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鬼怪神  作者: K1.M-Waki
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鬼々怪々(7)

 理沙(りさ)は、虫取り屋とともに、駅から少し離れた所に見つけた「インターネット・カフェ」の前に来ていた。情報収集を兼ねて、ここで休憩しようと言う訳である。


「ここが……、そうか」

 ネットカフェの自動ドアの前で、虫取り屋は呟くようにそう言った。

「はい。ネットが出来るのはもちろん、シャワーとかゲームとか、お食事も出来るんですよ。ドリンクも飲み放題だし。……まぁ、会員じゃないと、少しお高くなりますが」

 理沙は、そう応えた。


 風営法の関係で、二人用のプライベート空間や宿泊施設は設けられてはいない。しかし、畳の間も、ゆったりとしたソファーを置いてある部屋もある。2~3日を過ごすには、理沙のような風来坊には便利であった。過去にも、何度か使ったことがある。もっとも、家出娘に間違われて、警察に通報されかけた事もあったが……。それも、今では笑い話だ。


「じゃぁ、入るかあ」


 虫取り屋はそう呟くと、自動ドアが開くのを待って、中に入った。後を追って、理沙も続く。

 入ってすぐの所に、入退場用の端末が三台ほど並んでいた。虫取り屋は端末の前に進むと、コートのポケットからカードを取り出して、入場手続きを行っていた。

 それを見ていた理沙は、

「虫取り屋さん、こういうところには前に来た事があるんですね」

 と言って、ホッとした。初めてのところでは、手続きとか会員になれとかで、面倒に巻き込まれるからだ。それに対して虫取り屋は、

「いや、来たことはないな。初めてだ」

 と、無愛想に応えた。

「え? でも、会員カードをお持ちなのでは」

 確かに、虫取り屋は、今さっき端末にカードを通していたはずだ。理沙は、しばらく困惑していたが、「あっ」と気がつくと、

「能力を使ったのですね。虫取り屋さん、ズルイです」

 と言って、彼を睨んだ。

「じゃぁ、どうすれば良かったんだ。正直に入館するとして、オレ達は『住所不定の不審者』だ。揃って追い出されるぞ」

 虫取り屋は、全く悪びれもしないどころか、無表情で淡々と端末の操作を続けていた。

「これでいい。取り敢えず、パックメニューというものがあったんで、それで二人分申し込んだ。一眠りするか? 疲れが取れるぞ」

 彼は、理沙が睨んでいるのもお構いなしに、手続きを完了させてしまった。そのまま、ゲートをくぐって奥に向かう。

「あんっ、待って下さい」

 理沙も、行きがかり上、そのまま虫取り屋を追いかけて中に入ってしまった。

 そんな理沙の様子を全く気にする風でもなく、彼は部屋を見つけると、何の躊躇もなく、そこに入った。理沙も続けて中に入る。

 中に入るやいなや、虫取り屋は、羽織っていたコートを脱ぐと、それを無造作にその辺に引っ掛け、ソファーにどっかと座り込んだ。頭の帽子は、深く被ったままだ。

 そんな彼を、理沙は呆気に取られて見ていた。すると、虫取り屋は、

「どうした? 遠慮なく座れ。結構、居心地がいいぞ。まぁ、オレは、こんなところは初めてだが」

 と、理沙にも座るように薦めた。

「初めてって……わたしには能力の使い方を教えてくれないくせに、自分だけ使い放題なのは、ズルイです」

 少女はそう言って、ふくれっ面をしていた。そんな彼女を見上げると、虫取り屋は、

「何を怒っている。代金なら心配しなくてもいいぞ。クレジット払いにしておいた。来月になれば、オレの口座から引き落とされる。貯まってたポイントも使ったから、安上がりになった」

 と、真面目な顔で応えた。

「ポイント……って。初めて来たのに、ポイントが貯まってる訳ないですよね。ズルイです。それは犯罪です。横暴です。やりたいほうだいです」

 彼女は、虫取り屋に対して、矢継ぎ早にそう言い放った。

「じゃぁ、本当の事を話すのか? 『鬼に狙われている』なんて言っても、誰も信じないぞ。それどころか、昼飯も今夜の宿も無しになっちまう」

 虫取り屋は、本気なのか冗談なのか、無表情にそう言った。その目は理沙を見ているようにみえて、相変わらず焦点の定まらない腐った魚のようで、それが理沙には堪らなかった。

 理沙の両の拳は、腰の横で握りしめられて、ブルブルと振るえていた。彼女は、そのまま後ろを向くと、何も言わずに部屋を出ようと、出入口に向かった。

「おい、何処へ行く。あんまりオレから離れるな。いつ、奴等が襲ってくるか分からないからな」

 そんな理沙の背中に、虫取り屋は、そう声をかけた。その声は、相変わらず、低く、か細く、独り言のように思えた。そして、それもまた、理沙の癇に障った。

 彼女は、出入口の前で立ち止まると、

「ちょっとシャワーを浴びて来ます。いくら危ないからって、女の子と一緒にシャワーを浴びる訳にはいきませんよね」

 と、振り向きもせずに応えた。自分でも怖くなるような、落ち着いて静かな声だった。

「そうか、分かった。気をつけろよ。何かあったら、大声を出せ」

 そんな理沙に、このような事務的な返事をするのが虫取り屋だ。彼女は、出入口の前で奥歯を噛みしめると、

「万が一の事があったら、虫取り屋さんの、その『能力(ちから)』で、無かった事にして下さい!」

 と、語気も荒くそう言うと、そのまま部屋を飛び出して行った。

 後に残された虫取り屋は、

「……無かった事にする? そんな事、出来る訳が無いだろう」

 と、呟くような言葉を口にしていた。



──白い湯気の向こう、無数の水滴に包まれている白い肌が濡れていた。シャワーを浴びている理沙の裸身であった。


 この前身体を洗ったのは、いつだったであろうか。何日前? 十何日前? それ程、放浪していた理沙であった。

 彼女は、ふと自分の胸元を見た。少し赤い線が、三角に走っている。下着の痕だった。


(また、大きくなったかなぁ。ブラも買っとかないと。……コインランドリーとかあると、いいんだけどなぁ)


 彼女は、数日前に鬼に襲われた時に、着替えや身の回りの品を納めたナップサックを失っていた。その日から、着替えをしていない。たとえコインランドリーが見つかったとしても、着替えがなければ話にならない。服を洗って乾かす間、裸でいる訳にはいかない。

 さすがに理沙も、年頃の女の子である。着替えの服や下着は、無理をしても買っておきたい。


(虫取り屋さんに頼んで、洋服屋さんに連れて行ってもらえないかなぁ)


 シャワーを浴びながら、彼女はそんな事を考えていた。

 身体が、お湯である程度温まると、理沙は備え付けられていたシャンプーのボトルを手に取った。中身を少し手の平に受けると、髪を洗い始めた。しかし、


──泡がたたない


(うー、そんなに汚れてたかなぁ)


 理沙は、一旦シャンプーを洗い流すと、思い切ってボディーソープを手に取った。裸の少女は、少し躊躇したものの、石鹸液を容器から押し出すと手に溜めた。目を固く瞑ると、石鹸液を髪に擦りつける。そして、しばらくの間、手でワシャワシャと髪をすいていた。しばらくしてシャワーのお湯で洗い流すと、石鹸液から分離した垢が、髪の毛に絡まって排水口の口に溜まっているのが認められた。

 それを見た理沙は、少し情けなくなった。「こんなに汚れてたんだ……」という思いが、胸を突いた。

 落胆しながらも、彼女は再び石鹸液を手に受け取った。さっきのは、髪の毛についていた脂だ。指の感触から、頭皮の皮脂は洗えてない。

 身体を洗えるのは、次はいつになるか分からない。理沙は心を決めると、手で頭を掻き始めた。髪の毛から脂が洗い流された所為か、さっきよりも泡立ちがいいのが感じられた。

 彼女は、しばらく頭を掻き回した後、シャワーで洗い流した。油分が抜けた髪が、キシキシと指に引っかかる感触があった。

 排水口の垢を見て、彼女は再びゲンナリしたが、さすがに頭はさっぱりした。気を取り直して、再びシャンプーを手に取ると、改めて洗髪を始める。

 こんな事を繰り返していたら、折角のキューティクルが台無しである。でも今回は、仕方がない。洗髪後のリンスとコンディショナーで、フォローしよう。幸い、備え付けの備品は充実していた。

 彼女は、この際、徹底的に身体を清める事にした。潤いは、化粧水で何とかしよう。

 そんな事を考えながら、彼女は相当長い間シャワーを浴びていた。ふと、白い手足に眼が止まる。産毛が少しばかり濃い。彼女は、それと言って毛深い方では無かったが、やはりムダ毛は処理しておきたかった。

 シャワー室の備品に、男性用のひげ剃り用シェイバーがあった事を思い出したものの、さすがにそれは無い。理沙が目を閉じて頭を左右に振ると、頭髪から水滴が飛び散った。


「はぁー」


 彼女は溜息を吐くと、再び排水口を見た。石鹸水から分離した灰汁が、絡まった髪の毛に捕まって皺を作って溜まっていた。一瞬、心が折れそうになったが、理沙は蛇口を閉めた。気を取り直して、バスタオルで髪と身体を丁寧に拭く。

 少女は、苦虫を噛み潰したような顔をして、服を着ようと脱衣所に出た。カゴの中からショーツを取り出したものの、彼女は一旦思い留まった。

「あーあ。また、これを履くのかぁ」

 彼女は、裸のまま少し考え込んだが、再び溜息をつくと、脱衣所のカゴからショーツと靴下を掴み取ってシャワー室に戻った。

 所々に水溜りが残っている床にかがむと、洗面器にお湯を張った。石鹸液を泡立てると、彼女は手に持ったもの(・・)を洗い始めた。

 きつく絞って、ドライヤーで乾かせば、なんとか使えるだろう。

 こんな最低限の事しか出来ない自分が情けなかったが、非常時なのだ。仕方がない。

 頭の隅を、くたびれた(・・・・・)虫取り屋の外見がよぎった。


(あそこまでは落ちたくないなぁ)


 最低限に一般人の振りが出来るくらいには、身嗜みを整えたかった。

 身体が冷えるのが気になったが、少女は、ささやかな洗濯を続けていた。




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