫りにしています。この作品の中において、誰も「戦争反対」なんて口にしません。ただ淡々と苦難の日々を送っています。でも、読んでいる方には、戦争という時代の愚かしさが立ち上ってきます。

 そうなんです。小説という表現形式では、「作者が描きたいもの」を、直截に言葉で表現してはいけないのです。もし直截に表現したいのだったら、拡声器を持って演説するなり、そういうコラムや論文を書いたほうがいい。あえて、フィクションを描き出してキャラクターに自分の思いを代弁させる必要はないのです。

 そう書くと、中にはこう仰る人もいるんじゃないですかね。「小説やアニメといったフィクションは、一般によく響く拡声器なんだ」って。ええとですね、それはぶっちゃけ、発信者であるあなた様の名前の売れ具合に依存しています。小説だからって世間に響くわけじゃありません。結局のところ、この世間に響くものというのは、「卓越した」ものだけなのです。

 というわけで、もし小説が自分の意見を代弁する拡声器なんだ、って人は宗旨替えして辛口コラムニストとかライターさんの道を進まれた方がいいんじゃないですかね。そっちはそっちで大変かと思いますが、小説を書くよりはよっぽど近道なんじゃないでしょうか!


 というわけですよお客様。説教くさいってことは、自分の考えが前面に出ちゃってるので、もう少し物語とかキャラクターを前面に出した方がいいと思いますよ。説教くさい小説っていうのは、言うなれば配分を間違えてベースのお酒が濃くなりすぎちゃったカクテルみたいなものです。

 え? ベースがそこのロマネ・コンティだったらそっちの方がおいしいだろ、って?

 ぎくぎくー!

 ご存じだったんですかお客様ー!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ