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【書籍化12/1発売 コミカライズ決定】3度目の人生は、忘れ去られていた王女様でした(旧:3度目の転生は、忘れ去られていた王女様でした)  作者:


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25/63

ふりふり、ひらひらの波に溺れます


「……ふぐっ」


自身の寝息でゆっくりと目を覚まし、寝ぼけ眼でぼやっとしながら毛布に包まる。

雲の上で寝ているかのようなふかふかのベッドに頬を緩ませ、柔らかく肌触りのいい、とてもよい匂いがするシーツに頬を摺り寄せた。


「ふへへ……」


うちの年季の入ったベッドは木の枠に硬いマットレスという、柔らかさとは無縁の代物。

だというのに今日はとても寝心地がよく、おまけにフローラルな香りまでする。

洗剤を変えたっけ……?と思いながら暖かい毛布の中に顔を埋め、二度寝の体勢を取り。


「ああっ……!」


飛び起きた。

大きくて広いベッドの左右を見てほっと胸を撫で下ろし、まさかと周囲を見回すが部屋には私一人。この部屋の持ち主はどこへ?と小首を傾げ、蹴り飛ばした毛布を手繰り寄せた。


「今、何時だろう」


昨日は本当に疲れた。

馬車で長旅を終え一息吐く間もなくあの晩餐。そこには因縁のメリアがいた挙句、一癖も二癖もある王妃様との戦いが待っていた。そして止めはイシュラ王ときて疲労がピークに達し、ベッドの中に入って直ぐ寝てしまった。


「……暗い」


部屋はカーテンが閉められていて薄暗く、隙間から少し日が差し込んでいる程度。

朝であることは確実だけど……とベッドから下り、手近なカーテンを掴んで引っ張るも開く気配はない。

どういう構造か分からず、それならとカーテンがかかっている棒の端に向かい、そこから真横に引っ張ってみた。


「よしっ、え、長っ……!?」


端から端までカーテンは繋がっていたらしく、開けば一気に部屋が明るくなった。

どうやらこの部屋は半円形の間取りらしく、カーテンが引かれていた円形側は全て縦長の飾り窓になっている。


「外は庭園になっているんだ」


統括宮を歩きながら見たあの美しい庭園が、飾り窓と相俟ってまるで大きな一枚の絵画のよう。ふと背後を振り返り、大きなベッドとサイドテーブル、そしてベッドの下に敷かれた毛の長いラグを見たあと、再度飾り窓を見る。

これがあるから寝室には何も置かないのだろうかと思いかけ、それはないかと首を横に振り、ベッドの上に戻ってぼふっと倒れ込む。


「あの人、どこに行ったんだろう」


気を遣って部屋を空けてくれたのか、それとも早くに起きて仕事に向かったのか、イシュラ王の姿はどこにもない。

ほんの少しだけがっかりした自分に気付き、絆されては駄目だと頬を抓って戒める。

昨日のことは夢ではなく、この誰が敵か味方かも分からない場所で、今日から一月の間暮らすことになったのだから気を緩める訳にはいかない。


「はあっ、一月は長い」


とはいえ一番恐ろしい王妃様と昨夜のようにやりあわなければいいだけ。

それなら顔を合わせず大人しく過ごしていればいいのだが、王妃様は統括宮のことに関して権限を持たないだけで、統括宮の中には入って来られる筈。


放っておいてくれないかな?無理だろうな……とベッドの上で暴れていたら、寝室の扉がノックされた。


「……はい」


隣室に誰かいたらしく、私が騒いでいたから様子を見に来たのかもしれない。

咄嗟に毛布に包まり誰だろうとそっと扉の方を窺うと、開かれた扉からふくよかな老年の女性が現れた。


「あら、起きていらっしゃったのですね。おはようございます」


気を緩めては駄目だと戒めたくせに、祖母と同じくらいの年齢で朗らかに笑うその女性を見て、警戒心が一気に薄れていく。


「おはようございます?」

「あらあら、髪がぼさぼさですね」

「あっ……」


深さのある容器を持って部屋に入って来た女性は、容器をサイドテーブルの上に置き、ぼーっとベッドの上に座る私の髪を優しく指ですいた。


「先ずはお顔を洗って、そのあとにお着替えですね。お腹は空いていらっしゃいますか?」

「……はい」


昨夜フルコースを完食したというのに、寝て起きたら空腹なのはこれ如何に。


「朝食というよりは昼食でしょうが、隣室にご用意してありますよ」

「昼食?もしかしてもうお昼なんですか?」

「ええ。よくお眠りになっていましたよ」


完全に寝坊だと愕然としている間、顔を拭かれ、髪を櫛でとかされてと、勝手に身支度が整っていく。あとは着替えだけだと防護服のように包まっていた毛布から出され、無防備な状態になってしまった。


「まあ、そのままでお休みになられたのですか……?」


目を見開き驚く女性の視線をたどって下を向くと、晩餐の為にリオルガが用意してくれたドレスがしわくちゃになっていた。

既製品とはいえ凄く高そうなドレスだったことを思い出し血の気が引く。


「ど、どうしましょう、これ……!」

「大丈夫ですよ。このドレスはあとで洗濯室に預けておきますからね」

「洗濯室……?」

「名前の通り洗濯を任されている部署です。きっと元通りになりますよ」


大丈夫と背中を摩られ安堵すると、女性は肩を竦め「まったく」と顔を顰める。


「寝間着を用意させることくらいは出来ると思っていたのですが、陛下にはそれすら難しかったようですね……ローガットが付いていて何をしているのかしら」

「あの、貴方は……?」

「あら私ったら、自己紹介がまだでしたね。私はリタ・アマートと申します。陛下の乳母をしていた者ですよ」

「……乳母!?」


乳母とは母親に代わり、貴人の子を実母同然に養育する女性のこと。

王族の乳母は由緒ある上級貴族の女性から選ばれ、ある程度の年齢になるまで遊びながら道徳心を学ばせる。

家庭教師が付く年齢になると、乳母は王女のマナー講師に変貌する。

だからイシュラ王の乳母だったといことは、他国に嫁いだ王女達のマナー講師でもあったということで……。


「どうしてそんな人が此処に?」


驚き過ぎて口が滑り、ハッと口を押えた私を見たリタさんは声を上げて笑う。


「あの、変な意味ではなくて。ただどうしてだろうって」

「構いませんよ。昨夜陛下から頼まれ、リスティア様の筆頭侍女としてお仕えすることになりました」

「侍女……」

「他にも二名侍女がおりますので、後程ご紹介いたします」

「まだ侍女が……」

「実は、私はジュリア様にもお仕えしていたのですよ」

「母に?」

「はい。それもお時間があるときにお話しましょうね。先ずは着替えが先ですので、ドレスを脱がしますよ」

「あ、はい」


母の話題が出たことで興奮して前のめりになった私は、リタさんにいなされ大人しくドレスを脱ごうとして、手を止めた。


「リスティア様?」

「あの、着替えの服が」


大変お恥ずかしいことに着替えが一着もないのである。

元々着ていた服ではあれだからと王都に向かう道中、リオルガが色々と買い揃えてくれたのに、それがどこにあるのか分からない。

だから現在着替えはこれしかないのだと、私を窺うリタさんに慌てて事情を説明することになった。


「だから着替えられません」


きっと母性の強いリオルガが服を持って来てくれる筈だと、そう信じて待つしかない。

ドレスの皺を手で伸ばしながらそう口にすると、リタさんは目を数度瞬かせ、ふうっと深く溜息を吐いた。


「それならご心配はありませんよ」

「へ……?」

「着替えならここに」


そう言ってリタさんが広げたのは、レース生地の可愛らしいワンピース。


「他にも沢山ありますので、そのような悲しげな顔をなさらないでください」

「沢山、あるんですか?」


この王宮内には幼い王女はいないのに、どうしてこのような物が沢山あるのだろうか?

もしやメリアの物では?と眉を顰めたが、昨夜彼女が着ていた物より生地も仕立てもよい物にみえる。それなら王女様達のお下がりかとも思ったが、新品のようなのでそれはないだろう。

ではどこからこれが?と考えているうちに着替えは終わり、クスクス笑うリタさんに手を引かれ、寝室にある洋服部屋へと連れて行かれる。


「服が沢山……」

「これでも少ない方なのですよ。同じ物しか着ない方なので、増えずに減る一方です」


隣室と同じくらいの広さがある部屋の中には、イシュラ王の私服や礼服などがびっしりと並んで掛けられていて、リタさんとその中を通り奥へ進んで行く。


――すると。


「ワンピース?ドレスも……」


部屋の奥にある一角。そこに並べて掛けられている物は、どう見ても子供用の服。


「これは?」

「リスティア様の物ですよ。こうして作らせ仕舞いこんでいた物ですが、やっとお役に立ちますね」

「凄い数ありますけど」

「量はありますが、流行遅れの物やサイズの合わない物がほとんどですよ。こういった物はサイズを測り、その方に似合う色やデザインを元に、その年に流行している物を使って仕立てさせます。それなのに年齢以外は何も分からずに作らせるのですから、陛下は困った方でしょう?」

「これは誰の為に?」

「あら、陛下がそのような的外れなことをされるのは、ジュリア様かリスティア様のときだけですよ」


どう受け止めていいのか分からず曖昧に笑えば、苦笑したリタさんが頭を撫でてくれた。


「この中に気に入られた物はありますか?」


服をかき分け選別するリタさんの足元に積まれている箱を見ると、「これもリスティア様の物ですよ」と箱を開けてくれた。


「小さい服?」

「乳幼児の物ですよ。そこにある箱は全て、ジュリア様がご懐妊されたときに用意させた物です」

「これも国王陛下が?」

「性別も分からないうちからどんどん作らせていましたよ。それほど喜ばれていたのでしょうね」


これはやはり夢か何かだろうか?

あの無表情がデフォルトの人が、喜ぶ?全然想像がつかない。


「これはどうですか?」

「凄く……ひらひらしています」

「きっとお似合いになりますよ」


リタさんは胸を張ってそう言うけれど、きっと着こなせないと思う。

いくらまだ幼いとはいえイシュラ王に似た容姿の私が、レースやフリルの付いたワンピースなど似合う訳がない。こういう服は可愛らしい容姿の子が似合うものなのだから。

他には何か……とレースとフリルを回避しようと試みたものの、どれもこれもふりふり、ひらひらした物ばかり。

イシュラ王は何を思ってこんな物ばかり作らせたのだと、首元、袖、裾、ありとあらゆる部分がひらひらした服を持って出たリタさんを見て、頭を抱えることになった。




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