血筋?
庭にある木々の葉の隙間から陽光が漏れ出る場所に立ち、爽やかな風に髪を揺らす。まるで一幅の絵画のような情景のなか、がっつりと薪を割っているイシュラ王……。
台に薪をのせ、母や私が使っていた小型の物ではなく、どこからか借りてきた柄が長く刃が太い斧を振り上げ――ガゴッ!と真っ二つにしている。
太い薪に刃を入れ徐々に割っていくのではなく、一撃で真っ二つ。しかも片手である。
斧が台にめり込んで取れなくなったのか、斧を台ごと持ち上げぶんぶん振っているゴリラが、唖然としている私に顔を向け。
「どうだ」
ドヤ顔を披露した。
どうだと言われても……とイシュラ王の真横を見れば、割られた薪が積みあがっていて。この人は何日滞在するつもりでこんなに割っているのだろうか。
「そこに入っていた木がなくなった」
「そうでしょうね」
「他に木は」
「もう要りません」
まだまだいけると言わんばかりのイシュラ王に、それ以上は必要ないとはっきり告げておく。
水で濡らしたぼさぼさ髪のまま、サイズの合っていないぶかぶかのシャツとズボン一枚だというのに、それでも絵になるのだから腹が立つ。
「もう引きこもりはお終いですか?」
「いつ引きこもった?」
「……」
「……ええっ」
本気で言っているのだろうかと、目をくわっと開けてまじまじと見ると、イシュラ王はそんな私を見て鼻で笑った。
「母の部屋に引きこもってブランケットを握り締めて動かなかったくせに」
「多忙だったからな……仮眠をとっていただけだろう」
「二日も?」
「二日でも足りないくらいだ」
「心配して損した」
「……心配したのか?」
「ええ、それはもう。あのチェアーとブランケットは私の宝物なので、壊されでもしたらどうしようと心配していました!」
「……」
「何ですか、その顔。もしかして自分が心配されたとでも?母のブランケットに顔を埋めて匂いを嗅いでいる人の心配なんてしませんよ」
「そんな気色の悪いことはしていない」
「顔を埋めて息を吸っていたら同じでことですよね?」
「おい、俺はこの国の王だぞ」
「奇遇ですね。私はこの国の王女です!」
人の気も知らないで!と、イシュラ王とバチバチやり合っていると、「あのー」と気の抜けたような声が聞こえた。
「何、エド!」
「いや、こっちを見もしないで怒るなよ」
「だから何、エド!」
「あー、駄目だこれ。リオルガ、交代!」
「私ですか……国王陛下」
「口を挟むな」
「ですが」
「黙れ」
「うわあ、似た者同士だ、これ」
「親子ですからね」
何やらごちゃごちゃと言う外野をよそにイシュラ王と睨み合っていると、パン、パン……!と手を叩く大きな音が。
「お二人共、ようやく打ち解けたようですね。親子として、とても良いことだと思います」
「え?」
「……は?」
互いに眉を顰め、そんなことはない!とリオルガを見ると、両手に荷物を抱えた麗しい騎士様、もといリオルガお母さんが額に青筋を立てにっこりと微笑んでいた。
すぐさまバッと顔を戻し、イシュラ王と目で会話する。
(怒らせたじゃないですか!)
(知らん)
(怒らせると怖いんですよ!)
(……)
そーっとリオルガに顔を向け、すぐにまた戻し首を左右に振った。
「お疲れ様、エド、リオルガ。あ、朝食の準備をしないと」
あはは……と空笑いをしながら急いで家の中へ逃げ込む。
背後でエドが「あの二人、中身もそっくりだな」と言っていたことなど知らず、突っ立ったままのイシュラ王の背を押した。
「ひとまず朝食です」
「……」
「ほら、さっさと作りますよ……って、パン焼けますか?」
「それくらいは出来る」
「じゃあこれを。少し硬いので軽く火で炙って……うえ!?」
「……あ、おい」
渡したパンを慌てて取り戻すが時すでに遅く、私の手の中にあるパンは湿っている。
「どうして水の中に入れたんですか!?」
「硬いからだ」
「水で濡らすならともかく、桶の中に入れて沈めるって……」
「柔らかくなるだろう?」
「……柔らかくは、なりますけど」
そうではないのだと、どう伝えればいいのか模索していると、籠に入っていたパンを手に取ったイシュラ王は、水ではなく、スープが入っている鍋にパンを投入した。
「わっ!だから駄目ですってば!あー……」
「落ちたな」
「落ちたんじゃなくて、鍋の中に放り投げましたよね!あ、ちょっと!」
「これで全部か?」
「……全部鍋に入れちゃった」
「火は……どうやってつけるんだ」
「これどうするんですか……」
「火は」
「パン粥?ミルクじゃなくて、塩味のパン粥……」
「食べにくそうだな。潰すか」
「料理したことありませんよね?それなのにどうしてそう積極的なのだ」
「……スープが」
「パンが吸ってなくなっちゃったんです」
「まずそうだな」
「絶対、残さず食べてもらいますからね!」
「……」
「嫌そうな顔をしても駄目です。国王陛下がやったんですから……あ、逃げるな!」
くるりと背を向けたイシュラ王のシャツの袖を掴んで叫ぶと、イシュラ王は私を見下ろし口角を上げる。
「どうせ口に入れば同じだ」
「……」
「朝食が出来たぞ」
とんでもない発言に絶句している隙に、イシュラ王がリオルガとエドを呼び、鍋を指差す。
「パン粥だ」
鍋の前で騒ぐ私達を横目に淡々と荷物を片していたリオルガとエドは、鍋の中を見て私のように言葉を失ってしまった。
「あー……はい。ちょっと、こう、そう、アレンジを加えましょう。うん、リオルガ、ミルク取って」
現状を打破しようと動き出したエドに「リビングを片しておいてください」と言われ、私はイシュラ王の腕を掴んでキッチンから遠ざける。
料理の得意なエドにあのパン粥を任せ、私達は掃除ですとイシュラ王に布を手渡す。
テーブルを軽く拭くだけの簡単なお仕事。
誰が失敗するなどと思うだろうか……。
「朝食が出来まし……何をなさっているのですか」
「え、また何かしでかした……うわあ、悲惨なことになってるな」
軽くリビングを見回したリオルガが「陛下」と低い声で問いかけるも、イシュラ王はそっと顔を背けてしまう。
それもそうだろう。ただテーブルを拭くだけだったのに、布は千切れ、床は水浸しなのだから。
「布を絞ったら千切れて、他の布を取りに行っている間に、床に水をまいたみたいで」
「え、と……それはどうして」
「待っている間に床を掃除しようと思ったんだって」
「あー……うん、効率的だな」
よく分からないフォローをするエドの横で、リオルガが「朝食の前に掃除ですね」と額を押さえた。
「もっと雑巾持ってくるね」
「じゃあ、家具を退かしておくわ」
「私達は先に拭いておきます。はい、陛下」
「……」
流石にこれはまずいと思ったのか、イシュラ王は無言のまま雑巾で床の水を拭き始める。
「お貴族様のリオルガだってスープくらい作れたんだけどな……血筋か?」
そうエドがボソッと呟くのが聞こえ、床掃除をしていた私とイシュラ王は顔を見合わせ、ぎゅっと眉を顰めた。




