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聖女の加護を双子の妹に奪われたので旅に出ます  作者: ななみ
第四章 聖女編

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被災した町へ

 朝焼けの眩しい光が馬車の窓から入って来る。

 思わず窓を開け、少し冷たい空気を吸い込んだ。


 窓の外には一面に、金色に輝く穀物畑が広がっている。

 視界を邪魔する建物は一つもない。


 秋だなぁ。こんな景色は初めて見た。

 外国映画みたい。


「この田園を抜け、次の森を抜けたらすぐに現地だ」


 後ろから、ハートさんが薄手のケットで包んでくれた。


「冷やすなよ」

「ここは平和そうなのに、森を抜けたら、と思うと怖いですね」


 現地の被害を想像すると、不安になる。


 教会で渡された、国と領主さんからの報告書を確認した。どちらも『情報が錯綜(さくそう)し現場が混乱している』と。第一報なんてこんな物だと資料室で知っていたけれど、実際に手にすると少々心許(こころもと)ない。


 それにあの大蛇くらいしか、私は大型魔獣を知らないし。

 でも、あれが覚醒した状態で町で暴れたら大惨事だよね。



「マリー。落ち着いてよく聞け」


 ガインさんが真剣な顔で私の手を取る。


「何を見ても動じるな。聖女が不安な顔をすればパニックが起きる」


 確かにお医者さんの『しまった』って声ほど怖いものはない。


「はい」


「絶対に治ると言い聞かせ、治療だけに専念しろ」

「はい」


「何が起きても自分を信じろ。いいな?」

「はい」


 私はコクコクと(うなず)いた。

 ガインさんの言う事だ。何が何でも絶対に守る。


 この後、森で一泊し、午前中には着く予定だ。

 帰るまで、完璧な聖女を演じ切らねば。



 ------


 立ち昇る黒い煙がいくつも見えて来た。

 近付くにつれ、徐々に被害の大きさが鮮明になる。


 外壁門は倒壊し、鎮火したばかりの焼け残りの家からは、黒い煙が立ち昇っていた。



「教会からです。聖女様を連れて来ました」


 手綱を握るテッドさんの声が聞こえた。


「聖女様が来たぞー!」「「「「「うぉぉぉぉ!!」」」」」


 突然、大勢の低い声が、地鳴りのように響き渡る。

 気を抜くと、周囲の期待に押し潰されそう。


「気合を入れろ。俺達が付いている」


 ハートさんに軽く背中を叩かれた。


 大丈夫。

 さぁ、ここからが本番だ。


「俺達はここで現場の指揮を()る。気を抜くなよ」


 ガインさんとフェルネットさんが馬車を降り、私達とは別行動に。


 私達はそのまま町中(まちなか)を抜け、教会へと向かった。

 馬車を降りると現地の神官と合流し、救援物資を引き渡す。


「聖女様。こちらへ」

「あ、はい」


 不安になって振り返ると、ハートさんとテッドさんが微笑んだ。

 弱気になるな。


「町にあった回復薬も全て使い切りました。私達も手を尽くしたのですが……」

「大変でしたね。もう大丈夫です」


 まだ若い女性の白神官さんは、疲れ切った顔で微笑んだ。

 いつから寝ていないのだろう。だからと言って安易(あんい)に休めとは言い辛い。


「私達で、治療の順番を決めてあります」

「ありがとうございます。一番大変な作業を……」


 王都の教会とは違い敷地はそこまで広くなく、すぐに大きなお御堂(みどう)に着いた。


 中に入ると(むせ)るような腐敗臭と血の臭い。

 痛みで(うめ)く怪我人と走り回る神官達。


 想像していた野戦病院より、ずっとずっとリアルで凄惨な光景。


 こんな……。


「聖女様。こちらの方からお願いします」


 すぐに衝立(ついたて)で囲われた、意識不明の重傷者エリアに案内された。


 うろたえるな、私。毅然とした態度だ。

 ガインさんとの約束を思い出せ。


 腕がもげていようが、足から骨が飛び出していようが、内臓が見えていようが、顔色を変えずに治療する。


 すでに絶命し、腐敗していた人もいた。


「うっ」


 思わず口に手を当てそうになるが我慢する。

 頑張れ、私。


 間に合わなかった事を()いてる暇はない。

 一人でも多く、早く。早く早く。


「聖女様? 魔力の方は大丈夫ですか?」


 白神官さんが、気遣うように魔力の回復薬を用意してくれた。


 回復薬で急に魔力量を変化させると、一気に体力を奪われる。

 なるべくなら、使わずに済ませたい。


「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 丁寧に頭を下げ、神官さん達の心遣いに感謝した。

 ここが終わると意識のある重傷者エリアだ。


 回復魔法の重ね掛け……。回復途中の()()絶叫をどうにかしたいな。

 眠りの魔法をかけたいけれど、永久に眠らせる訳にもいかないし。


 加減が難しい……。

 患者の体力に合わせ、眠りの魔法を薄く重ねる。



「早くしてよ!」「うちの子を先に!」「助けてくれ!」「この子を死なせないで」


 トリアージ担当の神官に向ける、悲痛な叫びが耳に焼き付く。


 早く早く。

 早く治療しなくては。


 視界の端に私が届けた回復薬を、白黒の神官達が配って回る姿が見えた。

 みんな自分に出来る事を、一生懸命やっている。


 私も頑張らなきゃ。(ひる)んでなんかいられない。

 急げ、急げ。急がなきゃ!



「落ち着け。マリー」



 その声に『ハッ』とする。

 いつの間にかハートさんに体を支えられていた。


 急激な魔力量の変化に、ぐらついたんだ。

 焦って焦って。ふと見ると、両手が震えている。


 ハートさんが背中をポンポンと優しく叩き「大丈夫だ」と落ち着かせてくれた。

 ははは。焦り過ぎちゃった。


「目を閉じて、深呼吸」


 言われた通り目を閉じて、大きく深呼吸をする。

 すると不思議な事に、周りの音がクリアになった。


「やっちゃいましたね。気を付けていたのに」

「後ろはテッドが守ってる。俺もいる。だから焦らなくていいんだ」


 恥ずかしいな。黒神官もちゃんと頑張っているのに。

 振り返るとテッドさんがニッコリ笑って親指を立てた。


 ふぅ。焦るな、焦るな。

 まだまだ魔力は残っている。全然平気。


『よし!』と、心で気合を入れなおす。

 しゃんと背筋を伸ばし、回復魔法をかけて回った。


「休憩するか?」


 ハートさんに小声で聞かれる。

 気が付くと、お御堂の中の患者の回復が終わっていた。


 既にお外は真っ暗で、いつの間にか夜になっている。


 苦しんでいる人を待たせて、休憩なんて出来ないよ。

 私はゆっくり首を振り、精一杯の笑顔を見せた。


「分かった。支えてやるから心配いらない」


 横で(うなず)くハートさんが、ふらつく私を支えてくれる。

 大丈夫。信じてますよ。


「聖女様。次は外にいる、骨折患者の……」



「待て!」


 飛び出しかけたテッドさんに、ハートさんの低い声が飛ぶ。


「振り向くな」


 突如として私の周りは、重苦しい空気に包まれた。


読んでいただきありがとうございました。

ブックマーク、評価、いいね頂いた方、感謝してます!

誤字報告、いつも本当にありがとうございます!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1.更新ありがとうございます。  シリアスは話でギャグを入れないという英断とマリーさんが苦労して築き上げた知識や経験が活きている神回ですね! 命の貴賎はないと同時に見捨てなければならない…
[一言] 市民を収容している野戦病院程、地獄はないよな・・・ ヘブンズゲートを潜れれば楽になれる事、生きて地獄の痛みを受けなければならない現実・・・どっちが幸福なんだか
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