一人が二人に増えました
フィランデルの国王イシュラ・シランドリアの側室だった、伯爵令嬢ジュリアマリア・スカルキ。王宮に入り数年で死去した側室だったが、あのイシュラ王が特別に愛し大切にした令嬢ということで、月日が経った今でもジュリアマリアという側室を覚えている上級貴族は多い。
だからこそ、社交シーズン真っ只中で王都に集まっていた上級貴族の当主達は、早朝から別宅の門を叩く王宮の侍従から差し出された封を開き、息を呑んだ。
通達内容はただただ簡潔に。
イシュラ王と側室ジュリアマリアとの子、王女が存在するということだった。
上級貴族ともなれば国の中枢に関わり、何かしらの役職を持つ者がほとんど。国や政治に関する機密情報の公開、外部や第三者に漏らすこと、またそれを不正に利用したりしないよう厳重に契約で縛られていた。
そして、王印が押された全てのものは機密情報扱いとなっている。
王印が押された封を手にコクリと喉を鳴らし、各家の当主達はすぐさま行動に移した。
上級貴族というごく一部にとはいえ、今迄ひた隠しにしてきた王女を公表した理由、意図、それらを正確に把握する為に、当主達はあらゆる伝手を使い情報を集め始めた結果――。
イシュラ王と酷似する王女の瞳の色は、王子達が持ち得ない正統なバイオレット。
本来なら王女や幼い王子は王妃が管理する後宮で過ごすのだが、王女には統括宮に部屋が与えられ、あろうことかあのイシュラ王が王女と寝食を共にしているということに当主達は衝撃を受けた。
王妃の生家であるオルダーニ侯爵家は直ぐに派閥の者達を呼び寄せ会合を開き、中立を保つ者達は今後について考えを巡らせ、それらを上手い具合にコントロールしているのが、王とその側近達である。
通達後、ある程度の噂は意図的に流し、各派閥の動きを監視し、余すことなく全て報告させ次の手を打つ。
たった一月しか滞在する予定のない王女への対応とは思えず、国王の側近達は愛らしい王女の姿を思い浮かべ同情した。
この王宮へ来た時点で、あの小さな王女の未来は決まってしまったようなものだからだ。
※※※※
先日採寸され急ぎで仕立てられた普段着と靴が届いた。
普段着とはいえやはりドレス。ワンピースといった軽くて楽な物は一着もなく、私が理想とする上衣とスカートが繋がった一枚布の衣服は庶民が着る物だからと、採寸時にリタさんに即却下されてしまったのだ。
けれど届いたドレスはどれもシンプルで上品な物ばかり。貴族の子供向けのブランドらしく、衣装と同じく届けられた宝飾品も小ぶりでとても可愛らしい。
「贅沢になったものだわ」
右手を頬に当て、ふっと小さく息を吐く。
イシュラ王から与えられたものは高価な物だけでない。ずっと閉じていた母が使っていた統括宮の部屋、誰にも触れさせず大切にしている庭園とガゼボ。それと忙しいのに仕事の合間を縫って日に何度も顔を見せ、一緒に食事を摂り、眠るまで側にいてくれる。
今更だと捻くれたことを考えつつ、その好意が嬉しくて何とも言えない気持ちになり、ベッドの上で暴れることもしばしば。
「怠惰過ぎる」
村にいたときは野菜畑の管理から家の修理、一人になってからはそれに料理も加わって、朝から晩まで動き、夜は静かな家が嫌で早々に布団を被って眠っていた。
それなのに今は日がな一日何もせず、母の絵姿を眺めながら朝食を摂ったら二度寝し、ガゼボでゆったりとお茶とお菓子をいただく生活。これが怠惰でなく何だと言うのか。
「平和過ぎて怖い」
メリアと第二王子と接触してから数日経ち、あれ以降二人がガゼボに現れることはなく、あの件について王妃様側は沈黙を保っているらしい。謝罪と称して接触してくるか、抗議と称して圧をかけてくるか、どう動くのだろうと思っていただけに拍子抜けするが、ここで何もしないという選択は妙手だろう。
「賢くないと王妃様なんてできないか」
「貴族は上にいけばいくほどずる賢いものです」
「……」
独り言に返事など求めておらず、隣に座っているシリルをジロリと睨むが、睨まれた本人はどこ吹く風で優雅に紅茶が入ったカップに口を付けている。
日課となったガゼボでのお茶会。
側にリオルガとリタさんがいるから一人ではないのだけれど、二人はお仕事なので一人だけのお茶会だったのに……。
「何か?」
それなのにあの初めて会ったお茶会以降、毎日午後になると現れ始めたシリル。
「別に何も」
「それならあまりジロジロと見ないでください。視線が鬱陶しいので」
聖典にある清らかで美しい女神様のような風貌なのに、中身はとんでもなく冷淡で自己中心的。あの女神様も驚く容姿、聖人のような性格と振る舞い、そして母親のような包容力を持つリオルガと本当に兄弟なのかと疑うレベルである。
(何か、いつもより不機嫌?というか拗ねているような……)
リオルガが今日はガゼボではなく庭園に立ち、部下らしき人とずっと話しているからか、どうもシリルの機嫌がよろしくない。
だからといって残り少ないガゼボでのひと時を邪魔されるのは嫌なので、制裁を与えることにした。
「あ、リオルガ」
「……っ」
シリルの背後を覗き込みながらそう声を上げれば、つんと取り澄ましていたシリルが慌てて振り返るが、そこにリオルガはいない。
唖然としながら私を見るシリルを、「八つ当たりはみっともないよ」と鼻で笑う。
「まだ子供だから許すけど、とても失礼なことだからね」
「……僕のほうが二つ歳は上ですよね?」
「歳だけ取って、中身が子供ってこと?」
「八つ当たりして、すみませんでした」
すぐさま謝罪するシリルに「はいはい」と頷けば、何か奇怪な物を見るような目を向けられむっとする。
「そんな目で見ると、出入り禁止にするよ?」
「それは無理ですよ。僕がここに顔を出している理由は、リスティア様の後ろ盾が王の矛と称されるクラウディスタ家であると周知させる為ですから」
仕返しとばかりに私を鼻で笑うシリル。
そう、この一人お茶会にシリルが加わったのは、イシュラ王の所為なのだ。




