罠
「ご無事ですね?」
扉から入って来たリオルガは、平然と首元に突き付けられた剣先を手で退かし、室内を軽く見回す。
「当然だ」
「ではご報告いたします。村に侵入した者達は全て狩り終え、残党狩りとして村周辺に数名ほど動かしております。それとは別に、首謀者とみられる男を一名、その男の護衛二名を生け捕りにしてあります」
「加勢は?」
「近隣の村や町に待機していた者達が全て処理したそうです」
「そうか」
「連れて下りられますか?」
「……」
私に目を向けた二人にコクリと頷く。
「……リスティアを」
「はい」
「村の外に動かした者達が戻るまで、絶対に放すな」
こちらに歩いて来たリオルガに大人しく抱き上げられ、「大丈夫ですよ」と安心させるようにふわっと微笑むリオルガに身体のこわばりが解けていく。
扉の外はいつもと変わりなく安堵していたのも束の間。
リオルガに抱えられながら一階に下りると、店内の椅子やテーブル、棚は壊れ、物が散乱している。床には血痕のようなものがあり、どう見ても争った跡に心臓が嫌な音を立てる。
「皆、無事です」
宥めるように背中を叩かれ、大きく息を吐き出す。
開かれた状態の店の扉をジッと見つめていると、一番心配していた人がひょこっと顔を出した。
「村の中はもう大丈夫です……って、リスティア」
「エド……!」
「よく眠れたかー?」
身綺麗なリオルガとは違い、エドの服は汚れ、傷を負ったのか頬から血が出ている。
そんなエドを見て眩暈がする私の心情などお構いなしに、エドは至っていつも通り。
「おい、道を塞ぐな」
「うわっ……!」
蹴り退かされたエドの後から、アルドおじさんと偶に野菜を分けてくれるおじさんが。二人共エドと同じように服は汚れているけれど、傷らしきものはない。
「これが首謀者らしき男です」
アルドおじさん達に引き摺られてきたのは、口に布を押し込まれ、両手を後ろで拘束された男性。誰が見ても貴族だと一目で分かる風貌の男性は何か叫んでいるのか、顔を真っ赤にして口をもごもごさせている。
「……っ、ふっ、ふ……!」
この人は誰なのだろうかと観察していると、アルドおじさんがその男性の口に押し込まれている布を引っ張り出した。
「っは、おい、私が誰だか分かっているのか!?こんなことをして、お前達も、この村も、皆お終いだっ……!跡形もなく消してやる!」
唾を飛ばしながら喚く男性は周囲を睨みまわし、リオルガと私に目を向けた瞬間、白目が見えるほど大きく目を見開いた。
「そこの平民の子供を寄越せ……!そうすれば今回のことは許してやってもいい」
仲間は皆無力化され、こうして拘束され命が握られているのにこの態度。
大分お馬鹿さんなのか、それとも本人が言っていた通り、村ごと消せる権力を持つ人なのか。
「……おい、早くこの縄を解け!」
誰も何も答えないからか、もう一度軽く周囲を見回した男性は訝しみながら尚も口を開く。
「そこの騎士。お前が大事に抱えている子供は、王族籍のないただの平民の子供だ。そんな子供の為に、侯爵家の子息である私に歯向かう気か?」
「この方は、この国の国王であるイシュラ・シランドリア陛下の実子、第一王女殿下ですよ」
「誰の子かなど関係ない。王族籍に入っておらず、貴族でもないのだから、ただの平民だ。そもそも、あの没落貴族の側室との子というのも嘘かもしれないだろう?まあ、嘘ではなくとも、死んだと思っていた女が生んだ子だ。そのような不吉な子を王女だと言われ、誰が認めると思う?分かったら、その子供を……何だ?」
まだ男性が話している最中に、フードを目深く被った者が、ゴツ、ゴツ……と靴音を鳴らして私と男性との間に立った。
「何をしている、そこを退け」
「……」
「聞こえていないのか!そこを……っ」
人は驚き過ぎると言葉が出なくなるらしい。
瞬きを忘れたかのように目を見開き、口をはくはくさせる男性が見上げる先には、フードを下ろし素顔を晒した御者が。
「っ、は?イ、イシュラ……王……?」
顔から血の気が引き青くなっている男性に向かって、御者もといイシュラ王が薄笑いを浮かべた。




