初めての依頼
下水道の掃除に、ごみの焼却……。
真夏にこれは地獄だわ。修行僧でも音を上げる。
「全然、冒険者っぽくない……」
掲示板を見上げ、ため息と一緒につい本音が零れてしまう。
いや、Fランクなんてこんなものか……。
「これなんてどうかな? マリーの好みだと思うけど?」
テッドさんが高い場所に貼ってある、薬草採集の依頼書を指でトントンと突いた。
あ、聞かれちゃった。
あー、その薬草なら裏庭薬草庭園に沢山あるけれど、やっぱり山に取りに行くのが真の冒険者だよね。
うふふ。
「いいですね!」
私が親指を立てると、テッドさんが笑顔で受付に行ってくれる。
紳士だな。
それにしても、初護衛。初任務。むふふ。
冒険者ギルドを出ると、私はテッドさんの護衛任務に緊張する。
全方位を警戒しながら、山まで歩くのはしんどいな。
外壁門で笑顔の門衛さんに丁寧に見送られ、人が行き交う舗装された綺麗な道を歩く。
……思っていたのと違う。
ラノベなら、行く途中にスライムとか出て来たりさ。
もちろん、魔獣とは一度も遭遇しなかった。
それにしても無口な青年だ。
スローペースで30分程歩き、無言でいる事が気にならなくなった頃、私達は山に着いた。
「おそらく水辺付近のジメジメした所に群生しています。あっちに向かいましょう」
私が山道を外れた奥を指差すと、テッドさんは嬉しそうに笑顔になる。
山奥から抜ける、ひんやりした空気が気持ちいい。
「マリーは何でも知ってるね」
ちょっと厳しい段差は、彼が紳士らしく手を差し伸べてくれる。
めっちゃ紳士だな。
もしかして無口なのは緊張してる?
やけに周囲を警戒しているし。
……まさか私の護衛のつもりとか?
あ。
あり得る。
私にはテッドさんの護衛任務、テッドさんには私の護衛任務を出したんだ。
なるほどね。
確かに、警戒しながら歩くのはとても疲れたもん。
なんて色々考えているうちに、緑が濃く生い茂り、日の光が届かない少し暗い窪地に着いた。
夏なのに少し肌寒い。熱が籠った体を冷やすにはちょうどいいな。
「ありましたね。この薬草は回復薬として使う一般的なものでなく、再生特化型の高速で傷口を塞ぐ素敵薬草なのですよ」
「なるほど」
あ、やっちゃった。
オタク全開で蘊蓄を語ると恥ずかしい。
「じゃ、これくらいの大きさの葉っぱだけ、お願いします。水分はこまめに摂取して下さい」
手のひらサイズの葉っぱを振って、照れ隠しに黙ってせっせと薬草採集。
これから付き合いも長くなるし、オタクバレしても良かったかな。
彼は似た雑草と間違えず、手早く採集をしている。
多少の知識はあるみたいで感心した。
「ちょっと多めに……このくらいでいいかな」
「はい。余っても売れそうですし」
実験用には裏庭薬草庭園にあるからいらないな。
ふふふんとご機嫌で山を下り歩いていると、茶色のふわふわな一角ウサギを発見。
「ウサギさん!」
「こらこら」
ウサギを触ろうと走り出す私の肩を、テッドさんに片手で掴まれた。
すると、私に向かって飛び付くモフモフウサギが、みるみる凶悪顔に。
え?
私はショックで立ちすくむ。
「フフッ」
テッドさんは吹き出しながらも、簡単に退治してくれた。
だってだって、いつもはあんな顔になる前に、ハートさんが倒してくれたから……。
テッドさんが水魔法でウサギを凍らせて、袋に詰めてカバンに入れる。
師匠と同じ水適性なんだ。
「すみません。一度モフって……。じゃなくて、可愛い顔をしていたので、つい……」
「大丈夫。ガインさんから聞いてるから」
何を聞いたのか気になるけれど、どうせ碌な話じゃない。
警戒心のない馬鹿だとか言われてたに決まっている。
間違ってはいないけど。
「初魔獣退治ですか?」
「いや、ガインさん達と一緒に少し戦っていたよ」
「私は初魔獣、まだなのですよ」
テッドさんが「じゃあ次はマリーに任せるね」と少し先輩面したので、ちょっとだけ悔しくなったのは内緒だ。
「依頼達成の報告です」
私たちは摘んできた薬草を依頼達成報告の受付に出す。
ついでにウサギも一匹。
「どれどれ? ……これ今日受けた依頼じゃない?」
「はい」
何か問題でも?
テッドさんとふたりで首をかしげる。
「群生しない薬草なのに、こんなに沢山?」
いや、群生しますけど……。
時々道で見かける事もあるけれど、あれはド根性大根的な奴だし。
あんなの当てにしていたら、なん十キロ歩いても依頼達成なんかしない。
ん? って顔をふたりですると、呆れて依頼達成の手続きと、余分な草とウサギの買取をしてくれた。
「湿度の高い日陰に群生するって知られてないのですか?」
「私は道端を歩いて探すものだと思っていたので、一般的な事まではちょっと……」
へぇ……そうなんだ。
なら、これで稼げるな。
テッドさんもそう思ったらしく、ふたりでにやけてしまう。
ぐへへ、おぬしも悪よのう。
ついでにギルドの裏手に回り、師匠の様子を見に行くことに。
師匠は子供の冒険者見習いを、横一列に並ばせて魔法を教えている。
彼らは手のひらの上に、水や火や風を出して唸っていた。
ふふふ。懐かしいなー。
「先生! 魔力がなくなりました」
「少し休んでから剣の稽古を始めなさい。焦って無理はするなよ」
「はい!」
師匠は子供好きだから楽しそうだね。
『無理はするな』なんて事、私は言われたことが無かったけどね!
「お前さん達はこれから依頼か?」
「いえ、今終わって報酬を貰った所です」
テッドさんに同調し私もコクコクと頷く。
「えへへ。薬草採集だったので」
「なるほど。数回依頼をこなせば、Eランクはすぐだな」
「「はい!」」
いやぁ、薬草の知識がこんな所で役に立つなんてね!
逆に魔獣の事は知らないので、そっちはテッドさんに任せよう。
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