我儘な王様
「偶然にも、王女様が王都から出るところを目撃してしまったのです」
「……ほぉ」
「私は社交場からの帰りでした。議論が白熱し、帰宅が遅くなり急いでいたそのとき、馬で王都を出る者達を見つけました。怪しく思い御者に後を追わせたら、王女様が。私は自身の目を疑いました!」
冷淡な目で見下ろすイシュラ王に向かって何やら切に訴えているマルス。
この状況を切り抜ける秘策でもあるのだろうかと真剣に聞いていた私は、マルスの程度の低い言い訳に自身の耳を疑っている最中である。
「それはおかしいな」
「え……?」
「オルダーニ侯爵ですら知らない王女の顔を、どうしてお前が知っている?」
そう、王宮にいた一月ほどの間ずっと、私は統括宮の中で過ごしていた。
なので、実際に顔を合わせたのは王族とメリル、それとリオルガとシリルくらい。
人伝に聞いたのだとしても、姿形で一番印象に残るのはこの目で……。
「それは……い、色です!バイオレットの瞳の色で分かりました。それに、国王陛下とよく似た顔立ちですから!」
答えに困り咄嗟に私を見て答えたマルスは、これでどうだと胸を張って噓をつくのだから、とんでもなく図太い神経をしている。
街灯はなく、フードで顔を隠していた私の目の色を遠くから目視出来るわけもなく、色々と指摘したいことがあるのをグッと堪えたイシュラ王が、顎で続きを促す。
「それでこれは放っておくわけにはいかないと思い、そのまま追いかけ……」
「続けろ」
「あー、あの、国王陛下」
「……」
「これでは話すのも一苦労なので、まずはこの拘束を解いていただけませんか?」
ヘラッと笑い拘束されている腕をもぞもぞと動かすマルスに、この場に居る誰もが呆れていることに本人だけが気付いていない。
これを冗談ではなく真面目に言っているのだから、ある意味凄い人ではある……。
「ご説明した通り私は何も罪を犯してなどおりません。王女様を追いかけて長い距離を移動し、疲労や心労もありながらとても大変な思いをして、やっとこの村に着いたのです。それを……!何を勘違いしたのかそこの愚かな者達は、私を拘束しあらぬ疑いまでかけているのです!」
「勘違いだと?」
「国王陛下、よくお考えください。このような小さな村に住む粗野な者達と、侯爵家の次男である私、どちらの言葉が正しく信用出来るかを!」
自信満々で得意げな顔をしているマルスをイシュラ王は鼻で笑い、アルドおじさんに「連れて来い」と指示を出す。
直ぐに拘束を解いてもらえると思っていたマルスは、浮かべていた笑みを消し、視線を彷徨わせ恐る恐る口を開こうとした。
――直後。
「……ひっ!」
突然目の前に縄で縛られた男が現れ、マルスが悲鳴を零す。
大きな音を立てて床に転がされたのは壮年の男性。微かに呻き声を漏らしたが意識はなく、マルスと同じように縄で縛られている。
「こ、これは……?」
「……これに心当たりは?」
「なに、を?」
「これだ」
イシュラ王が転がっている男性肩を爪先で蹴って仰向けにすると、マルスが大きく目を見開いた。
「お、まえ……!」
「どうやら心当たりがあるようだな」
マルスが驚き憤るのも無理はない。
目の前に転がされた男性は、雇った男達をまとめていたリーダー格なのだから。
「いえ……!そのような男など知りません」
「だがそいつはお前をよく知っているそうだぞ」
「そんな、わけ……」
「大金を持って行方をくらました男が、何故ここにいると思う」
「……」
「お前は気付いていなかったようだが、王女を追うお前の馬車を、常備軍が適度な距離を保ち監視していた。この男はそれに気付き仲間と共に離脱しようとしたので捕らえさせ、残りは放置した。収穫のないまま逃がすわけにはいかないからな」
「そんな……」
「少なくなった手の者を補充しようと大金をはたいたようだが、この近辺の街や村には予め手を打ってある」
ピン……と金貨を指で上にはじいたイシュラ王は、懐から出した小袋を呆然とするマルスに向かって投げ捨てた。
「まさか暗殺依頼に純度の高い金貨を出すとはな……。身分を隠すどころか、公にしているようなものだ」
「……依頼、とは、何のことだか」
「誰に雇われ、何をするつもりだったのか、この男が全て自白している。王族暗殺未遂とは、オルダーニは大胆なことを計画したものだ」
「違います……!王族暗殺、なんて、ここにイシュラ王が居られるとは存じず、私はただ姉上の憂いを払ってさしあげようと、その平民の子供に罰を与え懲らしめようとしただけで。そ、そうだ、その子供は王族籍に入っていないのですから、王族暗殺未遂にはなりませんよ!」
貴族が平民をどう扱い、戯れに葬ろうと、罪に問われることはない。
他領であったとしても、小さな村の一つや二つ消し炭にしたところで、侯爵家ならその村を治めている領主と話し合い金銭で解決出来てしまうだろう。
――でも、私が王族籍に入っていたとしたら?
「だが」
イシュラ王はマルスの主張を嘲笑し、懐から一枚の紙を出し開いて見せた。
「この子は王族籍に入っている」
「……は?」
言われた意味が理解できず、「なにを言って」と呟くマルスに、イシュラ王は紙を振って見せる。身を乗り出したマルスは、紙に書かれている文字を目で追いながら顔を蒼白にしていく。
「そんなわけが……どうやって、偽物では」
王族籍の申請には最低でも半年ほどかかる。
教皇まで使いを出し、申請書類のやり取りをして多額の寄付金を積む。全て終われば、教皇の署名と印が押された紙が届く。
これをたった一月で終わらせられるわけがなく、だからこそ王妃様と侯爵家は私が平民のうちに始末してしまいたかった筈。
けれど、イシュラ王は私が生まれたその日に教皇に使いを出し、申請書類のやり取りと寄付金まで済ませてあったのだとか。リオルガに私を迎えに行かせたのと同時に、時がきたらと預けていたこの紙を信頼出来る者に取りに行かせていた。
「嘘だ」
そう何度も呟くマルスと同じく、私もその話を聞いて同じ反応をしたのを覚えている。
母や私の意思など無視して勝手に決めて動き、自分の思い通りに事を進めるという我儘な王様。初めから私に選択肢などなかったのだから。
(ほんと、嫌な大人だわ)
「国王の寵愛を受け、後ろ盾にはクラウディスタ家がついている王女だ。余程の馬鹿でないかぎり、このようなことに手を貸す貴族はいないだろう。俺への反逆行為であり、クラウディスタ家を敵に回すことになるのだからな」
「反逆……」
「だからこそ、以前使った者をまた動かすと思っていたが……まさか次男を寄越すとは」
靴音を鳴らし数歩前に出たイシュラ王は、身体の震えが止まらないマルスに顔を近付け「侯爵の差し金か?」と問いかける。
「……っ」
「ああ、王妃か」
「ちっ、違います……!」
「では独断だと?」
「いえ、ちが、その……独断では、そうではなく、でも違うと」
マルスは混乱と恐怖からかしどろもどろになり要点を得ない。
これでは有益な情報など手に入らないのでは?と眉を顰めていると、お店の扉からひょこっと村のおじさんが顔を出した。
いつも昼間から数人で飲んだくれ、お腹を出して寝ているおじさん。陽気で明るく、奥さんに頭が上がらないそのおじさんが、騎士らしき恰好の男達の襟首を掴んで引き摺って現れた……。
背筋を伸ばし、キリッとした面持ちの普段とは全く異なる姿に驚き、これは誰だ!?と驚く私に向かっておじさんがニッと笑う。
「詐欺だわ」
そう思わず口にした私の横で、エドが吹き出し声を押し殺して笑っている。
野菜のおじさんといい、飲んだくれのおじさんといい、中身が違うと言われても信じてしまうのではないかと思うくらい、別人である。
「こいつらは王宮の騎士だったようです」
「正しくは、元王子宮の騎士だ」
同じく拘束され、引き摺られながらもがいていた騎士達は、イシュラ王の声に即座に反応し、ガバッと顔を上げて動きを止めた。
「誰の指示だ」
そう静かに問うイシュラ王に、コクリと唾を呑み込んだ騎士達は考える間もなく。
「マルス・オルダーニです」
と、口にした。




