初めての宿屋
「いやぁ、ガインさんの訳アリ予感は的中だったね。もう追っ手がいるとはね」
「フェルネットの情報網は流石だ」
ガヤガヤとした町の食堂で、私は幸せいっぱいに串焼き肉を頬張って大人達の話を聞いている。
お店のお姉さんが椅子の上に子供用の台を置いてくれたので、ひとりで座れるのがうれしい。
野営の時は塩味ばっかりだから、少し甘いバーベキュー味は感動だわ。
「“光適性” ってだけで死に物狂いで誘拐しに来る奴らがいるのに、更にあの加護がバレたら……」
“光適性” ってところだけ、声をとても小さくするハートさん。
むしゃむしゃ、もっ、もっ、こくこく。ぷはー。
「……実際はこんなんなのにな」
ただ食べて飲んでるだけなのに、目尻のしわを深くしたイケおじ顔の師匠にデコピンされた。
なんて理不尽な。
「で、どうするよ」
「遠回りだが今後は町には寄らず街道を避けて森を抜け、春になったら山越えを目指すのが一番じゃないかな?」
「物資調達と素材の売買はどうすんだ?」
「通りがかりの行商人を捕まえればいい」
おお、このスープ、チーズ味だ。
んーー。あったかくてめっちゃおいしい。
幸せ顔で味わっていると、突然ガインさんに手を取られる。
「むむ。そっちにも同じスープがあるのですから、これは渡しませんよ」
するとガインさんはプハッっと笑って「さっきからスプーンの持ち方や食べ方が上品すぎて目立つんだよ」と手を放してくれた。
「お前の家は上級貴族みたいにマナーがうるさかったのか?」
確かにうちの村じゃ棒で刺すだけでスプーンや箸など無かったし、リリーはまだ幼いから手掴みだったな。
でもカトラリーが目の前にあれば使うし……。
ついカトラリーに目を落とす。
「……。これが普通だと思っていました」
「フン。まぁいいや。野営の時は手で食べたり出来るんだし、少しは周りに合わせて食べろ」
周りを見ると座る姿勢は悪く、スプーンはかき回すだけのもので、飲むときはお皿に直に口をつけて飲むようだ。
なんて器用な……。
私は言われた通りに周りを見て同じように食べた。
旅の約束を思い出す。
これも私に必要なことなのだ。
---
「ちょっとちょっと! 私れっきとしたレディーなのになんでハートさんと同じベッドなの?」
「5歳児が何言ってんだ。お前なんか頭数に入る訳ないだろ。まだベビーベッドを使う気か? 嫌なら床で寝ろ」
「嬢ちゃんはハートが嫌なら誰がいいんだ?」
師匠がニヤつくのがムカつくな。
……。
全員の顔を見回して、……父であるハートさんのベッドにもぐりこんだ。
フェルネットさんでも良かったけど、そうなるとフェルネットさんの事好きみたいに言われそうだし……師匠とガインさんが嫌なだけで……。
と、ぐるぐる考えているうちにあっという間に朝になった。
「ほら起きろ」
「さ、寒い……」
いきなりガインさんに布団を剥ぎ取られて、気だるげで色気ムンムンのハートさんの横で、涎だらけの浮腫んだ顔のボサボサの頭の私は、寝間着のまま洗面所に放り込まれた。
扱いが雑なんだけど。
犬だってもっと優しくされてるわ。
顔を洗って髪をとかし、買ってもらった冬服に着替えてから部屋に戻ると、ハートさんだけが待っていてくれた。
優しく抱きかかえられて宿屋の食堂に向かう。
うん、ガインさんには少しだけ扱いの改善を要求しよう。
「おはようございます」「おはよう」
「おはよう」「ふふん。顔洗ったか?」
朝のあれは無かったことにして、ムカつくから優雅ににっこりと笑って挨拶をした。
子供用の台がない時にお父さんがよくやってくれたように、ハートさんが私を膝の上に座らせてくれる。
「これか?」
「はい。あ、あのパンも」
ハートさんがパンをナイフで切って、ベーコンとサラダを挟んで渡してくれる。
「わぁ、おいしそう」
にっこり笑ってハートさんを見上げると、ハートさんもニコニコして頭を撫でてくれた。
えへへ。
「完全に親子にしか見えないな」
「ああ、親子だわ」
「ほのぼのだね」
……。
確かにお父さんに少し似ているような気もするけど、ハートさんの方が全然若い。
ハートさんが「せめて兄妹で」と苦笑いする。
たしかに。
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