利用価値
男爵令嬢でありながら、王族待遇で遊学に来たメリア・アッセン。
感情豊かで、常に笑顔を絶やさない。時折子供のような屈託のない笑顔を浮かべ、憎めない失敗を繰り返しては周囲を驚かせる。
感情を表に出すことなく常に冷静で、一度の失敗すら許されないのが貴族。
けれど、本来ならば見向きもされず淘汰される対象であったメリアは、フィランデル国の重要人物として受け入れられた。
そんなメリアに興味をそそられ、彼女の自由さに憧れるようになり、小動物のような愛らしさに好意を持つ。
これが、私が読んだ小説内に書かれていたヒロイン、メリア・アッセンという人物。
婚約者を捨てた隣国の王子に、他人を実妹のように可愛がるこの国の王子達など、どうやら大物であればあるほどメリアに惹かれる傾向がある。
「そのうちシリルも、嫌でも理解するようになるのかも」
「全人類皆、自分に好意があると勘違いしているような子ですよ?王妃様の親類だかペットだか知りませんが、我が家とて国王陛下の矛です。拒否する権利はありますよね」
「また頭を掴んで退かすの?」
「あれは人の言葉が理解出来ない動物なので、仕方ありません」
ふっと冷笑したシリルは、固く焼かれた小さいプレッツェルをバキッと半分に折り、口に放り込んだあと態と音を立てて噛み砕く。
相当ストレスが溜まっているのだろうと同情はするが、私には何も出来ない。
「もう少しの辛抱だよ。このお茶会がなくなれば、もうメリアと顔を合わせなくてすむから」
シリルとメリアはあのお茶会の日が初対面だったと言う。
親の社交の付き添いで各家が開くお茶会に招かれることは多々あったが、シリルは王の矛と称される伯爵家。同等以上かそれ以上の身分を持つ家としか付き合いがないのだとか。
なので、男爵家の令嬢であるメリアとはこれまで会う機会はなく、こうして王宮に来る用事がなければそのまま関わることなく済んだのかもしれない。
「それはどうでしょうね」
「……へっ?」
急におどろおどろしい声を出したシリルに驚き、体を仰け反らせた。
きっと人を呪うときにこんな声を出すのだろうと、そんなことを考えながら、目に光がなくなったシリルから少しでもと距離を取る。
「……それは、何をなさっているのですか?」
「えっ、だって、何か邪気がこう、シリルから出ていたから」
「……」
どうやら冗談すら通じないくらい切羽詰まった状態らしい。
シリルの無言の圧に屈し、そろりと座り直して続きをどうぞと頷く。
「先日、王妃様から我が家宛に手紙が届いたんです。第一王子殿下が運営している社交クラブに入らないかと」
「社交クラブ?」
「大人が社交といった名を使い、娯楽を楽しみながら、兵事、政策、事業などの話をしつつ情報交換をする場ですよ。王族や上級貴族になると成人前から似たようなことをし、派閥を作ったりします。子供はこうしてお茶やお菓子を食べながら、他愛のない話をするだけですが」
「そんなものがあるんだね」
「その社交クラブには、メリア・アッセンが出入りしているそうです」
「凄いね、もうどこにでもいるよ……」
もうただの男爵令嬢ではなくスーパー男爵令嬢だと呆れたが、これがかの有名なヒロイン補正では?と思い至り慄く。
ヒロイン補正というものは、白を真っ黒に変え、なだらかな道を急斜面に変えるものだから。
「勿論、お断りさせていただきました。僕はリスティア様のお話し相手兼友人候補として、日々とても忙しい生活を送っておりますので」
「そんな晴れやかな顔で言われても」
この毎日の茶番劇は、大好きなお兄ちゃんの顔を見る為なのと、王妃様から逃げる口実だったらしい。
「それにしても、メリアのあの待遇は何なのだろう。親類とはいえ、メリア本人か男爵家に何か価値がなければ、あそこまで優遇はしないと思うんだけど」
「価値なら、考えようによってはありますよ」
考える素振りすら見せず、はっきりと口にしたシリル。
彼がこうも断言するのであれば、メリアと男爵家には私が知り得ない価値があるのだろうと頭をフル回転させる。
「王妃様の親類、男爵家、王子達のお気に入り、ペット、それと……」
一つずつ指を折り曲げながらメリアの価値について考えるが、彼女のことについて知っていることが少なすぎてお話にならない。
これは考えても無駄だと降参すれば、肩を竦めたシリルが口を開いた。
「アッセン男爵家ですが、王妃様の生家であるオルダーニ侯爵家といくつか共同事業を行っていて、中小貴族にしては資産が潤沢です。それを活かし、財政難な貴族に高い利息で融資を行っていると聞きます」
男爵家に融資をしてもらうということは、弱みを握られたようなもの。
それを利用され、意のままに動かされる駒となる未来しかない。
「財政難な貴族は、中小貴族よりも、広大な領地を持ち手広く事業を行っている上級貴族に多くいたりします」
「ということは、上級貴族の弱みを男爵家が握っているということだよね?」
「だから男爵家の一人娘であるメリア・アッセンを側に置き、優遇しているのかもしれません」
「それだけかな……」
資産が潤沢で、駒になる貴族を持っているからといって、それだけであの王妃様がメリアを側に置き続けるだろうか?男爵家が裏切らないように娘を人質にしている線の方が濃い気がするけど。
「あとは単純に、利用価値のある子息と婚姻させる為かもしれませんけど」
自身の娘、または親類の娘を預かって教育し、利のある家と婚姻させ自身の力を増やすのは、王族や貴族の常套手段ではあるけれど……。
「メリアは……その、あまりきちんと教育されていないよね?」
「あまりというより、全く教育されていません」
シリルが眉を顰めて吐き捨てるくらい、メリアは酷い。
本来であれば……とシリルを眺める。
高い理解力とコミュニケーション能力、臨機応変な対応力に情報収集力など、大人顔負けの能力を持っているのが貴族の子供。
王妃様の下で学んでいるのなら、シリルくらい……とは言わないけど、それなりに大人びた子になるのでは?あれではただの野生児である。
「兄上では歳が離れすぎていますし、国王の盾と称される伯爵家の子息は既に婚姻しています。だからあの子を使って僕を抱き込みたいのでしょうが、あれでは」
いきなり何の話だろうと首を傾げれば、それに気付いたシリルも首を傾げる。
「兄上はリスティア様の専属護衛騎士になってしまったので、残った僕に狙いを定めたのではないかと。僕にはまだ婚約者はいませんし」
訝しげな顔でそう口にしたシリルに向かってコクリと頷き、続きを待つ。
「……」
「……」
が、それ以上シリルが何か言うことはなく、暫く見つめ合ったあと同時に首を傾げてしまった。
「……あの、まさかとは思いますが、矛と盾と称される家がどのような役割を担っているか、ご存知ありませんか?」
それについてはリオルガから軽く聞いたことがある。
矛と盾のどちらも伯爵家だけれど、貴族の上位に位置している公爵や侯爵家であっても手が出せない特殊な立ち位置だとか。
そう答えようと私が口を開く前に……。
「矛と盾の二家は、次期王候補を選ぶ役割も担っているのですが」
シリルがとんでもないことを口にした。




