聖女巡礼
ガインさんはドアを開けると顔だけ出して、みんなの顔を確かめる。
「良かった。みんな揃っているな?」
そう言いながら、強張った表情でリビングに入って来た。
「実は聖女巡礼の依頼が入った。出発は5日後だ」
「聖女巡礼?」
私は思わず声が出る。そういえば何時だったかそんな話を聞いた事があったな。
ガインさんは私を見ると、分かりやすいようにゆっくりと話してくれる。
「ああ。要は金が無くて回復薬が買えない人や事情があって飲めない人。そんな人達を癒す旅だ。王都でも、かなり前だが引退前の聖女様が癒していたな」
「場所はどこですか?」
フェルネットさんがそう聞くと、ガインさんは少し顔を曇らせた。
それを見た師匠が片眉を上げる。
「前に寄った事がある。山を越えた先にあるあの町だ」
それを聞いたハートさんとフェルネットさんの顔に少し緊張が走った。
しかし反応はそれだけで、誰も何も言わなかった。
村を出て初めて立ち寄ったあの町かな?
冬服を買って貰った、あの。
ガインさんは彼らを尻目に私を見ると、ニコリと笑って話しを続ける。
「近隣の村や町からも人が押し寄せパニックが予想される。今回は第二聖騎士を警備用に連れて行く。手配は済んでいるから安心しろ」
ガインさんが私を安心させるよう口角を無理やり上げて笑った。
でも、この表情は知っている。何かある時の顔だ。
「はい」
私が何かに気付いている事は分っているはずだ。
それでも、敢えて言わないのであれば、詮索するのはやめておこう。
きっと防犯上、隠しておきたい事なんだ。
それが何かは分からないけれど、これはガインさんが判断した事。
「通常ルートを馬で行くから、何もなければ山越えに1か月の予定だ」
「え? 本当にそんなに早く越えられるのですか?」
私が驚いて周りを見ると、みんなが笑って頷いた。
「馬鹿言え。俺たちだけなら2週間だ」
「えぇ……。半年もかかったのに……」
当時の記憶が邪魔をして、距離感も時間の感覚もめちゃくちゃだ。
「あの時は、特別に時間をかけたんだ」
項垂れる私の頭をポンポン叩き、ガインさんはとても優しく微笑んだ。
「あの時とはルートも違うし追っ手もいたし、それにマリーはよく熱を出したからね」
フェルネットさんが懐かしそうに私を見る。
確かに私が熱を出す度に5日くらい留まったりした。天気によっては2週間以上も足止めされた事も。魔獣に遭遇しないようルートの安全確認もしてくれていた。
「ガイン」
シドさんがガインさんを外に連れだした。
それを黙って見つめていると、おじいさまがそばに来て「大丈夫だ」と強く手を握ってくれる。
やっぱり何かがおかしいな。
------
朝早くから教会の豪華な正門前広場で、聖騎士さんやら白神官さん達がバタバタと旅の準備をしている。
山越えは馬車ではなくて馬で行くらしい。
なのでハートさんの馬に同乗させて貰う事になった。
「乗馬の訓練をしておけば良かったです。足手まといになりたくないのに」
馬に乗せて貰ってふたりになると、ついハートさんに愚痴ってしまう。
聖女の服で横乗りだから、そもそも無理なのかも知れないけれど。
「警護の意味でもこの方が良いんだ」
「でもひとりで乗れるようになりたいです」
するとハートさんが「分かったよ」とクスッと笑う。
教える気がないな、これは。
「いたいた。嬢ちゃん」
師匠がこちらに向かって歩いて来た。
「あ、師匠。見送りに来てくれたのですか?」
「まぁな。それより風魔法をちょっとな」
「風魔法?」
師匠が馬の首を優しく撫でながらにっこり頷く。
私は眉を顰めて師匠を見た。あやしい。
「こいつに負担がかからぬよう、風魔法で少し浮いてみろ」
「う、浮く?」
なるほど。これを見越して崖に行かせたのですか。
流石、師匠。上手く乗せられたような気もするけれど、まあいいや。
私は風魔法を少しずつ少しずつ、ハートさんと共に身に纏う。
師匠が真剣な目で馬を確認し、私に抑えろと抑えろと合図をする。
じわじわと時間をかけて上下にふわふわ。その度に抑えろと手で合図。
やっと師匠が手を止めて、数ミリ浮かせた状態をキープするよう合図した。
「いいぞ。そのまま維持出来るか?」
「はい。加減が分かればこっちのものです」
私が親指を立てて師匠に言うと、師匠はハートさんを見上げて勝ち誇ったように笑う。
「だから言ったろ」
ハートさんは「降参です」と苦笑いをした。
みんなの準備が整って、聖騎士さんに囲まれ出発する。
同行する人数はそれほど多くないようで、第二聖騎士12名だけだった。
現地にも白神官さんがいるし、山越えに大人数では時間もかかって負担らしい。
「辛くないか?」
「それが……。馬車より楽でびっくりしています」
ハートさんが「フフっ」と声を出して笑う。
「マリーは勘が良くて驚かされる」
「ふふん。師匠の一番弟子ですからね」
「俺は半年以上かかったんだけどな。最初は何度も馬から落ちた」
「ハートさんが?」
師匠は私を信用しすぎ。
いや、後ろにハートさんがいたからか。
「ああ。即席で出来るマリーは凄いな」
「安定するまで支えてくれたハートさんのおかげですよ」
ハートさんに手放しで褒められると落ち着かないな。
鬼畜なハートさんの方が良いなと、少し思った私を心の中で慌てて否定する。
危ない危ない。何かに目覚めたら恐ろしいわ。
どうか、優しいハートさんでいてくれますように。
読んでいただきありがとうございました。
ブックマーク、評価、いいね頂いた方、感謝です!
誤字報告、本当に本当にありがとうございます!!





