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王都警備隊・2  作者: 風羽洸海
智慧の守護者
33/36

終章  忘れないよ


 数日後、司法学院の近くにある小神殿の墓地で、ダンの埋葬がひっそりと行われた。

 参列した人々が皆いなくなり、墓掘りが完全に柩を埋めて立ち去った後で、ひとりシンハが墓地に現れた。彼はまだ盛り土の新しいその墓に、そっと花を供えて祈りを捧げた。

「あなたの言った通り」

 近くの木の陰から、声がする。シンハは振り向かなかった。誰かは分かっている。

「確かにあいつ――リーファは、なかなか面白い奴です」

 声の主は、ほんの少し木陰から姿を見せた。蜘蛛だ。

「最初、あの下宿屋にいるのを見付けた時には、どうしようかと思いましたがね。まぁ、見てて飽きやしません。それに頭も悪くない。行動を見てると面白いもんで、こっちもつい、手を貸したくなっちまう。あなたと一緒ですよ、陛下」

「それは褒め言葉なのか?」

 シンハは苦笑して、小さな袋を木の根元に投げた。袋はチャリンと音を立てて落ちる。

「報酬なら、もう貰いましたぜ」

 蜘蛛はそれを拾い上げ、声に笑いを含ませて言う。シンハは目を合わせず、何か別の物に気を取られている風情を装っていた。

「どうせリーの奴は、おまえに情報料を渡していないんだろう? まあ、渡せるほど懐に余裕があるとも見えないが……だから、その分だ」

 おやおや、と蜘蛛はおどけて袋を眺めた。

「まあ、くれるとおっしゃるなら、遠慮なく。あなたも随分、あの小娘を気にかけておいでのようで」

「見てると面白いもんでな」シンハはにやりとした。「俺が頼むまでもなく、おまえがあいつを助けてくれたように、どこか人をそういう気にさせるんだよ、あいつは。まあ、今後も時々世話をかけるだろうが、よろしく頼む」

 自分の台詞を取られ、蜘蛛は口をすぼめると、まいったね、と頭を掻いて苦笑した。


 同じ頃、本部ではリーファがフィアナに手伝ってもらいながら、報告書をまとめていた。

「ふう……、こんなところかな」

 一通り書き終わると、リーファはペンを置いてフィアナに話しかけた。

「後味の悪い事件だったな」

「そうね」

 フィアナは相槌を打つと、紅茶のカップを傾ける。リーファは窓の外を眺めたまま、独り言のように続けた。

「なんか……雑用係でもいいやって気になっちまうよ」

「落ち込んでるの?」

 あら珍しい、とフィアナは茶化すように言う。しかしリーファは、乗ってこなかった。机に両肘をつき、組んだ手に顎を乗せて、目を伏せる。

「ん……まあね。結局、誰も助けられなかったんだもんな。グリフィンの奴には腹も立つけど、ダンは……あんなに純粋に、正しいと信じることをしようとしていたのに」

 ぼんやりと物思いに耽る風情のリーファに、フィアナはじっと目を当て、音を立てずにカップを置いた。そうして、ゆっくりと言葉を選びながら話しだした。

「ダンが本物の『生ける死者』になってしまったのは、その純粋さ、信念の強さが理由だったんでしょうね。普通ならば死んでしまうところを、彼は執念でこの世にしがみついた。なぜなら、そんなことはあってはならないから」

 含むところのありそうな言葉に、リーファは数回瞬きして振り返った。問うまなざしに対し、フィアナはもう一度、言い方を変えて繰り返す。

「自分はこんなに正しい。なのに、邪悪な奴が生き、自分が死ぬなんて――」

 そんなことはあってはならない、認めない。だから彼は、断固として死を拒んだのだ。

「おまえが言うと、グリフィンもダンも同じに聞こえる」

 リーファはむっつりと不機嫌になった。フィアナが何か言いかけたが、リーファは手を振ってそれを遮った。

「言いたいことは大体、わかるよ」

 ダンとグリフィンの二人は、それぞれ自らが当然と考える権利を求めた。世界は自分の為に、すべからく相応の報酬を用意しているべきだと。

「いくら純粋に正義を信じていたと言ったって、その正義が世の中に対して絶対的な力を持っているわけじゃない。報いを求めるのが間違ってる。そういうことだろ?」

 世界は断じて、ひとりの人間の為に在るものではない。理不尽でも、不条理でも、不公平でも、それが現実。

 フィアナは黙ってリーファを見つめていた。柔和そうな顔立ちや振る舞いには似合わぬ冷たい理性が、その瞳には宿っている。そのことをリーファは既によく理解していた。理解した上で、あえて言った。

「でも、オレはダンみたいな奴が好きだよ。生きていれば、もっと好きになれたかもしれない」

 生きて、現実にぶつかったり、世の中に嫌気がさしてしまったり。そんなことを経て、彼はもっと違う意味で強くなれたかも知れない。道に迷い、曲がりくねった人生を歩みながらも、信念のともしびを掲げ続けていたかも知れない。

「――生きていれば」

 リーファはもう一度、口の中でつぶやいた。フィアナはふっと優しい表情になり、唇に笑みを浮かべた。

「私はどっちかって言うと、そういうことを真顔で言えてしまう姉さんの方が好きかな」

 からかわれたのか、それとも本気なのか。リーファはなんとも複雑な顔になり、どう言い返したものかしばし迷った。結局、ちぇっ、と苦笑して、うんと伸びをする。

 開け放たれた窓の外では、日々緑を深めていく木々の梢が揺れている。無言の二人の間を、風がそよそよと過ぎていった。

(人の知恵を守りたかった、か)

 ちらちらと踊る柔らかな木漏れ日の中に、ダンの寂しそうな微笑を思い浮かべて、リーファは瞑目する。

 その死を悼むには、あまりにも彼のことを知らなすぎるけれど。

 でも、きっと忘れない。

 白い月光の中からこちらを見ていた、まっすぐな瞳を。そこに宿る真摯な願いを――。

 リーファは目を開くと、報告書の最後に、ゆっくりと自分の名を記した。

 忘れないよ。そう誓いながら。



(終)


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