聖女派遣
「待たせたな。指名依頼の話だった。聖女派遣だ」
ガインさんは戻って来るなりそう言った。
こんな夜更けに冒険者ギルドからの緊急呼出し。
何事かと思ったけれど、確かにこれは緊急だわ。
「今からか?」とおじいさまが眉を顰める。
「ああ。今から出発する。みんな急いでくれ」
私達は追い立てられるように、慌てて旅の準備をする。
既に馬車の手配がされ、外で待機をしていた。
「心配するな」
「大丈夫です。もう16歳なのですよ」
ガインさんが「ああ、そうだったな」と笑顔で私の頭をポンポンする。
急いで荷物を詰めながら、パンパンと手を叩くガインさんの言葉に耳を傾けた。
「俺は現地の神官と連携して住民の指示に回る。ハートはマリーの警護に付け。フェルネットとテッドは俺に付け」
「私がマリーの警護じゃダメですか?」
テッドさんが声を上げた。
ガインさんが顎に手を当て考える。
「うーん。そうだな……。普段二人で行動することも多いのか。よし。勉強も兼ねてハートの補佐に入れ」
「ありがとうございます!」
テッドさんが鼻歌でも歌いそうなくらい嬉しそう。
こんなテッドさんは初めて見た。
そう言えばガインさん達といる時は、年相応に伸び伸びしている。
本来のテッドさんはこっちなのかな。
「マリー。よろしくな」
「こちらこそ」
お互い頑張ろうねと頷きあう。
派遣場所は山とは反対側の、いくつかの森を抜けた少し大きな町らしい。
「大型魔獣が出現し、町人や兵士、冒険者が負傷した」
「魔獣の方は?」
「すでに現地の冒険者が討伐済みだ。現地入りは3日後。かなり馬を無理させるぞ」
ハートさんが頷くと私を見る。
「マリーは馬車ごと結界を張ってくれ。魔獣と遭遇しても討伐はしない。障害物は振り払い、とにかく先に進むんだ」
「はい」
私は聖女の服やヘアメイクセットをカバンに詰めて、空間魔法に放り込んだ。
聖女の見た目も現地の混乱を鎮めるのに、とても効果的なんだって。
「もう、準備が出来たのか? この後、教会に立ち寄って荷物を受けとる」
「空間魔法に入れますので、任せてください」
ガインさんが『あ!』と額に手を当てる。
「しまった。マリーは空間魔法が使えるって事、すっかり忘れてたわ」
ふふふ。ガインさんも人間ですもの。
ミスくらいあっても仕方がない。
「準備が出来たら出発だ。急ぐぞ!」
馬車を走らせ教会に立ち寄り驚いた。
いやいや、いやいや。
たった3日で、なにその大量の荷物。
目の前には回復薬や食料に、日用品などが山積みにされている。
「現地に届ける救援物資が必要だろ?」
心の内を見透かされたように、ガインさんにデコピンされた。
そりゃそうか。
「でも確か、荷馬車を4台、手配したはず……」
「ふふん。僕がキャンセルしておきましたよ」
フェルネットさんがドヤ顔でガインさんを見る。
「流石フェルネットだ。抜け目がない」
聖女の派遣って災害救助みたいなものなのね。
回復をするだけだと思っていた。
従来の聖女が聖騎士や白神官を大量に連れていたのは、人手も貸すからなのか。
それを『ギルドに依頼しろ』とは、浅はかな提案だったのかも。
今更言っても仕方がない。必要なら次から別途手配すればいい。
今回は、私のやり方で頑張ろう。
みんなでせっせと空間魔法に荷物を放り込む。魔力消費が半端ないけど仕方がない。
東の空が明るくなりかけた頃、私達は教会を後にした。
「こんなに豪華な馬車の旅って初めてです」
「フフ。荷馬車の後ろで足をぶらぶらさせて座っていたもんな」
ハートさんの言葉に「へぇ」とテッドさんが興味を持つ。
「当時はどんな子だったのですか」
暇になる度、私の黒歴史を探ろうとするのはやめて。
ハートさんは一番やばいの知ってるから、ホントやめて。
「5歳児の癖に『私、れっきとしたレディーなの』ってませたガキだった」
ガインさんが笑う。
くぅ! こんな所に伏兵が!
「不安になると、手をぎゅっとする癖があったな」
ハートさん。
それ、リアルに恥ずかしいのですけれど。
「ハートの隙をついては返り討ちに遭ったり、集中すると周りが見えなくなったり」
ガインさんの言葉にみんなが「そうそう」って。
ふふふ。そんな事もあったなぁ。
あの1年は濃くて長い、私の人生の宝物。
「なんだかんだで、いつも一生懸命な子供だった」
ガインさんにはそう見えてたのか……。
ちょっと嬉しいな。
「へぇ。マリーは今と、あまり変わらなかったんですね」
ははは。
それはどの話を聞いての感想なのかしらね?
「そうか。テッドもマリーの洗礼を受けたか」
ガインさんがテッドさんの頭をゴリゴリ撫でていた。
ふふふ。ガインさんが嬉しい時の癖だ。
じゃなくて、洗礼って何?
辺りはすっかり暗くなり、野営が出来そうな場所に馬車を止める。
私は馬も含めて全員に、疲労回復の魔法をかけた。
「助かる、マリー。悪いが、野営の準備も頼むな」
いつもの様に結界を張り、いつもの様にお風呂や寝場所を作る。
ガインさん達との野営は久しぶり。
昔の様に料理は男性チームが担当で、私は先にお風呂を頂いた。
「洗濯物は一か所に纏めて下さいねー」
「そうだった。マリーがいると、洗濯して貰える事を忘れていたよ」
嬉しそうにお玉を振って、フェルネットさんが笑っている。
「手伝います」と私も配膳に参加した。
「大きくなったね」
手が届かなかったテーブルも、今じゃ見下ろす位置だもん。
フェルネットさんに言われると、なんだか照れ臭いな。
「小さな頃のマリーも見たかったな」
「ははは。手なんかこんなに小さくてさ。ホント可愛かったんだから」
フェルネットさんが『このくらい』と指を広げてテッドさんに見せている。
やっぱり皆が揃うと楽しいな。
「明日は日の出と共に出発する。子供達は早めに休むように」
ガインさんが笑顔でそう言った。
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