王都に戻ります
夜明け前の薄明りの中、少し立て付けの悪い玄関の扉を閉めて家を見上げる。
『家族』や『無償の愛』なんて絵本の中の幻想のようなものだった。
「いってきます」
またここに戻って来るときは、誰にも何者にも脅かされない人になったとき。
祖母が使っていた斜め掛けの鞄に思い出の品を沢山詰めて、この村に戻ってきたときと同じように早朝に村を発つ。
よし!と手で頬を叩き気合を入れていると、「リスティア」と背後から慣れ親しんだ声が聞え勢いよく振り返った。
そこには村の入り口で合流する予定でいたエドとアルドおじさん、それと……。
「あら、沢山詰めたわね。鞄がぱんぱんに膨らんでいるじゃない」
「……リュシーおばさん!」
二人の後ろから顔を覗かせたリュシーおばさんに目を見開き、声を上げた。
「間に合ってよかったわ」
「エドから、リュシーおばさんは後から合流するって聞いていたのに」
「長旅になるんだから可愛い娘と一緒の方が楽しいでしょう?だから後始末を急いだのよ」
嬉しくてリュシーおばさんに駆け寄ると、しゃがんで両手を広げてぎゅっと抱き締めてくれる。
「少し見ない間に背が大きくなった気がするわ。頬もふっくらとしているし」
「王宮でたくさん寝て食べていたから」
「子供だもの、それが一番よ」
目のことや前世のこともあり、祖母と母以外を警戒していた頃。声を掛けても小さく頷くか、ほんのわずかに視線を寄越すだけの私を、リュシーおばさんはあっさりと懐柔して第二のお母さん的存在になった。
母が亡くなったときも、声もなく泣いていた私を抱き締め、寄り添ってくれた。
「遅くなったお詫びに、リスティアに沢山お土産を買ってきたわよ」
「お土産?」
「ええ。腐った連中……んんっ、悪い人達から巻き上げ……じゃなくて、ぶんどった……でもないわね。悪党の財布を空に?こっちの方がいいかしら。でも、もっと上品な言い方が……」
リュシーおばさんを言わんとしている言葉にお上品な言い方などないのでは?と小首を傾げると、リュシーおばさんは揺れた私の前髪を指でちょんと触り「ふふっ」と笑う。
「可愛いわね、誰が結んだの?」
「自分で。家にいるときはいつもこれだったから」
「そうなのね……やっとその綺麗な目が見られて嬉しいわ。アルドとエドから全部聞いているのよね?」
「うん。今まで、ありがとう」
「……」
「私、何も知らなくて。この村の人達皆が守って助けてくれていたのに、まだお礼も言えてない」
「お礼なんて、貴方を騙していたようなものなのに……」
「おばあちゃんとお母さん、私のことをずっと助けてくれていたんだから、やっぱりありがとうだよ」
「もう……本当に良い子なんだから」
ぎゅーっと痛いくらい抱き締められ、それに応えるように私も抱き締め返し、暖かい温もりに頬を摺り寄せる。
すると頭上から、「今生の別れでもないのに」とエドの呆れる声が聞こえた。
「俺も親父もお袋も、お前と一緒に王都に行くんだぞ?」
「冗談でも嘘でもなく、やっぱり本当だった」
「え、冗談だと思っていたのか?」
「……だって、エドが」
「俺が?」
「貴族だなんて……」
そんな衝撃的な話を昨夜され、自分の出自を知ったとき以上に驚いたのだ。
今までのことを思い出し(いやいや、まさか)と苦笑いする私に、イシュラ王が「それは貴族だ」と止めを刺してきた。
よく考えれば、国王直属常備軍の中でも第一部隊に所属するような人が平民のわけがなく。
「もしかして、まだ疑っているのか?」
「うん。だって、エドが貴族だよ?あの野菜をくれるおじさんやお肉のおじいちゃん、それに昼から飲んだくれているおじちゃん達も貴族だって……」
「よく聞け、貴族だって人間だ」
「エドはどう頑張っても商家の放蕩息子にしか見えないけど」
「何でだよ!」
何でと言われても、日頃の行いの所為だとしか言えない。
「アルドおじさんだけじゃなく、リュシーおばさんも騎士なんだよね……?」
「そうよ。アルドは第一部隊、私は第三部隊だったの。女性騎士は皆、第三部隊に所属するわ」
「じゃあ、二人共また騎士に?」
「アルドは常備軍の指南役として、私は王女殿下の専属護衛騎士として復帰することになっているわ」
「王女って……私の?」
「ええ、そうよ。王女殿下には女性騎士が専属でつけられることになっているの。だから私が」
「エドは?」
「俺はひとまず爺ちゃんとこで勉強。貴族教育を受けているわけでもない、平民に近い田舎者が、王族の護衛を兼ねている国王直属常備軍に入れるわけがないしなあ」
そうぼやいたエドが、「あれだぞ?」とリオルガを指差す。
「あれだけ洗練された男になって、仮じゃなく正式な騎士になってやるよ。お前の専属騎士になるって約束したからには、頑張るしかないからな」
私の専属騎士……?
「そんな約束したことないけど」
「あるよ」
「いつ?」
「リスティアが赤ん坊の頃」
「赤ん坊って、そんなの覚えているわけ……あれ?エドと初めて会ったのって、三歳くらいだったよね?」
「いんや、ばあちゃんがジュリアさんの目を盗んで会わせてくれてたけど?」
「おばあちゃんが……」
あの母を育てただけの人ではあると妙に納得していると、アルドおじさんが目の前にしゃがみ、私の頭に手を置いた。
「今まで大したことはしてやれなかったが、これからは違う。俺とリュシー、それとエドが、
何に代えても守ってみせる」
「……」
「平民だろうが、王女だろうが、俺の娘だ」
「……っ、うん」
微笑んだアルドおじさんに頭を撫でられはにかむと、横からぬっと伸びてきた手がアルドおじさんの手をはたき落とした……。
「これは俺のだ」
「わっ……!」
急に抱き上げられ慌ててイシュラ王の肩を掴むと、「行くぞ」とそのままアルドおじさん達に背を向け歩き出す。
(もう後戻りは出来ない)
この村は国王直属常備軍を引退した人達の隠居先でもあるので、アルドおじさん達がいなくなっても、他の人達はこの村に住み続ける。
村の人達とは挨拶くらいで話したことはなく、嫌われているのかもしれないと思ったこともあった。
でも、実際は私達家族を見守り、陰で助けてくれていたりもした。
だからと、まだ静かな村に向かって頭を下げる。
「さあ、さっさと王宮に戻りますよ!」
「……」
「ほら、急いで」
乗り物であるイシュラ王の背中を叩き急がせる。
やられるだけで何も得がないのなら、王妃様が一番嫌がる方法で報復してやるのだから。




