ハートさんの元カノ
私達は久々に、冒険者ギルドに足を運んだ。
「B級になって初だね」
「教会の仕事が立て込んで、忙しかったですからね」
テッドさんとふたりで掲示板の前に立つ。
「ははは。まったくだ。さて、今日はどんな依頼を受けようか」
しばらくじっと見つめるが、どの依頼も難易度が高い。
うーん。まいったな。
B級になると、白神官くらいの年収が稼げるようになる。
その分、依頼が難しいのは仕方がない。
「かなりの長期が多いですね……」
そういえば私、貯金とか全然把握してないな。
教会から生活費が支給されるし、あの大蛇のストーンヘッドさんが高額過ぎたし。
今は全部薬草と薬の研究費につぎ込んじゃっている。
いつか、ガインさん達に何かの形で恩返しが出来たらいいな。
「これは短期だけど、荷馬車5台分の高額積み荷の警備か……。二人組の私達じゃ厳しいな」
高額積み荷5台分……。
5台は無理だな。高額ってだけでもドキドキしちゃうのに。
「だったらマリー、私達と組まない?」
私達が掲示板の前で話し込んでいると、背後から女性に声をかけられる。
振り返るとC級冒険者『フラワークラウン』の姉さんだった。
ハートさんの元カノだ!
いや、ハートさんが否定していたので、この件は触れずにいよう。
「知り合い?」
こそっとテッドさんが耳元で囁く。
ふたりで声を潜めて会話する。
「はい。よく、ハートさんにお弁当を……」
「なるほどね。ハートさんのファンか」
んー。ファンとは少し違う気も……。
誤解を解くにも真相を知らないし……。まぁいいか。
こうやって噂に尾ひれが付いていくのね。
と、自分がその原因の一端な事を棚に上げ、噂の変質過程に感心する。
「実力は知りませんが、ここでの評判は良いですよ。料理上手ですし」
「では組んでみようか?」
「はい。料理上手ですし」
コソコソ話していると姉さんは「断る理由はないでしょ?」とテッドさんの腕を組む。
もう、姉さんったら。
あのテッドさんが姉さんの色気に面食らってて、ちょっと笑える。
当時のハートさんは一切動じてなかったな。流石、鉄のハート。
「もちろんですよ、姉さん」
ニッコリ笑って笑顔を見せると「断ったらタダじゃおかないわよ」と微笑み返された。
ははは。もう、姉さんったら。
「そうそう。後ろの二人は初めてよね。紹介するわ」
姉さんはテッドさんから離れ、若い男性二人の横に行く。
「私はタリーよ。私だけCランクね。この子達はDランク。ほら、あんた達も」
そう言って姉さんは、彼らの背中を思いっきり叩く。
あーあ、痛そうに。
「お、俺はギース」「ベナンっす」
姉さんは、最近組んだこの二人を『弟子』だと言っていた。
なるほどね。だから上位ランクと組んで稼がせてあげてるのか。
姉さんてば、昔から面倒見がいいし。
私もまた、お弁当を食べさせて欲しい。
「テッドです」「マリーです」
みんなで握手し、さっきの荷物の警備依頼を受ける事になった。
「ちょうど5台のホロ付き荷馬車だし、ひとり1台の警備でどう?」
ここは経験豊富な姉さんが仕切ってくれた。
テッドさんは私の警護から外れる事をとても嫌がりゴネたけど。
Bランクで挟めと指示されて、私が先頭でテッドさんが最後尾。
危険察知能力を鍛える為に、結界に頼るのはやめた。
移動中、ちょこちょこと一角ウサギが飛んでくる。
いちいち荷馬車を止める訳にはいかないけれど、美味しい子だから、放置するのは勿体ない。と思うのは私だけなのだろうか……。
片道5日くらいの予定の依頼。
ま、これだけ沢山の積み荷を抱えているし、時間もかかるよね。
前はあの森を抜けて復興に行ったんだ……。
今回は魔獣を避けて迂回する。次の村で一泊するらしい。
外壁門も柵も無い、とても長閑な小さな村が見えて来た。
まるで辺境のあの村みたい。私はおぼろげな記憶を辿る。
「では、荷物の警備をお願いしますね」
……それもそうか。
荷物の警備だから、夜は荷物に張り付きだよね。
何も考えていなかったよ。
「どうするマリー。結界を張って寝る?」
コソっとテッドさんが囁いた。
こういう時はどうすれば……と、つい姉さんの顔を見てしまう。
「交代で見張りよ。マリーと私は最初ね。次にあんたたち二人。最後にテッド。あんたなら一人で大丈夫でしょ?」
おお。流石姉さん。リーダーは即決力だね。
今回はテッドさんがゴネなくて助かった。
屋根付きの大きな荷馬車置き場のドアの前で、姉さんとふたりきり。
面倒なので限界まで薄く結界を張る。
フェルネットさんから『結界を薄く張ると人間の魔力も反応する。だから探知に使えるよ』と、ここに来る前に教わった。
「荷物の警備は初めてなのです」
「あら、意外ね。王都なら結構依頼があるじゃない」
姉さんは『こっちに座ろう』と、石段まで行き私を手招きする。
「日帰り護衛や魔獣退治とか薬草採集だけを選んでいたので……」
「なるほどね。私も相手が人だと苦手だわ」
人間相手は躊躇する。根っこに染み付いた倫理観が私を放さない。
だから何も考えずに戦える魔獣相手の方がいい。
今は特に。
「そういえばさ、ハートはどうしてる?」
「え? やっぱり、付き合っていたのですか?」
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