考えるテッド
マリーはあの日以来、何かが変わったと思う。
守れと言われてから、ずっとそばに居る私にはそれが分かる。
人殺しと言われ、石を投げつけられる事なんて、あれから一度もないというのに。
あれが心の傷になっているのは確かだと思う。
私も悔しくてたまらない。
身勝手な子供の暴言なんて気にするなと言いたいけれど、私が何を言った所であの言葉が消える事はない。
他人の為に何かをしたいと思うのは初めてだ。
勝手が分からず落ち着かない。
コンコンコンと軽くドアをノックをする。
「ハートさん。少しお時間を頂けますか?」
ハートさんの自室の前で声をかけた。
「入れ」
ハートさんは私を見ると立ち上がり、本を閉じて机に置く。
部屋には無駄な物が一切ない。
「どうした?」
ハートさんがソファーに座れと手で案内をしてくれた。
コップに水差しから水を入れ、私の前に置いてくれる。
「マリーの件です。あの日以来、どうも様子がおかしくて。心配なんです」
私はとても真剣に相談した。
なのにハートさんはほんの少しだけ考えて「放っておけ」と馬鹿にするように鼻で笑う。
いや、それが出来ないから相談してるのに。
「心配じゃないのですか? あんなことがあったのに」
だってずっと専属で警護をしていて、あの時は警護の指揮も取っていたじゃないか。
あの時あなたが私を止めずにいたら……、そう思わずにはいられない。
「心配するな。マリーはそんなに軟じゃない」
ハートさんに相談しても無駄だった。
あの人はマリーの事を何も分かっていない。
私が彼女を守らなくては。
あの時すぐに子供を殺していれば、あんな言葉を言わせなかった。
そうすれば石を投げられる事も無かったのではと。
何度あの場面を反芻しても、同じ答えしか浮かばない。
他にどうすれば防げたんだ。
もちろん次に同じことが起きたとしても、命令に背くつもりはない。
ただ自分が警護の指揮を執っていたのなら、と、その答えが見つからないんだ。
シドさんに『分からなければ聞けばいい』と言われたけれど、他に誰に聞けばいいのだろう。
コンコンコン。
「ガインさん。少々お時間を頂けませんか?」
今度はガインさんの自室のドアをノックした。
中からドアが開き顔を半分出したガインさんは、ニヤッと笑うと大きくドアを開け、体を半分避けてくれる。
そのまま私の背中を押してソファに座らせると、背後から両肩をポンポンと叩いた。
壁には珍しい魔獣の素材が、所狭しと飾ってある。
相変わらずだな。
「どうした? 悩み事か?」
「ははは。何でもお見通しですね」
顔を見せただけで、バレるからやりにくいな。
話が早くて良いけれど。
「マリーの元気が無いのです。私に何が出来ますか?」
ガインさんは片手を頭に乗せると『うーん』と唸って上を向く。
「時間が解決するまで側にいてやるしか、ないんじゃないか?」
「時間が解決するまで……ですか」
今すぐどうにかしたいと思ってしまうのは間違いなのか。
時間か……。私なら恨みは絶対に忘れない。
「どうしても気になるのなら、話を聞いてあげると良い」
「直接聞いても良いのでしょうか?」
私に傷が付いたなら、それに触れられるのはとても嫌だ。
傷を見た者すべて、いや、傷ごと消したくなるだろう。
「無理に言わせる事はない。でも、あいつの本音が吐き出せるように、お前がどうにかしてやったらどうだ?」
「本音が吐き出せるように……ですか」
なるほど。流石ガインさんだ。
ガサツに見えて意外に繊細なんだな。
お礼を言って部屋を出た。
だが待てよ。どうにかしてやれって、どうするんだ。
もう一度戻って聞いてみようか? いや、このくらいは自分で考えよう。
あれから毎日マリーを観察する。
どんなに過保護にしても、どんなに甘やかしてもマリーの心は凍ったままだ。
時々見せる寂しげな表情。
私に向ける作り笑顔。
他の冒険者との合同の旅は少し嬉しそうに見える。
マリーの嫌がる殺しもやめてみた。
別に殺したかった訳じゃない。あくまで効率の問題だ。
慣れない自分の話もしてみたけれど、マリーの本音が聞けないままだった。
王都への帰りの荷馬車の中、私はマリーを横目でそっと見る。
少し痩せたな……。
羽織った毛布の上からでも分かる。
「寒くない?」
「平気です」
もう一枚毛布を掛けてあげると『ありがとう』と笑顔になる。
もう見てはいられない。
「マリーの凍ったままの心は、どうしたら溶かせるの?」
「私は凍って見えていたのですか……」
マリーは毛布に顔を埋めた。
人の心は難しい。傷を付けたらどうしよう。
「ごめん。変な事を言ったね」
マリーは毛布から顔を出すと、何かを言いかけて俯いた。
マリーが語りだすのを黙って待つと、申し訳なさそうな顔をする。
「その……。気を使わせてすみません。ただの自己嫌悪なのですよ」
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