閑話 ソニーとシド
ガヤガヤと煩い大衆酒場で、今日はシドと待ち合わせをしている。
「ソニー殿!」
奥のテーブルで先に一杯やっていたシドは、店に入ったわしを見つけて笑顔で手を上げた。
「おおシド。さっきそこでマリー達とすれ違ったが、初めて魔獣を討伐したと喜んでおったわ」
わしは席に着くなり、先ほどマリーに会った事が嬉しくて、つい興奮気味に話す。
シドが「やっと一番弟子が巣立ったな」と少し寂しそうに笑った。
『弟子は取らない』と公言していたこの男に、一番弟子と言わせるわしの孫は流石だ。
フッ。そう言えばこの間、マリーのおかげで教える事の楽しさを知ったと、酔って漏らしていたな。
「さっき出がけにギルド長から渡された」
そう言ってシドは、ポケットからとても小さな一角ウサギの角を出し、テーブルの上にそっと置く。
「随分と小さいな」
「ああ。子ウサギが初魔獣とは、実に嬢ちゃんらしい。わははは」
「これがあの子が倒した魔獣か! 確かにわしの孫らしいな。ふははは」
この角は師匠から弟子へのプレゼントにする為に加工するらしい。
冒険者の伝統的な習慣なんだとか。
「それで、今の教え子たちはどんな様子だ?」
酒とつまみを注文しながら聞くと、シドは苦笑いをしながら首を振った。
「どうした? 問題か?」
心配して聞くと「そうじゃない。自分の未熟さを思い知ったんだ」と自虐的に笑う。
シドが未熟?
「少し前から二十人くらいの冒険者希望の男女を、5歳から上は15歳くらいまで集めて特訓を始めたんだが、驚いた事に全く練習にならないんだ」
「練習が出来ない? ん? どういう事だ」
訳が分からないと言うと、シドが力なく笑って肩を揺らす。
「魔力量が少なすぎて、魔法の練習が一日に数分しか出来ない。困ったもんだよ」
「あー。ふむふむ。なるほどなぁ。マリーの時はどうしていたのだ?」
「嬢ちゃんの魔力量は桁外れだ。一日中使ったところで魔力疲労すらしない」
「ほう。それじゃ同じようには出来んな」
マリーは凄いな。やっぱりわしの可愛いマリーだな。
流石だ。
「そうなんだよ。どうやって教えたら良いのか途方に暮れて。そこで、魔力が切れたら剣を教えようとしたが、魔力切れで動けない。無理をさせると体を壊すから、気を付けてはいるがな」
「大変じゃなぁ。鍛えようがないではないか」
シドはグラスを空にしてテーブルに置くと、ため息を吐く。
「私もそう思ったよ。才能のない奴に教えても無駄だ、と切り捨てようと思っていた所に嬢ちゃんが来てな。『毎日魔力切れまで練習するなんて、根性ありますね』って『私なら無理だ』って言われたよ。目からウロコだった」
「確かに、魔力切れの疲労はキツイな。それも毎日だなんて」
「そうなんだ。私も自分の魔力量が多いから忘れていたんだ。そこでやっと、やる気に満ちた生徒たちを、上手く育てられないのは “自分が未熟だったから” と、気付いたって訳だ。ははは」
シドは空のグラスを弄び、意外にも嬉しそうな顔になる。
「いや、そう思えるシドも凄いぞ」
「ふふふ。私も子供の頃はそうやって鍛錬したものだった。あの子達は私を超えるかも知れんな」
届いたつまみをシドにも差し出し、シドの空いたグラスのお代わりを注文した。
少し酔ったシドは『ふふっ』と思い出し笑いをし、機嫌よく話し出す。
「嬢ちゃんは特別な子だったよ。魔力量が、じゃない。それも凄いが、もっと凄いのが好奇心だ」
「好奇心?」
マリーはわしにとっては全部が凄いのだが、好奇心?
「当時の嬢ちゃんは10を言えば5は理解する。その後あの子は好奇心だけで、勝手に20まで辿り着く」
ふむ。研究者向きだな。
「普通はどうなのだ?」
「そうだな。子供なんて10を言って1を理解すれば合格だ。それを10にしてやるのが指導者の仕事だな」
「それもそうだな」
確かにマリーは凄いな。
うん。わしの孫、凄い。
「育てたハートも優秀過ぎた。だから忘れていたんだよ。言葉を尽くして理解させる事の大切さを。今の生徒たちには苦労させてしまった。私も新米先生だよ」
シドは届いたグラスに口をつけ、毎日が勉強だと楽しそうに笑う。
わしも若者達の為に何かしたいな。
そうだ、ギルドで何か手伝いをさせて貰おう。
時々若い奴らに、上手い飯でも作ってやろうかな。
貸し出している屋敷の管理の仕事を、金の無い若者に任せてもいいかもしれんな。
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