秘密
祖母と母と暮らしていた村は、王都から遠く離れた辺境にある。
村では畑で小麦や豆類を栽培し、畜産も行う、自給自足の生活。
柵ではなく、そこそこ高さのある石壁で囲われた村の入り口は一ヵ所だけ。
馬車が一台通れるくらいの幅しかないアーチ型の石壁を抜け、奥へ奥へと進んで行けば、木々に囲まれた我が家につく。
早朝。村に入った馬車が止まったのは我が家ではなく、この村で一番大きなエドの家の前。
エドの家は商店を営んでいるので、一階はお店、二階は住居、三角屋根の部分は小さな部屋になっている。
馬車から降り、固まっている身体をほぐしていると、まだ閉まっている筈のお店の玄関が開く。
「あー、やっぱり、リスティアか」
眠そうな声と、ところどころ髪が絡まってぼさぼさの頭。ボタンを掛け違えた薄手のシャツの下は、今日は膝丈のズボンを穿いている。
いかにも寝起きという装いのエドは、くわっと欠伸をしたあと玄関前にしゃがみ、「ほら、おかえり」と言って私に向かって両手を広げた。
ニッと口角を上げ手招くエドに破顔し、その胸に飛び込む。
「ただいま、エド……!」
「おう、おか……っ」
ドン!とエドに体当たりするもびくともせず、ならばとエドの首へ腕を回し力の限り首を絞める。子供の細腕ではあるけれど、それなりに力はあるのだ。
「えっ、ぐえ……」
感動の再会?そんなものはないのだよ、エド。
「は?……ま、待て、うげっ、首が絞まっ……て」
「エド。これまで隠していたこととか、黙っていたことが、たーくさんあるよね?」
「あ?そんなも……っふぐ」
「私に言うことがあるよね?」
「ちょ、ほひつけ……!」
一度首をギュッとしてから解放し、次はこっちだとエドの頬を引っ張る。
「全部、聞いたから」
「へんぶ?」
「軽くだけど、この村のこととか」
そう口にしてエドの頬から手を放すと、眉を顰めたエドが私の背後へと目を向け「あー」と苦笑いし、私の額を手で叩いた。
「痛っ……」
「そんないじけるなよ。よし!」
「いじけ……っわ、エド!?」
「ほら、大人しくしないと落ちるぞ。って、叩くな。長旅でお疲れでしょうから、俺が運んであげますよーっと。そっちの二人も中へどうぞ。何もない村ですけど、一先ず身体を休めてください」
ひょいと私を縦抱きにしたエドの肩を叩いて抗議するも、「足腰がへろへろだぞ?」と言われ、むぐっと口を閉じる。
「村に着くのは明後日くらいかと予想してたんだけどな。王都からここまでかなり距離があるのに、随分無理して戻って来たな……しかも、まさか……ああっ」
「エド。早く進んで」
「乗り物扱いしないでくださーい」
宙を見つめ何か憂いているエドの髪を引っ張って急かしておく。
馬車の中でゴロゴロしていた私とは違い、同行者二人はほぼ寝ないで馬車を走らせていたので凄く疲れているだろうから。
「親父!リスティアが戻って来たー」
お店の中にはカウンターと陳列棚。余所からやって来る商人などと交渉するときに使う大きなテーブルと椅子。それと窓際にいくつか椅子が並べて置かれている。
(……久しぶりな気がする)
往復日数と王宮に滞在していた日数を合わせれば、それなりの月日が過ぎている。
祖母が昔から住んでいたと言うわりには、村の人達と交流はなく、知人すらいなかった我が家。そんな孤立していた我が家を気にかけ、助けてくれていたのがエド一家だった。
(最後にここに来たのは、祖母が亡くなった日……)
店内を見回しながらそんなことを考えていると、簡易調理場になっている店の奥から、エドの父親であるアルドおじさんが顔を出した。
「……ああ、無事に戻って来られたか。お帰り、リスティア」
「ただいま。アルドおじさん」
寡黙で強面なアルトおじさんだけれど、目が合えば目尻を下げ笑ってくれる。
とても優しくて大好きなのだとにやけていると、奥からとてもいい匂いがし、ぐーっと小さくお腹が鳴った……。
「ふはっ!でっかい音だなっ、ははは」
「……」
「もう少しだけ待ってろ。今、親父が朝食を作ってるから」
「リュシーおばさんは?」
「一昨日から隣の村」
大きなテーブルがある方へ運ばれ椅子に座らされると、窓際から一人掛け用の椅子を持ってきたエドが私の対面に座り、同行者二人もテーブルにつく。
「さてと、リスティアは全部聞いたって言ってたけど、誤解や行き違いがあると困るからな。簡単にざっと説明するぞ?」
真剣な顔でそう口にしたエドに頷き、耳を傾ける。
どの国にも、国境地域の防衛、管理を任されている特別な地位を与えられた領主がいる。
他国からの侵攻、盗賊を生業とする者達の略奪など、それらを防ぐ為に一定の自治権を有し、有事の際には国からの支援を待ちつつ自ら判断して動く。
そのような領主が治める土地は、街道の整備、警備が行われ、他よりも比較的安全だったりするらしい。
そして、そんな土地にひっそりとあるのが、国王直属常備軍を引退した者達が住むこの村だと言う。
怪我や精神的な病、その他の理由で引退した騎士達の為に用意した場所。
そこに、没落した貴族の老女と国王の側室だった老女の娘がやってきた。しかも娘の方は身重。いくらこの村が特殊だとはいえ、国王陛下の大切な宝物を守りきれるわけがなく……。
「当時、第一部隊にいた親父達がこの村に住居を構えたと」
怪我も病もなく、引退したわけでもなく、仕事としてこの村にいると聞いたときは本当に驚いた。
国王直属とはいえ私物化し過ぎでは?と呆れる私に、イシュラ王は「国のものではなく俺のものだが?」と至極当然のように言ってのけたが。
「だから親父はまだ一応現役。この村に住む親父くらいのおっさん達も、ほぼ現役だな」
国王直属常備軍の騎士とは、国王の手足となって暗躍する集団。
戦争、内戦、反乱といったときに表立って動き、国王の命を確実に実行するのが常備軍だと……。
(アルドおじさんも他の人達も皆、屈強な体格だもんね)
言われてみれば確かにと思えるけれど……。
畑仕事や畜産、店を営み、昼間から酒盛りして奥さんに叱られ、お酒を飲み過ぎて道端に転がっていたりする人達が、騎士?それも、凄く栄誉ある国王直属の?
「エドも……常備軍なんだよね?」
「俺は仮だけどな」
これに関しては驚くというより、本人の口から聞いても未だに信じられないでいる。
「……」
そーっと左側を見てから対面にいるエドを見て、首を左右に振った。
「おい、誰と比べた、誰と」
「リオルガ」
「そこは濁せよ……」
「アルドおじさんならまだしも、エドは……」
だって、エドだよ?




