再会
朝から薪を割っていたかと思えば、料理や掃除まで、今までやったことなどないであろうことを積極的に行うイシュラ王。
それらの後始末をしながら訝しんでいた私に、エドが「俺の親父の真似」と耳打ちした。
どうやらエドが父親像という余計なことを吹き込んだらしく、それの真似をしているのだとか。
この村の男の人達は皆、朝から薪を割り、食事も作るし、それでいて仕事もきちんとする。
でもそれは自らの労働で生活を営む平民だから。家族で助け合い不足を補うのは当たり前のことで、領地を統治、管理し、一族の血脈を守る王族や貴族とは生き方が異なる。
「真似してどうするんだろう」
「ちゃんと父親になりたいんだろう」
「父親ね……」
そういえば私の家族で父親は自分だと、そう拗ねていたことがあったが、もしかしていまだにそれを引きずっていたのだろうか?
「根に持つ人だよね」
「可愛い娘のことだからな」
「……」
「その渋い顔をやめろ」
「いたっ!」
エドに鼻先をビシッ!と指で弾かれ睨んでいると、離れた場所から圧が……。
そろりと顔を向けると、たった今までリオルガと何か話し込んでいたイシュラ王が、眼光鋭くこちらを睨みつけている。
それに気付いていないエドの腕をくいくい引っ張り、イシュラ王を指差しておく。
「うわぁ……俺、そのうち後ろから刺されそうだよね」
「刺すなら前から堂々とやると思うよ」
「……それもそうか」
冷酷、無慈悲と恐れられているイシュラ王。無表情がデフォルトで何を考えているのか分からないそんな人が、お昼を過ぎた頃に「行くぞ」とだけ口にして立ち上がった。
「行くぞって、どこにですか?」
「ジュリアのところだ」
「お母さん?」
「墓があると聞いた」
母と祖母のお墓は、家の裏にある大きな森の中にある。
森に入って少し歩くとぽっかりと開けた場所があり、そこにお墓を作ってもらったのだ。
そこは整備されているわけでもなく、草木が生い茂っているところにぽつんと私の背丈くらいの石が二つあり、その石にアルドおじさんが母と祖母の名前を彫ってくれた。
日が差し込み、とても暖かく、森の中といっても奥の方ではないので迷子になることもない。
幼い頃から私のお気に入りだった場所。
「ここです」
そこまで案内すると、周囲を見回して歩いていたイシュラ王は母のお墓の前で歩き立ち止まる。
母と祖母のお墓の前には花が置かれていて、いつも此処に来ると必ずあったのでアルドおじさんかリタおばさんだと思っていた。でももしかしたら、村の人達も花を供えてくれていたのかもしれない。
「……」
母の名前が彫られている石を撫でたイシュラ王はその場に座り、ゆっくりと息を吐き出し、近くにいないと聞き取れないほど小さな声で呟いた。
(やっと会えた……か)
何年かぶりの母との再会を邪魔しないよう、私は少し離れたところに座り、お墓を見つめたまま微動だにしないイシュラ王を眺める。
(きっと、そろそろだよね)
本人がどれほど長く母の側にいたいと望んでも、この国の国王である限り許されない。
大きくてがっしりとしているイシュラ王の背中が、凄く小さく見えた。
どれくらい経ったのか――。
「……ふぐっ」
ゆさゆさと身体を揺らされ、パチリと目を開き数度瞬きする。
あまりにも暇で、地面に寝転がりぼーっと空を眺めているうちに、どうやら眠っていたらしい。
天気が良く、ほどよい気温。久々の我が家ともなれば気が緩んでお昼寝をしてしまうのも無理はなく……私を見下ろしているイシュラ王に向かってヘラッと笑う。
「何だ、その変な顔は」
「変……」
普段酷使しない顔の筋肉を使って愛想笑いをしたのに変だと言われ、身体を起こして両手で頬を揉む。
「私の渾身の愛想笑いを変だと言うなんて」
「愛想笑いにもなっていなかったが?」
「それならお手本を見せてください」
「は?」
「はい、どーぞ」
完璧な愛想笑いをして見せろと促すと、鼻で笑ったイシュラ王が、とても見事な愛想笑いを浮かべて見せた。
「わあ……」
「どうだ?」
「私以上に表情筋を使わないくせに、やっぱり腹芸は得意なんですね」
「……どういう意味だ」
「とてもよいお手本ですと、褒めたんです」
こうして、こうかな?と指で両頬を上げ、「もういいんですか?」と訊ねた。
寝すぎたかな?と思ったけれど、まだ日が高いのでそれほど時間は経っていないらしい。
もう少し母と話していてもいいんですよ?という意味で、立ち上がらず座ったままでいると、イシュラ王が私の対面に腰を下ろした。
「挨拶は済んだ」
「そうですか。じゃあ家に戻りますか?」
「いや……話しておくことがある」
リオルガとエドがいない所で話すのだから、話の内容は大体予想がつく。
これは真面目な話だぞと、両膝を左右に開き、身体の前で両足首を組んで座る。
何か変なものを見るような目で見られているが、これは胡坐というとても楽な姿勢なので許してほしい。
「王都に戻る」
やはりそうだとコクコク頷けば、イシュラ王は私をジッと見つめながら「構わないんだな」と言葉を続けた。
それに対して、力強く頷く。
王都に戻ったら、私は次期王候補争いに名乗りを上げる。
「この村に隠れ住んでも、ここではない何処かに逃げても、私が生きている限り王妃様はどこまでも追いかけてきますよね?それなら私に手を出せないよう、権力を手に入れます。なにより、私が次期王候補になることが一番の嫌がらせになりますから」
「私情を挟まず、贔屓はしない。より優秀な者に王位を継がせる」
「分かっています」
「第一王子と第二王子、どちらかが次期王候補となったとき、お前は苦しい道を歩くことになるぞ」
「負けたら仕方がありません。でもただではやられませんし、力いっぱい抗いますけど」
そもそもこちらは三度目の人生なのだから、ただのお子様に負けるわけにはいかない。
「もし」
「はい」
「もしそのようなときがきたら、俺が共に抗い、お前を連れて逃げてやる」
「……」
聞き間違いだろうか……今、この人、とんでもないことを口にしなかっただろうか?
「一緒に、逃げるんですか?私と?」
「ああ」
「だって、そんなことしたら」
「こうして、何者でもなく、ただ生きていくのもいいだろう」
とても、とても優しく微笑んだイシュラ王。
驚き過ぎて目を見張ると、イシュラ王はすぐにぎゅっと眉間に皺を寄せ、何を思ったのか私の鼻を指で弾いた。




