知らなかったのだ
親類も知人もいない私達家族を手助けし、寄り添ってくれていたエド一家。
母と祖母が亡くなったときも、エド一家がいたから希望や安心感が持てた。
一見怖そうに見えるアルドおじさんはとても家族思いで、論理的な考えや意見を言える頼りになる人。そんなおじさんより精神的に強く逞しいのが、エドの母親であるリュシーおばさん。
そして、私が生まれたときからずっと一緒にいるエド。
何もない道で転び、よく物を落とすし破壊する。素直で無邪気、拗ねると長引くし、怒ると涙目で抗議してくるような人。
私にとってエドは、兄のようで弟のような存在。
「エドが、騎士……?エドが?」
「親父よりも俺の方がそれっぽいだろうが」
「それっぽいとか自分で言っている時点で駄目だよ。そもそも、剣を振れるのか……」
「いやいや、ほら!見て、この素晴らしい筋肉を!」
「筋肉……」
シャツの袖を捲ってふんっと腕に力を入れるエドを、目を半眼にしてジッと観察する。
引き締まった二の腕と逞しい肩のライン。全体的に細くはなく、どちらかと言えばがっしりとした体躯。本人が自慢げに見せるだけのことはある。
(こうして改めて見ると、意外と筋肉があるのかもしれない)
ふむふむと頷きあらゆる角度から観察していると、暇になったエドが「リスティアの目が怖い」と自身を両手で抱き締めふざけ始めた。
こうして度々ふざけるエドに対し、私が呆れながら叱るというのがいつもの流れなのだが、本日ここには過干渉な保護者様がいるのである。
――コン、コン……。
私の左側から物凄く低い咳払いが聞こえたのと同時に、リオルガが指の付け根の関節でテーブルを叩いた。
「時間もあまりありませんので、そういったことは控えてください」
「あー……はは」
笑顔のリオルガに叱られ、頬をかき苦笑いしていたエドだったが、再度低い咳払いが聞こえると直ぐに「気を付けます……!」と背筋を正す。
「……」
「やめて、その目」
「……」
「いいか、リスティア。権力には逆らわないことが一番だ……って、痛っ、親父!?」
「いい加減にしろ」
「膝で蹴る前に口でっ……いだっ!」
両手にお皿を持ったアルドおじさんがエドを蹴ると、私……というよりは保護者様に「すみません」と謝りながらお皿を置いていく。
「こんな物しかありませんが、どうぞ食べてください」
アルドおじさんが謙遜してこんな物と言うが、とんでもない。
焼いた厚切りベーコンと炒めた卵、軽く炙られた丸パン。これらが載ったお皿に私は目を輝かせ、先ずは卵をスプーンで口に運ぶ。
「っ……美味しい!やっぱり、アルドおじさんの料理が一番だよ」
「それは嬉しいが、王宮ではもっと美味い物が出ていただろう?」
木の器に入った野菜たっぷりスープを配るアルドおじさんが、照れ臭そうにそんなことを口にする。アルドおじさんの言う通り王宮の料理はとても美味しかったけれど、こういったシンプルな味付けの食べ慣れた物が美味しく感じるのも確かで。
飾らない温かい味は、どこかほっとするもの。
「アルドおじさんの料理は特別だから」
厳格なマナーなどなく、大切な人達と他愛のないことを話して摂る食事。
そう思い口にすると、エドだけでなく私にまで咳払いという抗議が飛んでくる。
それを無視して野菜スープを満喫していると、「話の続きだけど」とあっという間にお皿を空にしたエドが話し始めた。
「この村の人達がリスティア達に必要以上に関わらなかったのは、人の目を気にせず静かに暮らせるようにといった配慮だったんだ。皆、遠目でリスティア達の安全は確認していたし、早朝、日中、夜間の警備も交代でしていた」
「そうだったんだ……」
「こんな辺鄙なところにある小さな村が、獣にも賊にも襲われず、月に一度は必ず商人の荷馬車がやって来る。考えてみるとおかしなところは多々あるが、気付かないもんだよな」
「家から離れる用事もないし、必要な物はエドが配達に来るからね」
「お前は全てあの家で完結しているもんな」
「そうだね」
それでなくても、一度目と二度目の人生とは異なる生活で、これが普通かそうでないのか全く分からなかった。だからこうしてエドに説明された今も、おかしいというよりは、そうなんだとしか思えない。
「ばあちゃんやジュリアさんに関して、助力や援助をするよう言われてはいたんだよ。けどさ、何も知らないジュリアさん相手は中々に大変でさ……」
「お母さん?」
「そそ。あの人、無償の助力や援助、親切すら警戒する人だったから。だから信頼を得て距離を縮める為にどうすればいいのか、親父達とよく話し合ったよな?」
「……そうだったな」
「母がすみませんでした」
「謝ることじゃないだろ。あれくらい警戒心が強くなければ、こうして今、リスティアが生きていることはなかったかもしれない。すげえいい母親で良かったな」
ポンとエドに頭を叩かれ、その手を払いながら頷く。
母はお腹にいた私を守る為にこの村に身を隠し、自称父であるイシュラ王はそんな母と私と祖母を陰ながらずっと守っていたということ。
この村のことはリオルガも知らなかったらしく、私を連れて王宮に戻ってから知らされ驚いたと話していた。
(捨てたのではなく、危険なことから遠ざけていただけ)
そう実感すると妙な気持ちになり、緩みそうになる口元を隠す為に丸パンを口に詰めた。
すると直ぐにリオルガお母さんから「喉を詰まらせますよ」と水が入ったコップを差し出され、口をもごもごさせながら受け取る。
「それでだ」
「……ん」
「ここまでがリスティアが村を出るまでの話で、次は……出た後のことだ」
出た後……?と眉を顰めコップに口を付けると、急にどこか遠くを見つめだしたエドが「直ぐに伝令が来たんだ」と口にした。
「伝令?」
「王宮にそのまま残ることはあっても、決別してこの村に戻って来ることはないと思っていた。もし戻って来るのであれば何かしら理由があるだろうと。だからどうなっても対応出来るよう、リスティアがこの村を出た時点で一応動いてはいたんだよ。けどさ、まさかこんなに早く伝令が来るとは思っていなくてさ。だいたいの日数を計算すると、リスティアが王宮に着いて直ぐに伝令を出したってことだぞ?」
「エ、エド……」
「再会したばかりの親子だぞ?短くても半年くらいは一緒に過ごすと思うだろ?寧ろそれくらいの猶予がないとこっちが困る……っだ!」
「落ち着け」
「だから蹴るなって……。あー、だから、相手が相手だろ?割いてくる人数、どういった者達を動かすのかによって、こちらもそれなりに対処が変わるんだよ」
要は、準備期間が足りなかったということだろうか?
「せめて半年はほしかったと」
「半年……あ」
そう愚痴るエドを見て、ハッとする。
『条件を呑めば快適な生活とやらを保障してやる』
確か、イシュラ王からそんなようなことを言われ。
『条件は何ですか?』
『半年ほど王宮に滞在しろ』
条件として出されたものが、半年の滞在だった。
それを滞在日数が長過ぎると私が難色を示し、交渉した結果が一月の滞在で……。
(あ、これ。私の所為では?)
そろっと左側を見ると、コクッと小さく頷かれてしまった。
「エド」
「ん?」
「お疲れ様です」
目元に薄らとクマがあるエド。
これ以外に私に何が言えるだろうか……。




