人さらい
テッドさんは勢いよく飛び出すと、魔法でいきなり護衛の肩を小さく弾く。
私は身体強化の魔法をかけ全速力で馬車まで走った。
テッドさんが一気に距離を詰め、バランスを崩した護衛に切りかかる。
私は馬車の反対側からドアを開け、驚く人さらいを蹴り飛ばし、女の子を力いっぱいに引きずり出した。
早くこの場を離れなきゃ、テッドさんが戦えない!
暴れる女の子を無理やり抱え、馬車から距離を取る為に高台へと一気に走る。
棒を振り回した父親達が、その後ろを追ってきた。
「子供を返せ!」「お前は誰だ!」
「お、落ち着いてください! 誤解です!」
慌てて女子を下に降ろし、父親達の元へ走らせる。
「父さん! 兄さん!」
「無事か?」「怪我は?」
女の子と家族が抱き合い、お互いに無事を確かめ合う。
ああ、良かった。
「私は平気。 でも父さん……」
「どうってことない。かすり傷だ」
一瞬悩んだけれど、この場で父親の怪我を癒す事にした。
「「「え?」」」
そうだ、テッドさんに知らせなきゃ!
「こっちは保護しました!」
ちゃんと聞こえていたようで、水の刃が乱れ飛びいきなり魔法が派手になる。
ははは。鬼だな。
既に護衛は虫の息で、辺り一面が血の海だ。
逃げ惑う人さらいにも魔法を当てて、こっちも血だらけに。
うわぁ。
「殺さないで!」
瀕死の護衛の首に剣を当てたテッドさんを慌てて止める。
いやいや、怖いって。
ホントに容赦がないなテッドさん。
「ありがとうございます。聖女様」
女の子の父親が恐る恐る近づいてくる。
とりあえずにっこり笑って頷いた。相方が派手に暴れてすみません。
「その人達は、怪我を治して王都まで歩かせます。しっかり拘束して下さい」
「ははは。そうだね。思わず殺すところだったよ」
瀕死の二人を容赦なく縛り上げるテッドさん。
この世界じゃデフォルトだけど、紳士な普段と違いすぎるって。
護衛の男は一度じゃ回復せずに、回復魔法を重ねて掛ける。
その度に回復途中の痛みで絶叫するし、拷問しているみたいでなんか引く。
女の子達は商人さんが向かった村の人で、そんなに遠くないからと歩いて帰って行った。
とても感謝してくれてホント良かった。
それにしても、この二人を連れて歩くのめんどくさいなぁ。
この場合、門番を呼びに行くのが正しいのかな?
後で師匠に聞いてみよう。
正解が分からず仕方なく、四人でダラダラと歩く事にした。
「今回は緊急事態でしたよね?」
「え? うん。そうだと思うけど、どうしたの?」
「私、人前での魔法の使用が禁止なのですよ。でも回復だけなら問題ないのかな?」
「そうだったんだ。そう言えば一度も魔法を使ってなかったね」
「はい。おそらく修行なのです」
私の中でこの枷は、カメの甲羅を背負っているあのイメージなのだ。
実際の意図は知らないけど。
「修行かぁ。なるほどー」
テッドさんは純粋だから、適当に言っても完全に信じるので少々心が痛い。
「それにしても、子供って本当に誘拐されるのですね」
「そうだよ。すごく多いよ」
「子供の頃、ひとりで買い物に行ってガインさんにすごく怒られました。当然ですね」
「ははは。確かに危機感のない子だから気を付けてくれって言われたよ。その事だったのかな」
思わずテッドさんを見上げると、高い位置からニッコリされた。
……黒歴史を消す方法はないのかな。
「お前…… ふぐっ」
護衛が口を開いた瞬間に、テッドさんが有無を言わさず裏拳で殴る。
ギャップ! 笑顔が怖く見えてくるわ。
「護衛慣れしてるって。ガインさんがそう言ってた」
「え? そうですか?」
やだ。嬉しい。
「マリーがきっちりあの親子を守ってくれたから、戦いだけに集中出来たよ」
「そうですか。良かったです」
あの時のリベンジが出来た気がして、とっても嬉しい言葉だなぁ。
戦闘の邪魔をしないよう、ハートさんとは何度も話し合ったしね。
色々話をしているうちにすっかり日も暮れた。
無事に王都に着いたので、人さらいをテッドさんに任せて門番さんを呼びに行く。
「こっちです」
門番さんを五人ほど連れて戻り、人さらいを引き渡す。
お疲れ様の意味も込めて、パプアの実を門番さんにもおすそ分け。
「やっとホッとしましたね」
「そうだね。逃亡の恐れもあるし、連行するのも気を使うね」
冒険者ギルドに依頼達成書を提出し、報酬を貰うと、私達は同時に大きなため息をついた。
ふふ。
「今日は何かおいしいものを買って帰ろうよ」
「賛成です」
んー。両手を上げて大きく伸びをする。
緊張で体がガチガチだよ。
「香りのいいお茶も買って帰ろう」
「甘いお菓子も」
そうよね。私達には癒しが必要よね。
買い物中、背後に殺気を当てられて、そっと柄に手をかけた。
「流石だな」と褒められる。
え? 師匠?
既にテッドさんは利き手を師匠に掴まれていた。
ちっ。速さで負けたか。
「もう! ビックリしたじゃないですか!」
「ははは。ふたりとも体が強張っていたから、つい、な」
「あははは」「いやぁ」
「で、お茶だの菓子だの買って、何かあったのか?」
長くなるからと、家に帰ってゆっくり話すことにした。
おじいさまは今日も冒険者ギルドで炊き出しをしているらしい。
最近とっても楽しそう。
「ああ、これはいい香りだ」
師匠はテッドさんが入れる、食後のお茶がお気に入り。
今度教えて貰おう。私も師匠に入れてあげたい。
「私達の行動はどうでしたか?」
「おおむね正解だ。護衛の方はどうでもいいが、人さらいを生かしておくのは、背後関係を洗うのに都合がよい。ただ、役回りが逆だな」
「「逆?」」
ふたりで顔を見合わせる。
いやいや、私の剣は戦うには弱すぎるし、素早さもテッドさんの方が上だ。
と、テッドさんも思っているはず。
「嬢ちゃんは何の為に、水の玉を小さく維持する練習をして来たんだ」
「あ!」
魔力を凝縮した水の玉!
緊急時にはあらゆる手段でってやつだ!
「そうだ。嬢ちゃんが遠くから敵全員の利き手と足を打ち抜けば、安全に無力化出来たはずだ」
「確かに」
テッドさんが打ち抜くには、コントロールも甘いし威力も無い。
私だから出来るんじゃない! あーん。私の馬鹿。
「危険察知能力の高いテッドが、人質と村人達の護衛に回るのが最適解だったな。敵の援軍が来ないとも限らん」
「ごもっともです」
テッドさんが真剣な顔で頷いている。
確かに敵の援軍が来ていたら、私だけでは守りきれなかった……。
ぐぅの音も出ない。
何の為に一点集中で威力を高め、魔力を凝縮する特訓をしたんだよー。
こういう時の為じゃないかー。
うわーん。
リアルで地団太を踏みたくなるほど悔しいよー。
「まぁ、そんな顔をしなさんな。おおむね正解だと言ったろ? 次からはそういう戦い方もあるという事だ」
「「はい」」
わたしが脳内反省会をしていると「何事も経験だ」と師匠が笑う。
次に同じことがあったら絶対に……。
「テッドはフェルネットを参考に、嬢ちゃんを上手く使う戦い方を考えるんだな」
「はい」
Sランクって、強いだけじゃないんだね。
「ほらほら。そんな顔をしてないで。せっかくのお茶が冷めてしまう」
うふふ。限定品の焼き菓子を頬張って、心の底から癒される。
んーー! 甘いは正義!
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