後の祭り
『事実じゃねーか! 人殺しの聖女って言って何が悪い!!』
朝っぱらから教会の前で数人の若い男が一人の子供を盾に、白神官様達に向かって怒鳴り散らしている。
「何があったんだ?」
大声に驚いた人々がどんどん集まり、野次馬達が増えて行く。
かくいう俺もその一人だが。
「あの子供が、聖女様に暴言を吐いたらしい」
俺の疑問に、最初から見ていたらしい隣の男が答えてくれた。
「聖女様に?」
「あの子供の母親を見殺しにしたって、あそこにいる男達が、聖女様に石を投げたんだ」
今度は別の男が答えてくれる。
石を? おいおい、穏やかじゃねーな。
俺は腕を組んで、神官様達の話に聞き耳を立てた。
『王都から3日で来てくれたんですよ!』
『でも間に合わなかったじゃないか! こいつの母親は朝まで生きてたんだぞ!』
『そうだ! そうだ!』
教会はこんな馬鹿の相手まですんのか。
ご苦労なこった。
「馬鹿だよな。聖女様は王都から派遣されるんだ。領主様が国に依頼を出し、国から教会に依頼が行く。どんなに早くても5日はかかるな、うん」
さっきの隣の男が顎髭を擦りながら、情報通気取りで頷いている。
へぇ、手続きも色々大変そうだ。
「5日じゃ無理だ。俺は国境近くの町から越して来たんだが、6年前の洪水被害の時ですら、来るまでに5日かかったんだぞ。あそこはここの半分だろ? 王都からの距離」
それを聞いた別の男が声を上げた。
「ああ、確かに暴風雨の中で森を抜けるなら、そのくらいはかかるかもな」
「だろ?」と洪水被害の男が顎髭の男に向かってしたり顔だ。
俺がここから王都に向かうなら、魔獣を避けて森を迂回し、村や町で宿泊しながら……。
どんなに急いでも、やっぱり一週間はかかるな。5日はキツイ。
「あの洪水は知ってるよ。聖女様の為に祭りが開かれたんだ」
突然、後ろの女性が話に加わった。
「「「「祭り?」」」」
更に周りの奴らが、話に混ざって来る。
「そうだよ。一週間くらい近隣の村に滞在してくれてね。その間はずっと祭りだったのよ。毎日1時間くらい現地に入って、回復魔法をかけてたのよね」
「そうそう。あの時は助かったよ。聖女様はご高齢の身だから、回復薬が飲めないのに。それなのに、毎日魔力の限界まで回復魔法をかけてくれたんだ」
「毎日1時間ってどういう事だよ」
別の男が1時間は少ないと言わんばかりに言うが、俺もそう思った。
聖女なんだから丸1日、というか、徹夜で回復してくれるんじゃないのか?
「馬鹿だね。あんたは魔法を連続でどのくらい、使えんのよ」
おれは魔力量が多いから、10分くらい行けると思う。
流石に1時間は、魔力回復薬を飲んでも無理だな。
あれは1日2回飲んだら限界だ。
「俺は……少ないから……」
「あんたにとって1時間という数字は少ないのか?」
しどろもどろの男が口を尖らす。
「だって俺は聖女様じゃないし」
「何言ってんだい。聖女様だって人間だよ」
確かにそうだけど、じゃあ、昨日の聖女様はなんだったんだ。
俺と同じ疑問を周りが口々に言い出した。
「俺、パレード行ったけど、あの聖女様は特別だって聞いたよ。すごい魔力なんだって」
そう言えば、火を消して、道を治して、瓦礫を撤去し、外壁を修復したって聞いたな。
誰かが女神に愛された聖女様だって言ってたし。
話半分で聞いていたが、まぁ、それに近い事をしたのかもな。
「じゃあ、あいつらはそれだけの魔力量がある聖女様に対して、石を投げて人殺し呼ばわりしたのか?」
「それだけじゃねーよ。この町は助けて貰ったのに、もてなしもせず、お礼すら言わずに帰らせたんだ。町全体の責任だろ」
辺りがざわめき始める。
おいおい、あの馬鹿達だけの問題じゃなくなって来たぞ。
「お前ら揃いも揃って馬鹿ばっかりだな!! 聖女様に石を投げたんだろ?! 不敬罪で、その場で死罪だろ! もてなす以前の問題だ! なのになんであいつらを釈放したのか、その意味をよく考えろ!」
それまで黙って話を聞いていた高齢の男が、突然大きな声を出した。
そうだ。おそらく死罪にならずに済んだのは、聖女様のお慈悲だ。
でも教会が、子供を釈放して終わりにしてくれる事はないよな……。
「どうするんだよ! 町ごと制裁を受ける可能性もあるぞ!」
「二度と聖女様が訪れない町になったら、この町は終わるな」
確かに、大きな災害が起きたら……。
俺も足をやられたけど、眠っているうちに治っていた。
絶叫するほどの痛みを覚悟していたのに……。
「あいつらを町から追放して、許しを請おう! 俺は聖女様に助けられたんだ!」
俺は必死に周りを説得して回った。
「それだけじゃ足りないわ。もう一度来ていただいてお祭りを開きましょうよ」
「いや、代表者が王都に謝りに行くべきだ」
大騒ぎになっている俺達の頭上を、綿毛の先に付いた手紙がふわふわと通り過ぎる。
俺達は一斉に静まり返り、白神官様が手紙を受取り黙読するのを、息を殺してじっと見つめた。
「『今後お前達の町に、聖女が訪れる事はない』と、教皇様からのお叱りの手紙が!」
手紙を手にした白神官様が大きな声で叫んだ後、頭を抱えて崩れ落ちた。
いったいこの町はどうなるんだ……。
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