リオルガ担
王宮に突然現れた、現国王と似た容姿、バイオレットの瞳を持つ子供。まだ年端もいかないその子供は王族籍に入っておらず、後ろ盾のない平民。
「一月過ごすどころか、三日と持たないかと」
敵対者はこの国の王妃。統括宮以外の区画では多大なる権限を持ち、スポンサーには生家の侯爵家、手駒には貴族と聖母と称える国民達。
「頭の悪い子供ではなくてよかったです」
麗しい騎士に王女様と敬われ連れて来られた先には、生まれて初めて目にする煌びやかな王宮。そこには父親だと名乗る国王陛下と、聖母と謳われる王妃様。そして見目麗しい兄達。
目新しい物に心惹かれ、賛辞や媚に気を良くし、身分関係なく多くの者が絵物語の主人公になったような気分になり、浮かれ、驕り、隙が生じる。
そうなれば、国王が大切に囲っていた側室ですら何度も危うい状態に陥ったのだから、ただの子供など簡単に消されてしまう。
あのお茶会の帰り際にシリルが口にした「どうかご無事で」という言葉には、そういったことが含まれていたらしい。
「リスティア様に何かあれば、護衛騎士である兄が迷惑を被るので」
だから少しだけ脅かしておいたのだと、そうシリルはしれっと真顔で言う。
彼の言動の何もかもがリオルガの為なところがいっそ清々しく、笑顔で擦り寄ってくる人より余程信用できる。
「性格が屈折しているけど」
「……え?」
小首を傾げるシリルを見て、残念ながら貴方のことであると半眼する。
絶世の美男子の多くは、冷静、冷淡、腹黒がセットなのだと、そう前世で教わった。これにオプションとして、溺愛、盲愛、母性愛、ツンデレ、ヤンデレ等の個性が付属されるのだとか。
(リオルガが母性愛だとすれば、シリルは……)
「デレのないツン……?」
自分で口にして驚くほどしっくりとくる言葉に目を瞬かせた。
王女だからという理由で敬意を払われてはいるけれど、ただそれだけ。基本毒舌だし、兄であるリオルガのことに関しては心が狭く、大好きな兄を独占する私のことが嫌いだと目が語っている。
貴族だからか考え方や振る舞いが成熟してはいるけれど、やはりまだまだ子供。そう考えればシリルの言動全てが可愛らしく見えてくる。
「それで、私にはクラウディスタ家という後ろ盾がありますよ?って周知するのに、毎日シリルが来る必要があると?」
「それもそうですが、僕はリスティア様のお話し相手兼友人候補ですから」
ふわっと綺麗に笑ったシリルは、さもそれが理由のように言っているが絶対に違うと思う。
そもそも、そのお話し相手兼友人候補というのは、シリルが父親伝いにイシュラ王に提案したことだとリオルガから聞いていた。シリルは王命だから仕方がないのだ感を出しているが、大好きな兄の側にいたいが為に画策したに決まっている。
「お話し相手?一方的な質問に答えさせられているだけなのに?」
お話し相手と言うが、主な話題はリオルガに関連すること。村から王都に来るまでの道中、リオルガとどこの街で何をして、何を食べ、何を話したのか、全て吐けと目で脅され、まるで尋問のようだった。
「友人候補?私達、確実に相性が悪いですよね?」
「……」
王族の友人は、家柄や年齢、派閥等を考慮し、自ら選ぶのではなく与えられるもの。
だからシリルの言うように、歳が近く、家柄と派閥を考えれば彼が妥当ではあるのだけれど、でもそれは第一王子や第二王子にも当てはまる。
寧ろ第二王子のソレイルとは同じ年齢で同性なのだから、そちらの友人候補としてシリルの名前が挙がっていてもおかしくはない。
「第一王子と第二王子とは仲が良くないんですか?」
「第一王子殿下とはそれなりに仲良くさせていただいています」
「第二王子は?」
「あの方とは共存できません」
そう言い首を左右に振ったシリルは、何か思い出しているのか若干目が据わっている。
処世術に長けていそうなシリルがこうもはっきり言うのだから、ソレイルは相当なことをやらかしたのだろう。
「リスティア様は、私達の相性は悪いと仰っていますが」
「……ん?」
「貴族とて育った環境が違うのですから、性格や考え方が似ていて、付き合いやすい者などいません。皆、様々な目論見があり、ある程度妥協して合わせているだけです」
「正直過ぎなのでは……」
「なので、互いに心の中でどう思っていようと、リスティア様とは兄を介して共存できます」
「それは、そう。思うだけなら自由だし」
「はい」
シリルとはこのような癖のある会話しかしていないのに、リオルガは私達が仲良くお喋りを楽しんでいると思っているのだと、私達の会話を聞いているリタさんが苦笑しながら教えてくれた。それを聞き全然仲良くはないのだと訂正しようとするも、母のような面差しで私達を見守っているリオルガに現実を突きつけるわけにはいかず断念した。
「でも、それだけが理由?」
「……」
「他にもありますよね?」
「他にですか?」
「うん」
「どこから情報を?」
「統括宮の侍女さん達から。ほぼ毎日、統括宮の扉の前で待ち伏せされているんでしょう?」
「……はあっ」
大きな溜息を吐いたシリルはどこかうんざりとした顔をしながら、「あの子」と口にする。
「あのメリアという子、凄く鬱陶しいんですよ」
聞いたことのない低く硬い声でメリアを非難するシリルに少し驚きながら、何があったのだと続きを促した。




