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小さな嵐
空は黒く染まり、飛沫の中、目を細めれば時折海が白く光っている。
暖かな家にいた頃、本で読んだことがある。あれを人は、遠雷と呼ぶのだ。
それが雷なのか、灯台の灯なのか、もはやそれさえも分からない。
船の竜骨が激しく軋んだ音を鳴らしている。
僕を船から引き剥がさんと激しく打ち付ける波と、遠雷の中、その音が僕の耳にこびりつく。
「こんな海のど真ん中でシケとは…とうとう悪運尽きたか。」
自分は運がいいと思っていたが、もう使い果たしていたらしい。
ここで終わるのなら構わない。僕が夢見た海でなら。
強く叩きつける雨で細めた目の隙間から、高波が見えた。
大きく、大きく、僕を飲み込もうと。
昔から変わらない。僕には選択権なんてない。
「神よ、どうか私にご加護を」
本当は、神に祈ったことはないけれど。神が僕に慈悲をくださるのなら…
目の前が暗転する。
軋む音。鯨の泣き声のような、海の声を聞く。
そこからの記憶は、どこにも引っ掛かっていない。




