資料室と裏庭薬草庭園の今
綺麗に整列した背の高い棚で光を遮り、少し薄暗い資料室。
室内に漂う紙の匂いと黴臭さは今も健在だ。
なんと、この資料室に未成年の弟子が五人も来てくれた。
正確には黒女子神官三人と黒男子神官二人が、ここに配属を希望してくれたのだ。
すごい!
今日はそこにテッドさんも加え、七人で資料室を回している。
私はただ座って指示を出すだけなので、六人か。
「テッドさん。いつもありがとうございます」
「ふふ。私も資料室の魔術師の仕事に興味があったしね」
テッドさんは溜まった返却資料を手早く仕分けしている。
数回教えただけなのに、分類が完璧で驚きだ。
「聖女様、こちらはどうすれば……?」
「それは奥の棚ですね。ちょっと見せて……。そうですね……。昨年の予算書も付けて渡してあげてください」
小さな彼女が梯子を登り、その小さな手で資料を掴む。
ふふふ。
昔の私もあんな感じに見えたのかな。
「あの……。聖女様。この返却場所が……」
「それはあちらの棚ですね」
私は一番最初に作った、自慢の議事録棚を指差した。
当時、一番苦労して作った棚だ。いつ見ても感慨深い。
「先月終わった修繕費の領収書をお願い」
「かしこまりました。こちらに部署とお名前をお書きください」
男の子がテキパキと貸し出し帳を開き、私服職員にペンを渡す。
別の子は資料を探しに走って行った。
ここはこの子達に任せても大丈夫だな。
教会ではギルドや街と違い、聖女はとても神聖視されている為、私は本当に何も出来ない。
自分でやれば早いのに……とウズウズする時もあるが、我慢、我慢。
怒られるのは彼等だし、私が動くとざわつくし。
それに、多少時間がかかっても、聖女に意見する人はいないので教育にはちょうどいい。
資料も整理整頓されてるし、貸出履歴も付けてるし、乱雑時代とは全然違うもんね。
ピークの時間が過ぎると一気に人が引いて行く。
返却資料の片付けも一通り終わったので、後は任せて私とテッドさんは資料室を後にした。
「聖女様。本日はありがとうございました」
「また来週、顔を出しますね」
今は週に一度、彼らの指導に訪れている。
白神官になりたいと願う彼らには、出来るだけの事をしてあげたいし。
ちょっと裏庭の確認だけして帰ろうかな。
「裏庭薬草庭園に寄っても良いですか?」
「もちろんだよ。ところでさ、あそこは庭園なの?」
「ふふん。庭園です」
「ふふ。それにしても忙しかったね。昔からあんなに忙しいの?」
資料室を出て裏口から建物を出ると、長い渡り廊下を通って裏庭に向かう。
「そうですね。今も昔も変わりませんね。でも、6歳の頃は資料が箱詰めで、別の意味で大変だったのですよ」
こっちの世界のビジネス用語も知らない中、予算書や議事録を読みこなした日々。
中身が中学生でも結構きつかった。
当時は黒神官に人権が無い時代だったし。
「6歳?」
「はい。教会の情報をすべて握って、魔王になり切っていましたけどね」
「ふふふ、愉快な魔王様だったんだね」
はは。悪になり切り資料室を燃やす妄想をしては、ひとりで不気味に笑ってたっけ。
私も立派な中二病だったな。
でも、各国の風土を調査して各種薬草の実験をさせたり、渡す資料に回復薬の量産化のメモを毎回間違えて挟んだ事は絶対に秘密だ。
「ここが研究所です」
渡り廊下の突き当りに着くと、ガチャガチャと研究所の鍵を開けた。
奥に簡易なキッチンがあり、大きな机の上には科学の実験道具のような物が並べられ、ソファーの周りに本が所々に積み上げられている。
「もっと大掛かりな機材があるのかと思っていたよ」
「ふふふ。窓の外を見てください」
窓を開けると、爽やかな風が部屋を抜けて気持ちがいい。
外を見ると薬草が青々と生い茂り、まるでイングリッシュガーデンのよう。
「重要なのはこの薬草たちなのですよ。意外に広いでしょう?」
「あれ? あれってこの間の……」
テッドさんは日陰のジメジメした場所にある薬草を指差し、目を丸くする。
はは。いいリアクション。この顔が見たかったのよ。
「むふふ、ここに来ればギルドの依頼なんて、すぐですよ」
それじゃチートだけどね。
「これ全部、雑草じゃなかったんだ……。庭園とは名ばかりの、手入れのされていない裏庭だとばかり……」
「ふふふ。そうなのです。泥棒も素通りしますよ。お花の咲かない薬草庭園です」
テッドさんは本当に雑草だと思っていたみたいで、逆に驚いた。
でも、そうか。表の庭園は綺麗に刈り込まれているもんね。
「じゃあ、向こうの草も貴重なの?」
「もちろんです。あれは緑の加護持ちでも栽培が難しいとされている爆発草です。テロリストと思われながら種を買いに行った、しょっぱい思い出が……」
「すごいね。マリーはひとりでこれを?」
「いえいえ、お手伝いしてくれる友人がいまして」
カトリーナや庭師のドーマンさんが支えてくれたから。
「へぇ。でもすごいね」
「ほぼ、趣味ですけどね。魔法なしで苗を育てるのに苦労しました」
いけない、いけない。
つい、私の趣味の話で時間を取らせてしまった。
「今度はテッドさんの好きな物を教えてくださいね」
お返しに、今度はテッドさんの趣味話も聞いてみよう。
変わった魔獣とか好きなのかな? モフモフ系ならいいな。
「そうですね。ぜひ」
外に出て軽く掃除をすると、テッドさんが魔法でぱぁーっと水やりをしてくれた。
おおお。虹が出来てる。
そっか、テッドさんは水魔法が使えるんだ。
なんて便利な!
あ、いや、じょうろ代わりにするつもりは無いけれど。
そろそろ帰ろうかと片付けていたら、カトリーナが顔を出した。
「マリー! やっぱり来てた!」
「カトリーナ!」
嬉しくなって笑顔になると、カトリーナが飛びついて来る。
おっと。
「先日はバタバタとして話せなかったでしょう?」
「お菓子やお花をありがとう。お城の控室の手配も、全部カトリーナが協力してくれたって」
「うふふ。楽しくなっちゃって、やり過ぎちゃったのよ」
カトリーナは手配したり仕切ったり、自分で色々するのが好きなのよね。
薬草やハーブの栽培も自分でやりたがるし。
「あ、ごめんなさいテッド。お久しぶり……でもないかな」
「ああ、この間は仕事中だったからね」
「あれ? ふたりは知り合いなの?」
テッドさんとカトリーナは顔を見合わせて笑う。
「そうなの。幼馴染なの」「そうなんだ。幼馴染なんだ」
へぇ。幼馴染かぁ。
私の場合、ぎりぎりフェルネットさんになるのかな?
よく一緒に悪戯してガインさんに怒られたし。
「カトリーナはエヴァスといつも張り合ってて。私がいつも仲直りさせていたんだ」
「違うわよ。エヴァスが先に、私の好きな物を見つけるのよ」
学校でもカトリーナとエヴァスさんって、ここにいる時と同じだったんだね。
ぷぷっ。ふたりの姿がもの凄く目に浮かぶな。
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