聖女は強い
「自己嫌悪?」
マリーの何を嫌悪する事が?
「実はその……。聖女の仕事は感謝されるだけの、楽な仕事だと思っておりまして……。だから教会で聖女が神格化され神の様に崇められる事を、ちょっと馬鹿にしていたって言うか……」
マリーは顔を上げ、非常に言い難そうにそう言った。
別に教会の外では、その認識の者も珍しくはない。マリーは教会育ちだが……。
「でもそれは聖女の仕事を実際に知らなかったから」
マリーは悪くないと私は必死に否定する。
なのにマリーはゆっくりと首を振った。
「教会にいる時にそれを知る機会はいくらでもありました。なのにその話題を避け、教会の教義にも耳を塞いで過ごしたのです」
確かにマリーはあそこで育った割に、教会の教えをよく知らない。
教皇の孫の私と比べるのは、少々問題あるが。
マリーは毛布をギュッと握りしめ、思いつめるように下を向く。
「実際に現場を見て、綺麗事ばかりじゃないと知りました」
「それは私もだよ」
マリーは私を見てふんわりと微笑む。
「先輩聖女様は何十年もこのような現場と対峙して来たのだと思ったら、自分はなんて甘かったのだと。聖女なんて回復薬の代わり程度に考えていた自分に、心底嫌気がさしています」
「そんなことない」
私は必死に首を振った。
そんなふうに思わないで欲しい。
なのにこの思いをどう伝えたらいいのか分からなかった。
「私、最低ですよね」
やめてくれ。
マリーにそんな顔は似合わない。
現場に入るのが早すぎて、みんな混乱の渦中にいただけなんだ。
「ふふふ。実はこんな最低な自分を知られたくなくて隠していたのですよ」
「もっと早く吐き出して欲しかったくらいだ」
マリーは「ありがとうござます」とクスッと笑う。
「失望されるかとドキドキだったのです。でも、バレバレでしたね」
「次からは相談に乗るよ」
マリーは自分に潔癖すぎる。
それにしても私は、なんて的外れな心配を。
あの子供の言葉程度じゃ、マリーに傷すら付けられない。
それがなんとも誇らしい。
マリーの心は強い、本当に力強い。
昔お爺様の執務室で、翻訳された聖典を見せてもらった事がある。
そこにはこう書いてあった。
『適性は自らが示す。神が作った女神達は、適性に合わせて眷属を送る』
教会の解釈では『適性は自らが示す』という言葉を『適性は遺伝や生まれで決まる』と解釈している。それは、親と同じ適性が現れる事が殆どだからだ。
でもお爺様の見解は違っていた。
『人の資質から必要性に合わせ、適性が決まるのではないか』と。
要するに人格の土台が形成される3歳までの育ちや性格。
それにより、本人に必要とされる適性が現れるのでは。
まだ、解明されていないけれど、私もお爺様の考えが正しく思えて来た。
私が知る限り、マリー以外に聖女は務まらない。
きっとマリー自身の人格の根底が、光の適性を選択したのではないか。
歴代の聖女になった女性は全て、その仕事をまっとうする心の強さと美しさがあった。
それでは答えにならないのか。
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「あいつは困れば頼ってくる。そもそも俺が警護しているんだ。傷なんて付けさせない」
ハートさんは呆れた顔で私を見る。
おっしゃる通りでしたけどね。
「ハートは嬢ちゃんの事を一番分かっているからな」
「本人が吐き出してすっきりしたって言ってんだ。みんなテッドを誉めてやれよ。よくやったぞテッド」
マリーから報告を聞いたガインさんは、やけに上機嫌に私の頭をゴリゴリ撫でた。
「テッドは良い護衛になりそうだね」
フェルネットさんの言葉がとても嬉しかった。
私は人を守りたい。
「なぁお前ら、家族会議は家でやれよ」
「元はと言えば、ギルドからの派遣要請なのに、現場の整理が出来ていなかったギルドのせいだろ」
ははは。勝手にギルド長室に押しかけて、ガインさんは強気だな。
『男だけで出かけるぞ』と言って着いた先がギルド長室っていうのも、どうかとは思うけど。
たまにはマリーをお爺さんと二人にして、甘えさせてあげたかったんだろう。
ガインさんはそういう気が利くタイプだからな。
「夏が過ぎると災害が増えるから、来年も聖女稼業も忙しくなりそうだな」
「現地の冒険者にも協力を頼んでくれよ」
「二度と同じ目には合わせねーから心配すんなって」
ギルド長も少しだけ罪悪感があるようで、なんだかんだで部屋から追い出さずにいてくれる。
この人たちはお互いに文句を言い合うのに、とても仲がいい。
その一員としてここに居られることが誇らしいな。
「ちょっと待ってくれ」
帰りにあのギルド長が、恥ずかしそうに小さな花束を差し出した。
「その……。お詫びにこれをマリーに渡してくれ」
「え?」
ガインさんが唖然として受け取ると、一瞬、間を開けて笑い出す。
「「「「わははははは!」」」」
全員で大笑いをしたよ。だってギルド長が花束だって。
久しぶりにお腹が痛くなるまで大笑いをした。
『心配するな。マリーはそんなに軟じゃない』
あの日の夜、ハートさんは私をしっかり見つめてそう言った。
今なら私も、はっきりとそう言える。
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