世代交代
「シドさんが “黒龍” を抜ける事になった」
夕食の片付けを終え、お茶を入れていると、突然ガインさんがそう言った。
“黒龍” を、抜ける? 師匠が?
「え? それってどういう事ですか?」
「シドさんは冒険者を引退して、冒険者ギルドで見習い専任の講師になるんだ」
引退して講師……。むぅ。
せっかく私が冒険者になったのに、入れ替わりで師匠が引退とか悲しすぎる。
でも、師匠の教え方が上手いのは確かだ。
おかげで私は、かなり繊細に魔力を扱えるようになったし。
「確かに師匠の一番弟子としては、指導者として最高ですし祝福したいですよ。でも気持ち的には複雑です」
お茶を配って回ると、みんな「ありがとう」と笑顔で受け取ってくれる。
なんだ、みんな知ってたのね。
「まぁそう言いなさんな。ギルドの練習場に来ればいつでも教えるぞ」
「それもそうですね。これからも一緒に住むわけですし……」
寂しいけど仕方がない。
親離れじゃなくて、師匠離れをしなくては。自称弟子だけど。
「それでだ。ひとり、若手をスカウトしてきた。明日連れてくる」
若手? スカウト?
まぁ、そうだよね。出会ってから10年だもん。
世代交代があってもおかしくないのか。
ガインさんはもう38歳だし、師匠は52歳で引退、ハートさんが28歳で、フェルネットさんが25歳。
っていうか、フェルネットさんてあの当時15歳だったんだ。
今の私と変わらないのに、随分と大人だった……いや、そうでもないか。
「皆さんはその方と、お会いしているのですか?」
みんなが顔を見合わせて頷く。
なるほど。何も知らなかったのは私だけなんだ。
「あぁ、強いぞー」
「いい奴だし、信用できる」
「かなり前からみんなで教育してたんだ」
へぇ、目の肥えたみんなが言うなら、相当な有望株なんだな。
ガインさんも信用出来るって言ってるし。
「じゃあ安心ですね。楽しみです」
新人さんには空いている部屋を使って貰うって。
冒険者ってみんなで一緒に暮らすのが普通みたい。
村の人と違って、他人と住むのにみんな抵抗がないのよね。
おじいさまもすっかり料理に嵌まってて、賑やかで楽しそうだし。
「それにしてもあんなに小さかったマリーが冒険者仲間になるとはな」
「ひとりじゃ椅子に座ることも出来なかったのに」
「膝に乗せないとテーブルに顔が出ないし」
「抱っこして歩いてたのが昨日のことのようだ」
「ちょっと! 黒歴史が多いので、みなさまの記憶から色々と消し去って下さいよ!」
「嬢ちゃんは色々と楽しい子だったからなぁ。思い出すだけで……はははは」
「『おじいさま! 私、恋愛結婚がしたいのです!』だっけ?」
フェルネットさんが、私の古傷を抉る。
やめて! それ一番痛い奴!
「「「わはははは!」」」
うふふ。みんなの笑う声が心地いいな。
やっと手に入れた自由になれなくて、つい門限が近くなると時間を気にしてしまう。
懐かしそうにお茶を飲みながら語りだすみんなを置いて、お風呂に入り寝る事にした。
新人さんかぁ。後輩が出来るんだ。
先輩として色々教えてあげちゃったりして。
うふふ。楽しみ、楽しみ。
おっと、いい香りのオイルを貰ったから、寝る前にマッサージしなくっちゃ。
うふふん。
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今朝早くに出かけたガインさんが、ハートさんと同じくらい背の高い青年を連れて戻ってきた。
あれ? 何処かで見た記憶が……。
つい首をひねって考え込んでしまう。
「マリー。昨日話した新しいメンバーだ」
「初めまして……じゃないんだ。かなり昔に会った事があるんだよ。覚えているかな?」
彼は笑顔のまま、少し屈んで私の前に手を差し出した。
無意識にその手を取って握手をする。
「……裏庭で、上級生に、追いかけられて、いた?」
「ははは。そう、ほうきを投げて助けて貰った。恥ずかしいな。テッドと呼んでくれ。17歳だ」
なんと。新しいメンバーとしてガインさんが連れてきたのは、ほうきの彼だった。
会うのはあれ以来でびっくりしたけど凄い偶然。
2個、年上なんだ。
後輩の面倒を見る気満々だったんだけどなぁ。
「マリーと呼んでください。昨日冒険者登録したばかりのFランクです」
パンパンとガインさんが手を打ち、みんなが注目する。
「マリーとテッド。お前たちはふたりで組んで、毎日依頼をこなせ。俺とハートとフェルネットは別件でしばらく家を空ける。困ったらシドさんに相談しろ。以上だ。解散」
質問は一切受け付けないと言わんばかりに解散されてしまい、テッドさんと目が合って苦笑いをする。
「私もFランクなので丁度いいね」
「ランクが一緒で良かったです」
私はテッドさんを空き部屋に案内し、リビングでお茶の準備をする。
すると出かける準備を整えたハートさんが『そのままでいいから聞いてくれ』と。
「バタバタして悪いな。今後の指示だ。人目のつく所では魔法禁止。しかし緊急時や身の危険を感じたら迷わず魔法を使え。どんな手を使ってでも自分とテッドの身を守れ。じゃ、仲良くやれよ」
横目でガインさんを確認しているから、そう言う事だ。
自分で言えばいいじゃんていつも思うけど、ふふふ、照れ屋だから言えない事も知っている。
「はい!」
ガインさん達は挨拶もそこそこに、とても急いで出ていった。
『どんな手を使ってでも』って、どんな手を使おうか、ちょっと考えちゃうな。
今度は私の身を守るだけじゃなく、テッドさんの護衛も任務に入っているのか。
護衛任務……うふふ。
なんかすっごくカッコイイ。
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