移住先でのキリカ達
俺達は移住先のこの村から、家とそこそこ大きな農地を貰った。
俺は毎日リリーのおじさんと農地に魔力を流し、おじさんと一緒に薬草の世話をしている。
頭のいいおじさんはすぐに肥料の配合や様々な知識を吸収し、惜しみなく俺に教えてくれるんだ。
「キリカ、後は俺がやっておく。先月作った肥料を明日撒くことにしよう」
「わかった。おじさん、俺の農地の方も見てくれてありがとう」
おじさんは作業の手を止め腕で汗を拭くと、俺を見上げて笑顔になる。
随分と日焼けもしたし、筋肉も付いちゃってあの頃とは別人みたいだな。
「良いんだ。ついでだからな。この後ケルンさんに呼ばれているんだろ? ここはいいから行って来い」
おじさんはそう言うと、機嫌よく道具を集めて片付け始めた。
「うん。ありがとう」
いつもは後片付けも一緒にやるけど、今日はおじさんに任せて先に帰る事にする。
おじさんはここに来てから沢山笑うようになった。
「あ、ケルンさん! 今から行こうと思ってたんだ」
「ああ。それはちょうど良かった」
ケルンさんも農地からの帰りだったみたいで、娘さんと一緒に農具を担いでる。
俺を見るとふたり共、笑顔になった。
「貸して」
俺は娘さんから農具を受け取ってケルンさんと並んで歩く。
ケルンさんには村のルールを教えて貰ったり、肥料の調達方法を教えて貰ったり、荷運びの時に人を集めて貰ったり。俺やリリーの家族にとっては大恩人だ。
「用って何?」
「ああ。実はうちの婆ちゃんや村の年寄り達が明日、聖女様に会いに行くって言ってんだ。荷馬車で町まで連れて行ってやってくれないか?」
聖女様? つい眉を顰めそうになり顔をそむける。
こんなにお世話になっているのに、嫌な顔なんて出来やしない。
「いいけど、なんで俺なの?」
荷馬車を引くだけなら、ケルンさんの娘さんでも出来るのに。
ケルンさんは当然の質問だと言わんばかりに俺を見た。
「その日は徴税人が来るから俺達は家を空けられないんだよ」
あぁ、徴税人か……じゃあ仕方がない。
そうなると村を出られる若者は俺だけだ。
「そりゃあ仕方ないよ。まかせてよ」
「助かる」
ケルンさんの家の納屋に農具を入れ、俺は自分の家に向かう。
俺達は住居や農地だけじゃなく1年間の税の免除まで教会が手続きしてくれた。
マリーの家族ってだけでこの待遇は正直いってありがたいと思ってる。
村のみんなも『免除して貰えて良かったな』と特に不満が出る事も無く受け入れてくれた。こういう時に恩を返さなければ。
「はぁー。そんな事より明日の事、どうしよう……」
石を蹴りながら、暗い気持ちでリリーの家に向かう。
おじさんに相談するのが一番だよな……。
ふと顔を上げると、少し先にリリーのおばさんがひとりで歩いてた。
集会所でやってる今日の回復薬の仕分けの仕事が終わったらしい。
「おばさん!」
おばさんは振り返ると立ち止まり、俺が追いつくまで待ってくれる。
「あら、キリカ。もうそんな時間?」
「今日はおじさんに先に帰るように言われたんだ」
おばさんは「あら珍しい」と微笑んだ。
おばさんもここに来てから明るくなった。
きっと仕事をしているからだと俺は勝手に思ってる。
「話があったんだ。リリーには言えない事だからちょうど良かったよ」
おばさんは『リリーに言えない』という言葉に反応し、不安そうな顔をした。
「さっきケルンさんに頼まれたんだ。明日、村の年寄り達を町まで連れてって」
「町まで? もしかして聖女に?」
おばさんが少し声を潜めて言う。
俺は顔をしかめて無言で頷いた。
「リリーはマリーが来ることを知ってるの?」
「ええ、お父さんがね。リリーも最初は行きたがって……」
おばさんの顔は曇ったままだ。
おそらく無理矢理リリーを黙らせたんだ。
「そっか」
「キリカが行くと知ったら大変ね」
俺もそう思う。
「おじさんに伝えて。俺も気を付けるけど」
「分かったわ。私じゃリリーを止められないもの」
おばさんと途中で別れて家に帰った。
「まいったな……」
荷物を置いて汗をぬぐう。
椅子に座って頭を抱えた。
おばさんはちゃんと伝えてくれるかな。
意外に抜けてる所があるから心配だ。
やっぱり俺が直接おじさんに言った方が良いかもしれない。
俺が立ち上がると外からリリーの大きな声がした。
「あ、ナタリーさん! 私、キリカに夕飯持って来たのー!」
「あらあら、そんなに走らないの。お料理がこぼれちゃうわよ」
もう、リリーはしょうがないな。
お隣のナタリーさんとの話が筒抜けだよ。
「うへへ。またやっちゃった」
「大丈夫なの? ちゃんと味見した?」
「キリカは何でも美味しいって言ってくれるもん」
「ふふふ。そうね、良かったわね。リリーは幸せ者よ」
なんかすっごく照れるんだけど。
でもマリーの事を聞かされた割には声が明るくて安心した。
「キリカー。夕飯持ってきたよー」
肩でドアを押しリリーが家に入ろうとする。
慌てて駆け寄りドアを大きく開けた。
「ははは。大きな声で話すから全部聞こえていたよ」
「へへ。今日は初めて全部私ひとりで作ったんだよ」
お鍋の蓋を開けて「ほら」とスープを見せるリリーは本当に可愛いな。
半生だし味は酷いけど、あんなに怠け者だったリリーが俺の為に料理を作るようになるとはね。
当時を知ってる俺やおばさんはこの変化に目を疑ったよ。
本当にあの旅でリリーは変わった。
それに、この村じゃ読み書きが出来る人はみんな町に行ってしまうので、リリーが代わりに手紙を読んであげている。おかげで周りと上手く馴染む事が出来た。
プライドが高いリリーにはちょうど良かったよ。
相変わらず仕事は続かないけど、俺はそれでもいいと思ってる。
だって、リリーが努力を始めたんだから。
「凄いじゃないか! 次の春に一度村に帰って結婚の承諾を貰って来るよ」
「怒ってないかな?」
「ここは豊かな土地だし、仕送りも沢山出来てる。もう怒っていないよ」
「それなら良かった」
リリーは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
全部嘘だ。
本当は親からの最後の手紙は絶縁状だった。
だから1年間、必死に仕送りをした。
それでダメだったら親と決別し、リリーと一緒になる。
その覚悟は出来ている。
「リリー。これ、少し冷めてるからさ。お水を足して、もう一度一緒に温め直そうよ」
「うん!」
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