我が家
祖母が亡くなり、ひとりぼっちになった私の下に現れたリオルガ。
あれから怒涛の日々を送り、数ヵ月ぶりに村に戻って来られはしたけれど、また離れなくてはいけない。
恐らく、もうここに戻って来ることはないと思う。
だから罠を仕掛けるついでに、荷造りもしてしまう算段だったのだけれど……。
『暫く滞在する』
公務でもなく、人知れず王都を長く離れる君主など聞いたことがない。
執務も月に一度ある貴族会議も放って、村に残ると言い出したイシュラ王にひっそりと溜息を吐く。
(さて、どうしよう……)
今心配なのは庭にある小さな野菜畑と、この贅沢に慣れた大人をもてなすだけの家財がないこと。
部屋はリビングを除けば二部屋。祖母の部屋と母と私の部屋がある。どちらの私物もそのままではあるけれど、男の人が着られる物などあっただろうか……?
線が細いのでいけるかもと思い、私を抱っこしているイシュラ王の肩と腕を揉んで確かめ、首を横に振った。
鍛えているのもそうだけれど、骨格からして全然違う。
「……何だ」
「いえ、着替えが」
「着替え?」
シャツはこのままだとしても、ズボンが……。丈というより、お腹と太腿が無理だよね。
二、三日ならこのままでもいいかもしれないけれど、それ以上となると困るしと、リオルガと一緒に後ろを歩いているエドを手招く。
「はいはい。何かご用ですか、王女様」
「……エド」
「いや、だって王女様だし。一応と思って」
面白そうにニコニコしているエドを胡乱な目で見つめ、それならと口角を上げる。
「ではエドよ。本日から貴様を尊い人達の侍従に任命する。よく世話をするように」
「え、誰の真似?」
「イシュラ王だよ」
「おい、いつ俺がそんな間抜けな喋りをした」
「そっくりだと思ったのに」
「……どこがだ」
「わ、ちょ……わあっ!」
抱っこされたままぶんぶんと縦に振られ、抗議するようにイシュラ王の肩をバシバシ叩くと、ふんとそっぽを向かれた。
「もう、兎に角、エド!この人達の着替えを頼んでいい?」
「親父ので……いけるか。リオルガは俺ので大丈夫だろ」
「エドのじゃ、腕も足も丈が足りないよ」
「……いや、待て。これっくらいしか差はないだろ?」
「こーれくらいだよ。ほら、リオルガの方が腰の位置が」
「わあーー!」
「私は何でも構いませんよ」
「やめて、その慈愛に満ちた顔!俺、これでも長身の美青年って、そこら辺の村の女の子達からキャーキャー言われているんだから!」
「エドよ。リオルガは王都の貴族令嬢達に囲まれて、縁談が山のように届くとてつもない美形だよ?」
背伸びをして頑張って対抗するエドにそう言い笑っていると、「いい加減にしろ」とイシュラ王から呆れた声が飛んできた。
「それで、道は合っているんだな」
「慣れ親しんだ道ですよ。夜中だとしても迷子にはなりません」
「夜中に外に出ているのか?」
「……」
「おい」
一瞬言葉に詰まるも、「まさか」と首を左右に振って誤魔化す。
どれほど平和な村だとしても日が落ちたら家の外に出てはいけないと、祖母と母と約束していたのに、たった一度だけ、母が倒れた日に破ってしまったのだ。
「それで、何で私はずっと抱っこされているのでしょうか」
リオルガは危ないから私を抱き上げていただけで、もう危険はないと言うのであれば自分の足で歩かせてほしい。
「重いと思うので、下ろしてもらっても」
「軽い」
「もう幼い子供ではないんですけど」
「まだ幼いだろう?」
「これでも大きくなったんです」
「……これでか?」
心底驚いたという顔をされても、九歳は幼子ではない。
「幼いときを知らないからな」
「へ……?」
「まだ、暫くは子供でいろ」
その言葉に目を瞬けば、ふっと優しく微笑んだイシュラ王。
勝手だと思いつつ、胸がぽかぽかと温かくなるのだから嫌になる。
軽いと言うのであれば遠慮なくと、イシュラ王の肩に顎をのせ力を抜く。
高価な乗り物だと思えばいいのだ。
「着きました。これが我が家です」
家の前で下してもらい、おんぼろの柵を開けて中へ促すと、我が家を見上げたイシュラ王が「ここか」と呟いた。
村の外れにある静かで寂しい場所。木々に隠れひっそりと建っていて人目につきにくく、有事の際には裏にある森の中に逃げ隠れることも出来る。
祖母は色々と考え、敢えてこの家を選んだのだろうか……。
「どうぞ」
玄関を開け先に家の中に入り、窓を開けて換気する。少しだけ埃っぽいのであとで掃除が必要だと肩を落とし、ハッとした。
「エ、エド!着替えよりも水と食料が先だった!」
「はいはい、水も食料も取り敢えず二日分は持ってきてあるからな」
「流石、エド」
「足は短いけど頼りになる男なのでー」
目を半眼にして不貞腐れたエドが、よっこらせと肩にかけていた布バッグを床に置く。
どうやらさっきのことを根に持っているらしい。
「エドだって、背も高くて美青年だよ?」
そう、ただイシュラ王とリオルガが規格外なだけで……。
「……そうか?」
「うん」
「そうだよな!うん、うん」
機嫌を直し鼻歌まで歌いだしたエドにほくそ笑んでいると、ぬっと私とエドの間に大きな壁が現れた。
「お前達はいつまでいる」
そう威嚇するように吐き捨てた壁……もといイシュラ王が、エドとリオルガに向かって「戻れ」とぞんざいに手を振るも。
「私は護衛です」
「俺はお世話係でーす」
二人から即答され、イシュラ王は眉間にぎゅっと皺を寄せた。
国王直属常備軍の人達はマルスとその仲間達を連れて一足先に王都に戻っているので、リオルガがイシュラ王の側を離れるわけにはいかない。
そしてお世話係。実はこれが一番必要だと私は思っている。
生まれてから一度も自分一人で生活をしたことがない、国王陛下と伯爵家の子息。彼等は大抵のことを自分で出来ると言うけれど、それは全て事前に用意されたうえでの話で、ここではその用意から自分でしなくてはならない。
「必要」
「陛下ではなく、リスティア様の護衛ですので」
恐らく「必要ない」と言おうとしたのだろうが、その前にリオルガがにっこり微笑み言葉を遮った。
ではエドだとイシュラ王が視線を向けた直後。
「水と食料です」
見せつけるようにそれらを腕に抱え、「料理もそこそこ出来ますよ」と自分を売り込んだ。
「……」
「因みにリスティアは、パンを火で炙って、味の薄いスープしか作れません」
「勝手にしろ」
よし!と拳を握り喜ぶエドの顔目掛けて、私は椅子に掛けてあったエプロンを投げつけた。




