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聖女の加護を双子の妹に奪われたので旅に出ます  作者: ななみ
第三章 冒険者編

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リリーの教育

 カタカタと走る荷馬車の中から、勉強の道具を投げ捨てる事…十数回。

 その度に、ハートは黙って道具を拾い集める。


 教皇様が俺達に、娘に読み書きを教えろと言った訳が分かったわ。

 誰もこの我儘娘に教える事が出来なかったからじゃねーか。


 あの狸め。こんな事なら教育なんて絶対に引き受けなかったぞ。


 焚火(たきび)を囲んで夕食を終えると、フェルネットがキリカと共にお茶を入れて配る。


「うふふ。次はもっと遠くに投げちゃおうかな。ねぇ、ハート?」

「5歳の頃のマリーは、こんなの簡単に覚えたよ」

「余計なこと言わないで、護衛の癖に。私の方が偉いのよ」


 ハートが苦笑いをして首を振った。


「お前はちっとも偉くないぞ」

「私はハートに命令してるの! ガインは黙ってて!」


 くそが。

 ハートはお前の使用人でも専属護衛でもない。

 教皇様からの命令で、お前を守っているだけだ。


 ……と言いたくても、この我儘娘には通じないからもういい。

 体力の無駄だ。根気よく教えてやる程の義理もねぇし。


「読み書きが出来なきゃ、6歳の時のマリーの代わりすら務まらないよ」

「6歳の時? マリーは何をしていたの?」

「資料室って言う書類の山で、書類を管理する仕事だ」


 両親も興味があるのか、顔を上げてハートを見る。


「当時のマリーは、教会に入ってすぐ資料室に放り込まれ、毎日頑張っていましたよ」


 ハートは両親に向き直ると、ふたりを交互に見ながらゆっくりと話した。


「ははは。逃げ出さずによくやってたよな」

「そうそう。任されたからには最後までやり通すってね」


 俺達から聞く幼い頃のマリーに、驚きを隠せない両親。


 あいつは立派にやり遂げたよ。

 どんなに俺達が上に言ってやるって言っても聞かなかったしな。


 フフン。そこがまた、あいつの良い所なんだ。


「でも、今は聖女でしょ? 勉強なんて必要ないじゃない」

「リリーは、聖女の仕事がなんなのか知らないのか?」


「人を回復して回るんでしょ。それくらい知ってる」

「じゃあ回復薬を配って回る仕事がしたいのか?」


 ハートがすごい現実的な指摘をする。

 確かにそうだな。


「そうじゃなくて、キラキラが降ってきて花びらが舞うの」

「それは仕事じゃないよ。この先リリーは何がしたいんだ?」


 するとリリーは(あご)に手を当て、しばらく考え込んでいた。

 こんなに真剣な顔を見るのは、初めてかも知れない。


「……そうね。みんなが私の前で(ひざ)を突いて、みんなが私の命令を聞くの。それでね、綺麗なものに囲まれて過ごすの」


 おい。


「……。そうなる為にも、まずは読み書きだな」


 あ、ハートが諦めた。

 あのハートの心を簡単に折ったよ。

 凄いな。


---


 それからのハートは表情も変えず、リリーに無理やり読み書きをさせ、逃げ出したら縛り付ける。


 リリーは何度も癇癪(かんしゃく)を起こし、その度に酷く暴れた。

 それが無駄だと分かると、今度は少しずつ媚びるようになる。


「ハート、ひとりで平気か? 何か手伝おうか?」

「いや、逃げ場を無くして追い詰めているから、全て俺に任せて欲しい」


 フッ。流石シドさんに教育を受けただけあるな。

 教え方が(たく)みだ。


 家族の名前が全て書けるようになった頃には、すっかり癇癪(かんしゃく)を起こさなくなっていた。


---


 いつものように焚火(たきび)を囲みお茶を飲む。

 リリーが向こうで練習で書いた紙をハートに見せていた。


「やれば出来るじゃないか」

「うふふ。ハートがもっと優しくしてくれたら、もう少し頑張ってあげるよ」


「基本文字が全部書けてからだ」

「ふえーん。頭を撫でてくれたら頑張るかもー」


 ハートに体を寄せて甘える我儘娘は、人を(あやつ)る為なら馬鹿な振りもするし、婚約者の前でも平気で色目も使う。


 本能なのか、それとも計算ずくなのか。


 それとなくハートが体を引き離し、俺の(そば)に逃げて来た。

 まったく。女に不自由をしないハートには逆効果だっての。


 キリカの方は父親がフォローに回っているが、確かに俺でもそうするか。

 こんな優良物件、絶対に手放さない。


「大丈夫か?」

「フン、どうってことない」


 ハートは平気だと言うが、こんな役回りをさせて申し訳ない。


 上手くやらないとあの母親みたいに、リリーに(あやつ)られて終わりだ。

 鉄の心を持つハートには適任だが、負担も大きい。


「あの子に読み書きを教えてくれて助かった。本当に、本当にありがとう」


 父親が俺達の横に座ると、(あらた)まって頭を下げた。

 相当困っていたのは、言われなくても分かるが。


「これから皆さんが暮らす村は、魔力を使用せずに回復薬を製造しています。実験的に薬草も、魔力を使用せずに栽培しています」


「それは助かる!」


 皆に向かって言った俺の言葉に、父親だけがすぐに反応をした。

 キリカの隣に座り “リリーも一緒に出来る仕事” だと嬉しそうに説明をしている。


 フフ。こっちの方が本当の親子のようだ。


 出発前に説明した、住居と共に提供する回復薬の製造と薬草栽培の仕事。

 あの時は感情的で、まともに聞いて貰えなかったからな。


「この薬草や、回復薬の製造方法を研究したのはマリーです。10年近くかけて、魔法を使わずに生きて行けるよう、自力で開発したんですよ」


 両親どころか、キリカもリリーも驚いていた。


「マリーが魔法を使わずに生きて行けるように?」

「そうです。たった独りでね。教会の離れの裏庭に住み、コツコツと研究をしていました」


「そんな研究を10年近くも?」

「そうですよ。自分にできる範囲で精一杯やってました。同年代の子が制服を着て学校に行くのを、()()()羨ましがっていましたけどね」


 ちょっと嫌味だったかな?

 でも少しは言ってやらないと気が済まない。


 父親が顔色を無くして(うつむ)いた。


 リリーが「なんで? 学校に行くって聞いたのに」と不思議な顔をする。


「違うのリリー。母さんが教会にマリーを入れたの」

「私に怒って出て行ったんじゃないの? 母さんがマリーを捨てたの?」


「捨てたつもりはなかったわ。でもそのおかげで活躍出来たのね」


 おいおい。

 それを自分の手柄にするのかよ。リリーにそっくりだな。

 結果を残したのはお前のおかげじゃないぞ。


「奥さん。それは違いますよ。例えマリーが村に残ったとしても、王都の学校に通ったとしても、どこにいようと開発をしていたと思います。あの子はそういう子ですから」


 学校に行く夢が絶たれた時の、あの辛そうな作り笑顔を知らない癖に。

 あの時の俺達の気持ちを、何も知らない癖に。


『俺達の娘を馬鹿にすんな!』と、つい、感情的になってしまった。

 ハートもフェルネットも俺を止めないから、きっと同じ気持ちだろう。


 母親が辛そうに下を向いた。


 ああ。やっちまった。そうだよな。

 そうとでも思わなきゃ、自分を許せなかったのかもな。

 

 シドさんなら、もっと上手く伝えられたのだろうか……。

 俺は自分の顔を、両手でパンパンと叩いた。


 旅のゴールはまだまだ先だ。

 俺がしっかりしなくてどうする。


「奥さん。安心してください。マリーは……いえ、あなたのお子さんは立派に成人し、独立しましたよ」


読んでいただきありがとうございました。

ブックマーク、評価、いいね頂いた方、感謝してます!

誤字報告、いつも本当にありがとうございます!!

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― 新着の感想 ―
まず殴る、口答えしたら殴る、勉強しなければ殴る、癇癪起こせばボコボコにして、逃げたら足をへし折る。回復魔法があるから大丈夫でしょ これぐらいしないと矯正できないだろうね、まずは人間になれるように躾から…
読み書きを教えて覚えた!?聖人か!?アレに教えれたの!?!?
[良い点] 心折れてもSS級任務放り投げないの凄い。 [気になる点] リリーって見た目マリーそっくりなんですよね? とくに媚び売られてるハートさんはもっとマリーと競べての不快感出しても良いと思うな。 …
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