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とある恋の物語  作者: 星河雷雨


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第7話 魔物の大行軍



 その悪夢は、突然訪れた。


 気付いた時には、村は黒い塊に埋め尽くされていた。


 最初に、飼育していた馬や牛などが喰われ、次に、逃げ遅れた者たちが犠牲になった。


 助けに行くことさえ、不可能だった。行ったら確実に殺されてしまう。


 申し訳ない、申し訳ないと思いながらも、魔物に襲われている村人たちを、見捨てて逃げるほかはなかったのだ。


 騎士達が魔物の群れに突き進んでいく様子も、幼い我が子の手を引きつつ走る傍ら、横目に見ていただけだった。


 だが、その騎士たちの中に見知った顔があった気がして、バートは一瞬だけ走る足を止めた。あの頃よりふけてはいるが、間違いない。


 ――ああ……あれは、かつてこの村に常駐していた騎士だ。名は確か……カルロ、いや、カロルだったか。


 眩い金色の髪が、息子であるアリトと似ていたため、つい目で追ってしまっていた人物だった。アリトが生きていれば、いずれ魔術師となる筈だった。この騎士とだって、どこかで知り合っていたかもしれないと。


 その騎士は魔物に引きずられていく仲間を助けようと、剣で魔物の足を切りつけている。だが狂暴化した魔物に、生中な攻撃は事態を悪化させるだけだ。


 案の定、猛り狂った魔物の攻撃を受け、騎士はあっという間に鋭い爪を持つ脚で、地面に押し倒されてしまった。


 ああなってはもう、助かる見込みはない。


 バートは騎士(カロル)から顔を逸らし、必死でまだ幼い我が子を腕に抱き、妻の手を引きながら、獣道を駆けた。






 村から、町への道程は長い。


 間に、また森を挟むからだ。

 

「シリル!」


 妻であるメリサの悲鳴を聞き、バートは走るのを止めた。見れば、息子であるシリルが、地面に倒れている。転んだのだ。バートは息子の元へと駆け戻り、慌ててその身体を抱き上げた。


「いい子だ、泣くんじゃないぞ」


 バートの言葉に、シリルが小さく頷いた。 


 それから再び駆けだして間もなく、何故か後ろにあったはずのメリサの足音が途絶えた。


「メリサ⁉」


 最悪の予想をして振り返ったバートだったが、メリサは無事だった。しかし、何故か動揺したように立ち尽くしている。


「何をしている、メリサ! 走れ!」

「待って……待って、あなた!」

「何だ! 急がないと、すぐに追いつかれるぞ」

「今、何か聞こえたの!」

「何がだ! そんなものに気を取られるな!」


 こんな時に聞こえる物音など、魔物の咆哮と、人々や森の獣の悲鳴くらいしかない。


「違うの、バート! 子どもの声が聞こえたのよ!」


 子どもの声と聴いた瞬間、バートは一旦、今にも走り出そうとしていた足を止めた。


「子どもだと……? 本当に聞いたのか?」


 バートの問い掛けに、メリサは弱弱しくも、はっきりと頷いた。もし本当にこの場に子どもが取り残されているのだとしたら、放ってはおけない。


「どこだ。どこから聞こえた!」

「わからないわ……でも……」


 今来た道を振り返るメリサに釣られ、バートも同じ方向を振り向いた。


 するとそこには、先ほどあの騎士を地面に縫い付けていた魔物と思しき姿があった。


「……くそ、もうここまで」


 毒づいては見たが、魔物の大行軍が一旦起これば、発生場所から逃げ切れる者は皆無と言われているのだ。バートも、心のどこかでは、本気で逃げ切れるとは思っていなかった。


 それでも、せめて腕の中にいる我が子だけでもなんとか逃がせないかと、バートは周囲を見渡した。だが樹々の隙間からは、森を走り抜ける魔物たちの姿が見えるのみで、どこも安全な場所などあるようには到底思えなかった。


 バートは腕の中の我が子を抱きしめ、メリサを胸に引き寄せた。


「メリサ。ここまでだ……」


 バートの言葉に、メリサが嗚咽を漏らした。息子を魔物に喰われ、今また、家族全員で魔物の餌食になろうとしているのだ。一体自分たちは、どれほどの罪を犯したのだろうかと考えた瞬間、バートの脳裏の中に、少女の泣き顔が浮かんで来た。


 フィーナ・バスタ。


 柔らかな、淡い茶色の髪をした、笑顔の可愛らしい少女だった。


 バートの息子、アリトと仲が良く、いつも二人で遊んでいた。


 息子が命を懸けて、護った少女だ。


 だが彼女のために、息子のアリトは死んだとも言える。


 妻であるメリサが、彼女と、彼女の家族に辛く当たっていたことは知っていた。

 だが、バートとて、彼女たちを積極的に助けようとはしなかったのだ。


 今魔物を前にして、バートはとてつもない恐怖を味わっている。ここに至るまで、騎士達が何人も、無残に殺された。魔物を狩るために、訓練を積んだ騎士たちがだ。ならば幼い子ども二人が、魔物を前に、何をできたというのだろうか。


 バートは今になってはじめて、死んだ息子を誇らしいと思う気持ちが湧いてきた。これまでは息子の死ばかりを悲しんで、息子の行いを褒めてやることもなかった。そのことに、はじめて気が付いたのだ。


 あげく、息子が命がけで護った少女とその家族を、村八部のような状態へと、追いやってしまった。


「なんて、馬鹿なことを……」


 バートが後悔を口にした、その時だった。



「か……あさ、ん」



 まるで幼い子どものような響きで、魔物が声を発した。


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