被災した町へ
朝焼けの眩しい光が馬車の窓から入って来る。
思わず窓を開け、少し冷たい空気を吸い込んだ。
窓の外には一面に、金色に輝く穀物畑が広がっている。
視界を邪魔する建物は一つもない。
秋だなぁ。こんな景色は初めて見た。
外国映画みたい。
「この田園を抜け、次の森を抜けたらすぐに現地だ」
後ろから、ハートさんが薄手のケットで包んでくれた。
「冷やすなよ」
「ここは平和そうなのに、森を抜けたら、と思うと怖いですね」
現地の被害を想像すると、不安になる。
教会で渡された、国と領主さんからの報告書を確認した。どちらも『情報が錯綜し現場が混乱している』と。第一報なんてこんな物だと資料室で知っていたけれど、実際に手にすると少々心許ない。
それにあの大蛇くらいしか、私は大型魔獣を知らないし。
でも、あれが覚醒した状態で町で暴れたら大惨事だよね。
「マリー。落ち着いてよく聞け」
ガインさんが真剣な顔で私の手を取る。
「何を見ても動じるな。聖女が不安な顔をすればパニックが起きる」
確かにお医者さんの『しまった』って声ほど怖いものはない。
「はい」
「絶対に治ると言い聞かせ、治療だけに専念しろ」
「はい」
「何が起きても自分を信じろ。いいな?」
「はい」
私はコクコクと頷いた。
ガインさんの言う事だ。何が何でも絶対に守る。
この後、森で一泊し、午前中には着く予定だ。
帰るまで、完璧な聖女を演じ切らねば。
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立ち昇る黒い煙がいくつも見えて来た。
近付くにつれ、徐々に被害の大きさが鮮明になる。
外壁門は倒壊し、鎮火したばかりの焼け残りの家からは、黒い煙が立ち昇っていた。
「教会からです。聖女様を連れて来ました」
手綱を握るテッドさんの声が聞こえた。
「聖女様が来たぞー!」「「「「「うぉぉぉぉ!!」」」」」
突然、大勢の低い声が、地鳴りのように響き渡る。
気を抜くと、周囲の期待に押し潰されそう。
「気合を入れろ。俺達が付いている」
ハートさんに軽く背中を叩かれた。
大丈夫。
さぁ、ここからが本番だ。
「俺達はここで現場の指揮を執る。気を抜くなよ」
ガインさんとフェルネットさんが馬車を降り、私達とは別行動に。
私達はそのまま町中を抜け、教会へと向かった。
馬車を降りると現地の神官と合流し、救援物資を引き渡す。
「聖女様。こちらへ」
「あ、はい」
不安になって振り返ると、ハートさんとテッドさんが微笑んだ。
弱気になるな。
「町にあった回復薬も全て使い切りました。私達も手を尽くしたのですが……」
「大変でしたね。もう大丈夫です」
まだ若い女性の白神官さんは、疲れ切った顔で微笑んだ。
いつから寝ていないのだろう。だからと言って安易に休めとは言い辛い。
「私達で、治療の順番を決めてあります」
「ありがとうございます。一番大変な作業を……」
王都の教会とは違い敷地はそこまで広くなく、すぐに大きなお御堂に着いた。
中に入ると咽るような腐敗臭と血の臭い。
痛みで呻く怪我人と走り回る神官達。
想像していた野戦病院より、ずっとずっとリアルで凄惨な光景。
こんな……。
「聖女様。こちらの方からお願いします」
すぐに衝立で囲われた、意識不明の重傷者エリアに案内された。
うろたえるな、私。毅然とした態度だ。
ガインさんとの約束を思い出せ。
腕がもげていようが、足から骨が飛び出していようが、内臓が見えていようが、顔色を変えずに治療する。
すでに絶命し、腐敗していた人もいた。
「うっ」
思わず口に手を当てそうになるが我慢する。
頑張れ、私。
間に合わなかった事を悔いてる暇はない。
一人でも多く、早く。早く早く。
「聖女様? 魔力の方は大丈夫ですか?」
白神官さんが、気遣うように魔力の回復薬を用意してくれた。
回復薬で急に魔力量を変化させると、一気に体力を奪われる。
なるべくなら、使わずに済ませたい。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
丁寧に頭を下げ、神官さん達の心遣いに感謝した。
ここが終わると意識のある重傷者エリアだ。
回復魔法の重ね掛け……。回復途中のあの絶叫をどうにかしたいな。
眠りの魔法をかけたいけれど、永久に眠らせる訳にもいかないし。
加減が難しい……。
患者の体力に合わせ、眠りの魔法を薄く重ねる。
「早くしてよ!」「うちの子を先に!」「助けてくれ!」「この子を死なせないで」
トリアージ担当の神官に向ける、悲痛な叫びが耳に焼き付く。
早く早く。
早く治療しなくては。
視界の端に私が届けた回復薬を、白黒の神官達が配って回る姿が見えた。
みんな自分に出来る事を、一生懸命やっている。
私も頑張らなきゃ。怯んでなんかいられない。
急げ、急げ。急がなきゃ!
「落ち着け。マリー」
その声に『ハッ』とする。
いつの間にかハートさんに体を支えられていた。
急激な魔力量の変化に、ぐらついたんだ。
焦って焦って。ふと見ると、両手が震えている。
ハートさんが背中をポンポンと優しく叩き「大丈夫だ」と落ち着かせてくれた。
ははは。焦り過ぎちゃった。
「目を閉じて、深呼吸」
言われた通り目を閉じて、大きく深呼吸をする。
すると不思議な事に、周りの音がクリアになった。
「やっちゃいましたね。気を付けていたのに」
「後ろはテッドが守ってる。俺もいる。だから焦らなくていいんだ」
恥ずかしいな。黒神官もちゃんと頑張っているのに。
振り返るとテッドさんがニッコリ笑って親指を立てた。
ふぅ。焦るな、焦るな。
まだまだ魔力は残っている。全然平気。
『よし!』と、心で気合を入れなおす。
しゃんと背筋を伸ばし、回復魔法をかけて回った。
「休憩するか?」
ハートさんに小声で聞かれる。
気が付くと、お御堂の中の患者の回復が終わっていた。
既にお外は真っ暗で、いつの間にか夜になっている。
苦しんでいる人を待たせて、休憩なんて出来ないよ。
私はゆっくり首を振り、精一杯の笑顔を見せた。
「分かった。支えてやるから心配いらない」
横で頷くハートさんが、ふらつく私を支えてくれる。
大丈夫。信じてますよ。
「聖女様。次は外にいる、骨折患者の……」
「待て!」
飛び出しかけたテッドさんに、ハートさんの低い声が飛ぶ。
「振り向くな」
突如として私の周りは、重苦しい空気に包まれた。
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