直感を侮るなかれ
土地が権力の基盤であり、領土拡大は支配力を強める為のもの。
交易路や資源の確保を目的とした争いや、自国の防衛の為に他国の領土に侵攻せざるを得ない状況での争いなど、領土を巡る争いは頻繁に発生していた。そのような環境で育つ王族や貴族の子供達は、どのような人格を形成するのか。
ありとあらゆる感情を抑え込み、他者への共感よりも生存や支配を優先とする冷酷な者。
あるいは、戦争の悲惨さを間近に見続けた結果、平穏を望み、慈悲深くなる者。
「先代や私達は、前者だろうか」
そう語ったジル・ゴルジをイシュラ王は鼻で笑い、私を持ち上げ自身の膝の上に乗せ「俺は違う」と言い出した。
「……冷酷、無慈悲と言われている方が何を仰っているのか。それで、それは何をなさっているのですか?」
「子供はこうして捕まえておく必要があるらしい」
「へぇ……」
それはまだ言葉も覚束ない赤子への対応では……?
そう思い、じとっとした目で見上げると、何を思ったのかイシュラ王は真顔でしっかりと頷いた。
「目を離すとすぐに動き回り、意思疎通が難しい」
「動き……?意思疎通が?」
目を離すとすぐに余計なことをして仕事を増やすのも、言葉足らずで会話がおかしなことになるのも、全部イシュラ王の所為では……?
珍妙なものを見るような目を向けてくるジル・ゴルジに、私の所為ではないのだと首を横に振る。
「頭を撫でてやるといいらしい。あとは、体力がなく歩くのも遅いので抱き上げて運んでいる」
「それは誰から聞いたことですか?」
「これの面倒を見ていた親子と、リオルガだ」
アルドおじさんとリオルガを参考にしているのだと知り、宙を見上げ奥歯をギリギリと噛み締める。きっとイシュラ王に面白半分で色々と吹き込んだのは、エドに違いない。
「どうにも手間が掛かりそうなので、私はこのまま妹に子供が生まれるのを待ちますよ」
「妹でなくても、弟の方でもいいだろう」
「あれは駄目です。私を嫌っていますから」
後宮に入り嬉々として女装する兄に失望したのだろう。もう何年も口を利いてもらえないのだと、ジル・ゴルジは悲しげな様子もなく淡々と口にする。
しまいには、「妹が何と言おうと、書類上は既婚者なので」と笑う。
妹の側室入りを阻止するだけでなく、王妃様の懐である後宮に入ることで多くの情報が得られる。煩わしいと口にした婚姻を免れ、伯爵家は弟妹の子供に継がせれば、彼自身は自由に好きなことをして生きていける。
この人、気楽そうで奔放に見えるのに、実際は誰よりも周到に準備し、緻密な計画を立てているような人なんだ。
「それにしても……矛と盾すら欺き、この年齢になるまでどこに隠しておられたのか」
「……」
「国王の寵愛を受けていた側室がいたことなど、今や忘れている者がほとんどです。しかも、表向きには亡くなられているというのに」
「王妃と一部の者達は、ジュリアが懐妊していたことを知っている」
「ええ、私も知っていたのにまんまと騙されましたよ。ジュリアマリア様が亡くなられたことにばかり意識が向き、子供の存在など忘れていた」
苛立ちではなく、どこか拗ねたような声音で言い募りながら、ジル・ゴルジは自身の空のグラスにお酒をなみなみと注ぐ。
「王子宮にはいつ頃?」
「すぐに移し、教育を始める。教師陣はクリスと同じ者達でいいだろう」
「同じとはいえ、基礎的なことは既に終えております。なのでそちらは、王子殿下達を教えていた者を呼び戻しますか?」
「いや、それに関しては必要ない。もうすぐ到着する」
「誰に頼まれたのですか?」
「先代王妃だ」
「……っ!?」
思わず声を上げそうになり、咄嗟に両手で口を押えた。
先代王妃……って今、言ったよね?それはつまり、イシュラ王のお母さんで、私のおばあちゃんということでは?
「メレーヌ様を?よく、承諾されましたね……」
「退屈しているようだからな」
「ですが、王女殿下を王女としてではなく、女王として教育されるのですよね?」
「問題ない。先代王妃が何を言おうと、次代の国王を決めるのは俺とお前達だ」
「そうですが……」
何か問題でもあるのだろうか?と、眉根を寄せて何か考えているジル・ゴルジと、グラスにお酒を注ぎ足しているイシュラ王ではなく、リオルガへと顔を向ける。
けれど、リオルガにも分からないらしく、小さく顔を左右に振られてしまった。
「基礎的なことは先代王妃に教わるのが一番だ」
「先代王妃に教えを受けたとなれば、格が上がりますしね……それに、王子殿下達に追いつくには、多少厳しいものでないと。第一王子殿下が優秀なのは勿論、第二王子殿下も勉学においては第一王子殿下に匹敵いたしますから」
「えっ……!?」
とんでもない情報に驚き我慢できず声を上げると、そんな私を見たジル・ゴルジが愉快そうに言葉を続ける。
「あの王妃殿下の子なのですから、お二人共優秀ですよ。ただ、第二王子殿下は自身の感情を制御出来ない方なので、そこで大きな減点ですが」
そう口にしたジル・ゴルジは、グラスの中身を飲み干して立ち上がり、真っ直ぐ私を見つめてにっこりと微笑む。
「私は第一王子殿下が最も有力だと見ております」
何も教育を受けてこず、経験も実績もない王女では話にならないと、そう言いたいのだ。
「クラウディスタの若造は、直感というとても曖昧なもので仕えるべき主人を決めたようだが、そうした浅はかな冒険は私には出来ません」
続いた言葉は私にではなく、扉付近に立つリオルガへのものだろう。
イシュラ王に軽くお辞儀したジル・ゴルジは扉に歩いて行き、リオルガの前で止まると、「まだまだ子供だね」と肩を竦めた。
けれど、そこで黙ったままでいないのが、私のお母さん兼護衛騎士。
「判断力が衰えたようで、年齢には抗えませんね」
「歳を重ねたからこそ、その直感の重みを知っているんだよ」
「直感に従うのが騎士というものです」
「生憎、私は騎士ではなく文官なのでね。その決断をいつか後悔する日がこないことを祈ろう」
「私の直感が正しかったのだと、そう口にされる日を楽しみに待っております」
バチバチと火花を散らし、舌戦を繰り広げるジル・ゴルジとリオルガ。
頑張れ、リオルガ!と心の中で応援する私の背後では、イシュラ王がまたお酒を注ごうとしていたので瓶を取り上げておく。
「容姿はそっくりだが、それ以外はどうだろうね」
「リスティア様は、とても聡明な方ですよ」
「聡明なだけではあの王妃殿下と渡り合えない。排除されないよう、気を付けて守ることだ」
そう言ってリオルガの肩を叩き、ジル・ゴルジは執務室を出て行った。
「あれを手懐ける必要がある」
くしゃっと頭を撫でられながら、これは骨が折れるぞと眉を寄せる。
救いは、まだ彼が誰を主とするか決めていないことだろう。




