次から次へと
定番となったシリルとのお茶会。
昼食をイシュラ王と摂り、一休みしたあとのおやつの時間。
いつもならもう来ていてもおかしくはないのに、シリルは一向に現れない。
クラウディスタ家の馬車が王宮に到着したと報せを受けてから、もう随分と時間が経った。
何か用事でもあるのだろうか?と呑気に構え、紅茶を二杯とスコーンを三つ食べ終えたところで一報が入った。
「シリルが?」
統括宮の扉前でシリルとメリアが激しく口論しており、収拾がつかなくなっていると言う。
報せに来たのは統括宮の侍女さんで、それを聞いたリタさんが「まったく」と呆れながらシリルのカップとお皿を片付け始めている。
「今日のお茶会は中止かな」
「すみません」
「リオルガが謝ることはないよ。……それにしても」
無視、または頭を掴んで退かすようなことをしていたシリルが、口論?メリアとは口論にすらならないと言っていたのに?
「……リオルガ」
「はい」
「シリルを迎えに行ってもいいですか?」
「迎えに、ですか?」
以前シリルが「侍女は笑っているだけ」と言っていたのを思い出し、それなら助けが必要なのではないかと思い提案した。
とは言え、私は統括宮から出てはいけないと言われているのでお迎えは扉まで。助けに入るのはリオルガに任せ、私は大人しく息を潜めておくつもりなのだと、そう説明するがリオルガは首を縦に振ってくれない。
これは無理そうだぞ……と、援護を求めてリタさんを窺うと、すぐさま首を横に振られてしまう。
「リオルガ……」
「私がリスティア様のお側を離れたら、護衛をする者がおりません」
「統括宮からは出ないよ?」
「それでもです。この時間は他の騎士が待機しておりませんし、手配するにも時間がかかります」
「それなら、リタさんに付き添ってもらうのは?」
統括宮の筆頭侍女であり、イシュラ王の乳母だったリタさんなら、不審者がいたら直ぐに分かるだろうし、何かあったとしても的確に対処してくれる筈。
これは良い案ではないだろうか?と期待を込めてリオルガを見上げるも、素敵な笑顔で「駄目ですよ」と却下されてしまった。
「あのシリルが手間取っているんだから、何かあったのかもしれない」
「ご心配なく、シリルなら自身で解決しますよ」
「解決出来ないからこんなに時間がかかっているんだよね?」
「……」
眉尻を下げ困った顔をするリオルガには申し訳なく思うけど、王妃様がメリアを使って何か企んでいるかもしれないと話をしたばかりでこれなのだから、許してほしい。
そわそわしながらジッとリオルガを見つめ続けていると、根負けし肩を落としたリオルガが「分かりました」と口にした。
「いいの……?」
「絶対に扉の外へ出ないでください。それと、リタの側から離れてはいけませんよ」
「はい。ありがとう、リオルガ」
「そのように泣きそうな顔をされては、どうしようもありませんからね」
「それは……」
涙を浮かべ駄々をこねるなんて、まるで子供だ……と愕然とする私の頭をリオルガがそっと撫でる。
リオルガの慈愛に満ちた眼差しに目を瞬き、思わず口から零れそうになった「リオルガお母さん」という言葉を呑む。
「では、向かいましょうか」
リタさんに話をつけてくれたリオルガにコクコクと頷き、ガゼボを出る。
――杞憂でありますように。
そう願いながら、統括宮の通路を急いだ。
「……から、だっ……そ……!」
「それは……と、はなっ……て、……だか……ろ」
長旅の疲れと準備に追われ、ヘトヘトになりながら潜った大きな扉。
その扉の向こう側から微かに聞こえてくる怒声……。
急いだとはいえ、報せを受けてから大分時間が経っているのに、まだ口論しているらしい。
「リスティア様。リタと少し下がっていてください」
「はい。あの、気を付けて」
「子供の喧嘩で怪我をするようなことはありませんよ」
私を安心させるように微笑んだリオルガは、私とリタさんが少し離れたのを見てから扉に手をかけた。
――ギッ……ギイッ。
「嫌っ……絶対に嫌……!」
「服が破けると言っているんです。その手を放してください」
「駄目なの……っ、一緒にいてくれないと、困るの!」
「君が困ろうと、どうでもいいと言いましたよね?」
「何で……?メリアが可哀想だと思わないの?どうしてシリルはそんなに意地悪なの?」
「……」
「無視したって、絶対に離さないからっ!」
「だからいい加減にしてください。これ以上は僕も黙っては……兄上?」
「えっ……あ、騎士様!」
喚きながらシリルの上着を掴んで放さないメリアと、上着が半分脱げた状態で激怒しているシリル。
開かれた扉の向こう側では、口論というより痴情のもつれのような修羅場が繰り広げられている。
その光景を見て一度静止したリオルガは、どこか呆れながら「やめなさい」と声を上げた。
「ここを何処だと思っているのですか?侍女が側にいながら、一体何をしていたんですか!」
半分ほど開かれたままの扉から見えたのは、一人の侍女。
リオルガに怒鳴られ慌ててメリアの下に駆け寄った侍女は、メリアやリオルガにではなく、こちらへと顔を向けた。
(……何?)
半分ほどしか開いていない扉から真っ直ぐこちらを見ている侍女と目が合ったような気がして、何だろうと目を細めた。
すると、侍女の異常なほど開かれた目と、ニイッと口角が上がった不気味な笑みに気付き、思わず肩を震わせる。
「……あっ」
まずいと思ったときにはもう遅く、侍女は胸元から何か取り出し、メリアを突き飛ばして扉へと手を伸ばした。
「放せっ……放せーー!」
けれど、扉前には常駐している騎士とリオルガがいる。
侍女の手が私にまで届くことはなく、瞬きする間もなく床に引き倒されうつ伏せで拘束されていた。
「扉を閉めろ……!」
「……だっ!」
(何が、起きたの……?)
扉が閉められる寸前、リオルガに拘束された侍女は「お前の所為だ!」と叫んでいなかっただろうか?
リオルガが閉めさせた扉の向こうからは、もう何も聞こえない。
今聞こえているのは、ドクドクと鳴る自分の心臓の音だけ……。
「リスティア?」
「……っ」
私とリタさん以外は誰も居ない筈の通路で名前を呼ばれ、驚き振り返るとそこには統括宮の侍女を連れた第一王子クリスが立っていた。
「どうしたの?酷い顔色だけれど、何か……」
そう言いながら近付いて来るクリスに困惑しながら、後ずさりする。
それに気付いたクリスは首を傾げ、私ではなくリタさんへ顔を向けた。
「リタ。何があったんだ?」
「扉の外で少し騒ぎがありまして、暫くここでお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「それは構わないけれど、リスティアが……」
「リスティア様は、護衛騎士が戻り次第お部屋へお連れいたします」
「そう、それなら僕が護衛騎士の代わりに側にいるよ。この王宮内で第一王子に何かするような者はいないから。リスティア、おいで」
「……え」
扉から離れた通路の端に移動し、「ほら、早く」と私を手招くクリス。
そのまま通路に座り、隣に座れと自身の横を叩く。
「そこより、こっちにいた方がいいよ」
「……」
「リスティアは猫みたいだ」
片膝を立てて座り「警戒心が強いから」と笑うクリスに溜息を吐き、彼の下へ行き隣へと腰を下ろす。
「まだ顔色が悪い。とても怖い思いをしたみたいだね」
言葉だけなら心配しているように感じるが、恐らく違う。
「ここは怖い場所だから、君には向いていない。だから消えてくれるかな?」
そう囁き冷笑するクリスは、王妃様そっくりだった。




