リリーとの旅の始まり
「まったく。マリーの家族じゃなきゃ、こんな依頼は絶対に受けないんだけどな」
「教皇様って会ってみると印象が変わるよな。確かにちょっと面白い」
「僕はあれがマリーの双子の妹とは信じたくないね」
狸の言う通り、確かに事態の収拾はすぐに出来た。
「彼女が見たステータスは見間違いではない。だが、リリーは特異体質だという事が判明した。今から見せるステータスが本来の彼女の物だ」
我儘娘に指示をして、ステータス偽装のペンダントを使用させる。
この我儘娘は元々変わり者だったらしく、村人達はあっさり信用してくれた。
リリーの友達の女の子も「ずっと変だと思ってた」と呆れている。
いい子で良かった。
「そう言う事で、彼女の体質は特殊な為、家族も含め、教会が詳しく調べる事になった。彼らには山の麓の小さな村に移住して貰う事になる」
村人達にリリーの家族の移住を伝えると、各々で別れの挨拶などが始まる。
俺たちはその間にまとめた荷物を荷馬車に積み始めた。
「手伝うよ」
「悪いな。キリカ」
ただ、婚約者の男も一緒がいいと騒ぐ娘の為、この男も一緒に連れて行く。
突然の移住に巻き込まれたキリカは、黙々と俺たちを手伝ってくれた。
と、ここまでは良かったんだよ。
しかしこれから先、予定通りに辿り着ける気が全然しない。
2か月、いや、3か月はかかるかも……。
とにかく、この我儘娘が予想をはるかに超えた、モンスターだった。
「マリーの所に行くの? 母さん、私が聖女になるってマリーに言って」
「はぁー。分かったから静かにしていなさい」
「約束だよ」
キリカが突っ込みたくてうずうずしている。
分かるぞ。
娘もおかしいが、この母親のリアクションも少しおかしい。
父親は不機嫌そうにダンマリだし、キリカも母親の手前、何も言えずに戸惑っている。
リリーは俺たちが護衛と知ると、嬉しそうに魔獣の群れに突っ込み、ふざけてこっそり逃げ出して笑う。
鬼ごっこ感覚のリリーの為に、体を張って庇うハートが心身共にボロボロだ。
用意していた回復薬も、これじゃすぐに底を付く。
夜中に抜け出す可能性も考えると、俺とフェルネットは殆ど眠れないな。
疲れ切ったハートはきちんと寝かしてやりたいし。
このままじゃ全員の神経が持ちそうにない。
こうなったら娘の教育が急務だ。
「そろそろ野営をするから準備します」
「俺は薪を拾ってくる」
キリカは自分で出来ることを探し、ちょこまかと動いてくれる。
慣れない野営の手伝いも、何か自分に出来ないかと聞きに来る。
問題はこの親子三人。
不満そうに黙って座り、心の底では “自分たちは被害者だ” と思っている。
態度を見ればまるわかりだ。
教皇様の慈悲で、生きていられるだけなのに。
スープと焼いた肉を配ると、本日何度目かの「私そっちがいい」
俺とスープを取り換え、ハートと肉を取り換える。
めんどくせぇ。
その度に、申し訳なさそうにするキリカが気の毒で仕方がない。
この男だけが唯一話が通じる常識人。今や俺のオアシスだ。
マリーの作ったカトラリーは使えないらしく、手や棒で器用に食べている。
村育ちでは当たり前だが、ついついマリーと比べてしまう。
ははは。
横を見たらふたりも同じだった。
「ステータス偽装のペンダントは差し上げます。ただ、そのペンダントは違法なものなので扱いには注意してください。お嬢さんには “加護の件” をきちんと言い聞かせてください。それと次に同じような事があれば、拘束するそうです」
フェルネットの丁寧な説明に、父親は初耳のように目を剥いた。
「お聞きになって、いないのですか?」
そして、母親と教皇様が約束した内容を伝えると、ものすごい目で母親を睨む。
「マリーを教会に入れた事も、リリーのせいで私達まで死罪になる事も、何故いつも他人から聞かされて知るんだ」
「だって、言えばリリーを叱るじゃないですか」
急に夫婦喧嘩が始まってしまい、本当にうんざりする。
「ねぇガイン。マリーと、どんな旅をしたの?」
夫婦げんかに飽きた娘が突然話題を変える。
空気を読まない娘に今だけは感謝だ。
「マリーには荷馬車の上で読み書きや計算の勉強をさせていたな」
「そうそう。地理や歴史も。ダンスのレッスンもやったね」
「何それ楽しそう」
「お前も勉強するか?」
娘は突然立ち上がると、フェルネットをダンスに誘う。
フェルネットは一瞬驚いたが、すぐにダンスを教え始めた。
「下を見ないで顔を上げて」
元々が猫背で固まっているのか、首筋を伸ばすこともままならない。
すぐに指先はグーになってしまうし。ま、村の子ならこんなものか。
「足を踏んでも構わないよ。そうそう。顔を上げて」
楽しければ何でもいいと、上手にフェルネットがエスコートをしていた。
フェルネットは流石だな。
俺ならもっとこう、ごちゃごちゃ煩く言ってしまうだろうな。
マリーは元々姿勢が良くて食べ方も綺麗だったな。
ずっとそういう家で育ったと思っていたけど、違ったんだな。
俺、お前の事、何も知らなかったよ。
「キリカ、彼女はどのくらい読み書きが?」
「読む方はちょっと。書く方は全然ダメ」
「なるほどな」
明日から荷馬車の上で、読み書きの練習させることにした。
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