序章 発端
作中時期的には『穢れた遺産』の少し後(同年内)にあたりますが、書いた順番で言えばこの話がシリーズで一番古く、表題作よりも昔のものです。
そのため説明的な描写が多かったり、人物や世界観に少しぎこちなさがあります。
移植に際して多少改訂を行いましたが、違和感があるとしたらそういう事情ということでお目こぼしを……。
また身体欠損などグロテスクな描写が一部にありますので、苦手な方はご注意下さい。
この話を読まなくてもシリーズ他作品を読む上で大した支障はありません。
序章 発端
王立図書館の司書、アラクセス=イーラが足を止めたのは、七番書架の前だった。
「うーん。やはりないか……」
近くの机で書物の頁を繰っていた娘のリーファは、その声に顔を上げて問うた。
「ない、って、まさか盗難?」
「どうだろう。今のように一冊一冊魔術で標識がつけられたのは、ごく最近だからね。それ以前に誰かが持ち出して、そのままになっているのかも知れない。貸出記録も、もう何年もついていないし」
目録や記録帳をめくりながら、セスは首を傾げる。
「蔵書の点検を、もっとこまめにしておくべきだったよ。しかし今頃、誰の手に渡っていることやら。稀覯本でないだけ良かったとするか」
「どんな本なんだい?」
「表題からして、各地の埋葬習慣について記した民俗学的な内容だろうと思うよ。私もさすがに、すべての本を読んで確認しているわけではないから、推測だがね」
「ふーん。誰が何を考えて書いたんだか知らないけど、世の中には変な本があるんだな」
そんな会話があったとリーファが思い出すのは、それから数ヶ月後のこと。
その一冊の本が二人の少年の人生を狂わせることになるとは、その時のリーファが知る由もなかった。
――書物の名は、『死者の埋葬とその周辺について』という。




