Room
僕が次にリビスさんから仰せつかった仕事は、「部屋を作れ」だった。ここに住むって決めたのは僕の勝手なんだから、せめて部屋は自分で作れってことなんだと思う。部屋と言っても、狭い灯台の中に作るわけにもいかない。仕方なく僕は素人ながらに努力して、灯台の脇に小屋を建てることにした。素材は倒木を細かく刻んでできた端材。恐らく、嵐の度に吹き飛ばされるだろう。
「何してるんだ?」
僕が必死に地面に木切れを固定しようとしていると、大きな魚を手に持ったミザールに話しかけられた。
「小屋を立ててるんだ」
「小屋?これがか?」
「まあそう言うなよ…。僕だって、酷いものだと思ってる」
ミザールはビチビチと暴れる魚の尻尾を握りしめながら、口をくちゃくちゃさせていた。
「まあ、頑張れよ。今日は魚もいないし、手伝ってやるから」
そう言うとミザールはそのまま灯台の方へ歩いていった。あの口ぶりだと、もしかしたらミザールはここに住む気がないのかもしれない。僕は目に入ってくる砂埃に目をしょぼつかせながら、また釘を地面に打ち付けていた。
「お前、本当に何してるんだよ…。ヌカに釘って言葉知らないのか?」
「読んだことはあるような気がするけど」
僕がそう言うと、ミザールはぴく、と頬を痙攣させた。
「ぬかるみに釘刺したって刺さらねぇんだ。
床なんていらねぇだろ、諦めろ」
ミザールはそう言って釘を引き抜いていく。残念でもあったが、確かに何の抵抗もない地面に釘を打ちつけていくのは不毛だろう。
「まずは柱だな」
ミザールはそう言って端材の中でも比較的長いものを選ぶと、強度を確かめた。
「穴を掘るんだ」
ミザールはそう言って地面を指差した。僕は穴を掘れそうな道具がないか探してきょろきょろした。
「手で掘りゃいいだろ、お坊っちゃん」
ミザールは鼻にかかった声でそう言った。否定するのも、ムキになるのも馬鹿馬鹿しい。僕は黙って手で砂に穴を開けた。
「で、こいつを立てるんだ」
ミザールはそう言って端材を渡した。僕は柱を立て、足で砂を被せて固めながら、こいつ指示ばかりで手伝わないな、と若干腹が立っていた。手順を教えてくれるだけありがたいと思おう、と言い聞かせながら、なんとか一本立てた。
「材木の質が悪いからな、最低でもあと5本はいるだろうな」
ミザールはそう言ってわざわざ掌を僕に見せた。
「じゃ、せいぜい頑張れよ、お坊っちゃん」
ミザールは最後の方に力を込めて言うと、灯台の方へ歩いていった。あんなやつをリビスさんと二人きりにしてたまるかよ、と僕は地面に穴を掘り始めた。
ようやく柱を立て終わった頃には、日は暮れかかっていた。僕は邪魔にならないところに材木と工具を置くと、走って灯台に戻った。
「泥だらけ、汚い」
「う…すみません」
確かに、汗と砂が混じって、服も体もベトベトだ。ミザールはそんな僕を酒瓶を片手にへらへらと笑いながら見ている。
「これ」
リビスさんはタオルと着替えを僕に渡すと、そのまま灯台のドアを開けた。
「着いてきて」
リビスさんに着いていった先にあったのは、小さな池だった。どうやら雨水が窪みに溜まったもののようで、僕達にとっては貴重な淡水だ。
「部屋は?」
「今日は柱を立てられたくらいで…。あ、リビスさんは危ないから近寄らないでくださいね。素人なので、柱もちゃんと固定されているか分からないですし」
「何、小屋かなにか作ってるの」
「え、ええ…。あ、勝手にまずかったですか」
リビスさんは服を脱ぎ始めた僕に背を向けると、溜息を吐いた。
「あの男押しつけといて何してるのかと思ったら、そういうこと」
「押しつけ……一応、小屋の作り方を教えてくれたんですよ」
不本意だったが、僕にもリビスさんにもよく思われていないと分かると、ミザールが哀れに思えてきた。それと同時に安心して、僕は優越感からこんなことを言ってしまったんだろう。
「小屋じゃなくて、灯台の中に作れば」
「狭くなりますよ?」
「あんたが来た時点で狭い」
リビスさんはそう言って地面に座った。ほんの少し、ほんの少しだけ期待してしまう僕と、きっと妄想だと振り払う僕がいる。
「…お言葉に甘えて」
僕は気取ってそう言った。リビスさんは何も言わずに座っている。
汚れを落として着替えも終えると、空はすっかり黒に染まっていた。
「戻りましょうか」
リビスさんは黙ったまま立ち上がり、先に灯台の方へと足を向ける。僕は小走りに追いかけると、なんとかリビスさんの隣に並んだ。




